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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第五章 「私嫌い、こういう……話の通じなさそうな人。自分だけ人を殺していいんだとか……」
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第五章 7/8

「お、おい……ディレム、これはやばいんじゃないのか」


 起き上がったのは。


 ティーナと名乗っていたあの女だった。ついさっきティルミアが殺したばかりの。

 虚ろなその目は……クルトローに操られているのは明らかだ……。マズいのは、彼女がいるのが結界の中だということ。

 クルトローは、にやぁと笑った。


「くくく……さあ、殺れ。ティーナよ……。性根の腐った女だったが、せめて肉体は腐る前に利用してやろう……」


 俺はディレムとニックに宣言する。


「言っておくが、俺は近接戦闘はまるでダメだぞ」


「あら奇遇ね……私もよ……」


「お、俺も腕っぷしはぜんぜんだ」


 なるほど。

 大ピンチである。


「た、助けてくれぇ!」


 狭い結界から逃げだそうと走り出したがはじかれるニック。


「おいこの結界、中からも出られないのか」


「死ねば出られるわ……」


「おい」


「……死者は出られるが入れず、生者は入れるが出られず……それが断魔の輪……」


「間違ってないかそのフィルタリング設定」


 ティーナはゆっくりした動きで俺たちを追いつめる。半径15メートルもない結界内だ。そう逃げ場はない。


「結界は解けないのか?」


「解除するのに……一分はかかる……。待ってくれるかしらね……」


「一分……どうかな……時間を稼ぐしかないか」


 俺はまず会話を試みる。


「おいティーナ……さん! ちょっと待ってくれ! 話をしよう」


 反応……しないな。


「無駄よ……あの男に霊を呼び戻す等できやしない……どうせ中に入っているのはあの女の魂じゃない……。低級妖精か何かよ……」


 くそっ。言葉が通じないか。


「タケマサ! 蘇生を使うの!」


 ……ん、誰だ。


 ディレムじゃなかった。ティルミアでもない。


「蘇生を……?」


 言われるまま、俺は呪文を唱えつつ印を結び始める。

 なぜ?

 蘇生を? この……ティーナの動く死体リビングデッドにか……?

 バカな。動いているんだぞ? 既にティーナじゃない何かの魂が入って。

 第一、間に合うわけがない。蘇生魔法は小一時間かかる。

 だが他に手が無い。俺は素直に指示に従っていた。

 呪文を続ける。

 だが最初の一文を唱え終わるくらいで既にティーナは俺の眼前まで迫っていた。

 思わず口ごもる。呪文を止めてしまう。


「…………」


 とまっ……。


 ……た!?


 ティーナが、止まっている。


「ダメ! 続けて!」


 はっとする。俺は慌てて結界内で反対側に駆けて距離を取り、もう一度初めから呪文をやり直した。

一瞬動き出して俺を追いかけたティーナが、再び停止する。


「……そうか……低級妖精は……霊門れいもんを開くのを嫌がるんだわ……」


 ディレムが何か言った。


「霊門って……何だね」


 ニックが俺の代わりに聞いた。


「死者の魂を呼ぶための経路よ……。蘇生魔術の術式の最初はそれ……。あの世との通信路みたいなものかしら……。それを開くための術式……。それに低級妖精は反応して混乱するのね……妖精が人間の死体を操るのに使う通信路が霊門と同じだからかしら……」


 理屈はよくわからないが、俺の呪文によってティーナの死体は動きを止めているのは事実らしい。


「……!」


 やがて。ティーナの死体は糸が切れたように突然膝から崩れ落ちた。


「やった……のか?」


 やったかと言ったが、しかし何をやったんだ俺は。


「な……なんだと……。ワシの死霊魔術が……蘇生師に破られただと……」


 クルトローが悔しがっているところを見ると、俺の蘇生魔法の力で(?)操られていたティーナの死体をなんとかしたらしい。どうしたのかがわからないが。


「近くで別な霊門を開いたことで、妖精が操っていた死体を見失った……。ということかしら……」


 おお。凄いぞ蘇生魔法。そういう応用が効くのか。


「はっはっは! 蘇生師タケマサ様の前にお前の死霊魔術など無力!」


 とりあえず威勢を張ってみる。


「くそっ……貴様らぁ……ワシの……ワシの王国をぉ……」


 目をつり上げた醜い顔でクルトローは俺を睨んでいた。


「ワシは……ワシはこの村の王ぞ……。ワシの……ワシの兵隊を……」


 うーむ。

 こいつに俺は弟子入りしようとしていたのか。しなくて本当に良かった。



「ばーか」



 だがそう言ったのは俺ではなかった。


「この国の王は俺だ。お前じゃない」


 クルトローの後ろに、誰かがいる。聞いた声。

 って……。


 ばすん。


「うっ……うぉおおお!?」


 何が起こったのか、わからなかった。

 いきなり、クルトローの首から上が無くなったのだ。


 *


「やあ、また会ったな、タケマサだったか」


 さっき見た……男だ。

 ダンだったか。


「こいつらがどこか逃げようとしてたんで相手してたら、急に村人がどこかへ集まり始めたんでね」


 どさっ。

 何かを俺たちの足下に投げてよこした。


「この二人はね、なんか逃げようとしていたんだ。なぜ逃げようとしているのか聞いてるうちに、蘇生師の仲間だとか言い始めてね。それでピンと来た。俺がせっかく滅ぼしたこの村の連中を蘇生したなんて言ってるのは、こいつらだとな。それはいかん。それはいかんよ。蘇生は王だけが許可すべきものだ。人を生かすのも殺すのも王だけが持つ特権であるべきだ。そうだろう?」


 足元に放られたそれは、バレーボールくらいの大きさで。

 見間違いではなかった。それは。


 サムエルとライアンの、首だった。


「……!」


「この二人は殺したら骨にならなかったから、他の連中と違って人間だったんだな。まあもうどっちでも関係ないけどな」


「……なぜ……ここにいるのよ……」


 うわずった声。ディレムだった。一度も聞いたことのないような、恐怖におののいた声をしている。さっきまでずっと、冷静で超然としていたディレムが。


「ディレム。……。あ、あいつ、なんだ?」


 やっと、それだけ口にできた。舌が……乾く。


「おいディレム。……し、知ってるんだろ? 何なんだよ、あいつは。……ダンとか言ってたが」


「知ってる……。……タケマサはあいつに会っていたの……? よく無事だったわね……」


「だ……誰なんだ? あいつは」



「……魔王よ」



 ディレムはそう言った。

 だがダンは言った。


「違うな。王だ」


 ダンは俺を見た。


「タケマサ。君は、王と魔王の違いがわかるか?」


 学校の教師のように俺を指差して問いかける。

 俺は、口を開く。ようやく口の渇きが取れてきた。気圧されている場合じゃない。


「王と魔王じゃ……全然違うだろ。王は人間の王で、魔王は魔物の王だ。いや、魔物って定義が違うんだったな。……じゃあ、そうだな。王は民を守るものだが、魔王は民を傷つけるものだ」


「なるほどな」


 ダン……魔王というあだ名の男は大げさに頷いた。


「全然違う」


 嫌味な顔で笑う。


「民? そんなものは王には関係ないんだよ。タケマサ。いいか?」


 ダン……いや魔王は、言った。


「世界を征服しようと企んでいるのが魔王だ」


「じゃ……王は?」


「既に征服しているのが、王だ」


 魔王はディレムを見る。


「俺のことを魔王と呼ぶやつは全員殺したつもりだったがな、まだ残っちゃってたかぁ。お前、メイリのとこにいた魔術師だな……?」


 ディレムが……震えている。


 こいつが……。メイリの言っていた、魔王。

 だとすると、五年前に村を滅ぼしたのは、この男だと……?


「既に征服しているってのは……どういう……」


「王都へ行ってみな。そうすればわかる」


「……おまえ、あいつをやっちまうんだ!」


 ニックだった。

 その言葉に、佇んでいた骸骨が反応する。

 がちゃり。

 ニックの「嫁さん」だ。剣を携えてずっと結界の外でじっとしていた骸骨が、機敏な動きでダンに迫った。


「……だめ……!」


「おっと……死体はちゃんと死んでろよ」


 がしゃ……っ!

 ダンがうるさそうに手で払っただけに見えたが、いや本当に軽く小突いただけに見えたのに。なのに骨の大半が吹っ飛んだ。


「あ……ああ……おまえ……」


 一瞬にして首から下を足のつけねまで失った骸骨は、ぼとりとその頭蓋骨を地面に落下させた。


「おまえ……ぇえ……!」


 ニックがそれを拾い上げ、抱きしめる。


「……おいおい死者を操ったのか? 王の許しもなく?」


 ダンは心底不快そうな顔をした。


「お前の仕業か? タケマサ。死者を弄びやがって。命を何だと思っている。王としては許せんな」


 ダンはずいと、全く抵抗感もなく俺たちとの距離をつめた。


「……やったのは私よ……」


 ディレムはそう言った。そして小声で、結界が解けたら逃げなさいと俺たちに言った。


「ふん、くだらん結界だ……」


 ダンはまたぐように結界の中に入ってきた。


「生殺与奪の権利を持つのは王だけだ。人を殺すのも人を生き返らせるのも王にだけ許された行為だ。それなのに時折、蘇生魔法を教えて回るやつが現れる。この村にも昔そういうやつがいたんだよ。善意のつもりだか知らんが、村の連中に蘇生魔法を教えて回って、蘇生師を量産しようとした。何の産業も無い貧しい村を蘇生魔法で盛り立てたいんだとかのたまわってたなあ。いかん、いかんよ。人の命を飯の種にしてはな。だから、村ごと滅ぼしたのさ」


 ダンは俺を睨み付けた。


「この国の城でふんぞり返ってるやつもな、隣の国の城で軍隊に囲まれて安心しきってるやつもな。命の大切さをわかってない。命は大切だから殺しても生き返らせてもいけない。殺したら二度と元には戻らないからこそ命は大切なんだ。それが、秩序のためには重要なんだ。蘇生師ってのはなあ、それがわかってない」


 知ってるぞ、と言ってダンは俺の肩を小突いた。


「タケマサ。おまえさっき蘇生やってただろう。蘇生師なんだよなあ? 蘇生師は見つけたら従えるか殺すことにしてるんだ」


 ダンは、尋ねた。


「選べ。殺されるか、俺の命令で蘇生をするか」


 ……。


「一つ聞かせてくれ」


「なんだ」


「命が大切だという割に、お前は人を殺しまくっている。それはどうして許されるんだ?」



「許される必要など無い。俺は、王だからな」



「お前は……命を大切だなんて思ってないな」


 ほう? とダンは片眉を上げた。


「お前は命なんてなんとも思ってない。お前が欲しいのは権力だ。自分にだけ許されて他の人間には許されないことが欲しいだけだ。秩序を言い訳に、人を支配したいだけの、ただの魔王だよ」


「なるほど、では、殺そう」


 ……ざしゅっ。


 ……。


 え?


 何が起こったのか、一瞬すぎてわからなかった。が、魔王が心臓を貫かれていた。いきなり。


「なんなのこの人? むかつくんだけど」


 貫いているのは、殺人鬼ティルミアだった。


「遅かったな、ティルミア」


「うん、結局あの二人見失った。で、この人、誰?」


「魔王」


「え? この人が?」


「ああ。お前とは全然違う」


「……? どういう意味?」


 ディレムが、まだ震えていた。


「嘘……。あの魔王を……一撃で……?」


 魔王の身体を蹴りとばして右手を胸から引き抜くティルミア。


「私嫌い、こういう……話の通じなさそうな人。自分だけ人を殺していいんだとか……」


 なんというか。

 おまゆう。

 ってやつだ。

 と思った。

 が。


「ティルミア……助かったのは確かだ。礼を言うよ」


「ど、どうしたのタケマサくんがお礼言うなんて」


 *


「魔王はこうして倒され、世界には平和が訪れたのでした……」


「誰だ……!」


 さっきの声だ。俺に蘇生魔法を促した、声。


「名前、覚えてくれなかったの? 悲しい」


 銀髪の、蘇生師の女だった。


「アリサリネ……」


「あら、嬉しい。タケマサ」


 ティルミアが怪訝な顔をする。


「だ、誰?」


「あら、ティルミアさん、お久しぶり」


 ……お久しぶり?


「私はアリサリネ。蘇生師をやってます。どう? タケマサ。蘇生の何たるかはわかった?」


「何たるか……?」


「だって、この村の伝説の蘇生師の噂を聞いてやってきたんじゃないの?」


 うふふ、とアリサリネは微笑んだ。


「まあ……な。結果的には蘇生師じゃなかったわけだがな」


「あら、違ったの?」


 アリサリネはクルトローが蘇生師じゃないことを知らなかったのか。


「ああ。死霊魔術師ということらしい。生き返らせていたんじゃなくて、死体に妖精だかの魂を入れて動かしていただけだ」


「ん……なるほどねぇ……でも、それ」


 アリサリネは、指を頬に当てた。


「蘇生と、なにが違うの?」


 え?


「違うだろ。蘇生ってのは元の人間の魂を戻すもんだ」


「そうよ……」


 口を挟んだのはディレムだった。


「……それに、クルトローがやったのは遺体の修復じゃない……。村人の写真を元にそっくりに「作った」だけ。墓場にあった骨を適当に使ってね……。正しい骨が使われたかもわからないわ……」


 ……そう、なのか。知らなかった。

 だがアリサリネは、笑った。


「教えてあげる。蘇生師の行う遺体修復も本質は同じなのよ。くすくす。遺体修復は身体を治療するわけじゃないもの。傷を塞ぎ欠けた肉を繋ぎ切れた血管を結ぶそれは、いわば人体のプラモデル。部品をただ周辺の肉から魔法で作り出すだけ。部品は本人のものでなくても構わないのよ」


 この異世界にプラモデルなんて概念があるのか……というのは今つっこんでいる場合ではないが。


「そんなバカな。……元に戻してるわけじゃなくて、元に戻ったように見えるように作りなおしてるだけだっていうのか?」


「そうよ。だから不完全だと、手足が動かなかったり肌が穴だらけだったり、気管が塞がってたり、大変なのよ?」


 ……。

 なんだこれは。

 この……女蘇生師が言っていることは、本当なのか。

 いやそもそも、この女は本当に蘇生師なのか。

 俺はいいように言いくるめられようとしているような気持ち悪さを感じる。


「別にいいじゃない。元の肉体でなくたって。どうせ人間の身体の全細胞は、何年かすれば全て入れ替わるのよ。それと同じことよ」


 そう言われれば……そうなのだろうか。


「だが……違うだろ。全然違うぞ。魂だ。魂を取り戻させる蘇生は、死霊魔術とは全く違う」


「違わないのよ」


 アリサリネは言葉で俺の感情を斬り伏せる。


「戻ったのが、元の人間の魂だとどうして言えるの?」


 ……。


「私達は結果を見て判断しているだけ」


 俺は、いままで、なにを。


「教えてあげる。蘇生と死霊魔術の違いはね。結果が人間らしく見えるなら蘇生、そうでないなら死霊魔術と呼んでいるだけ」


 俺が何か言い返そうと必死に頭を巡らせている間、それを楽しむかのようにアリサリネは俺から目を離さなかった。

 だが、何も言い返せなかった。違うと言えるだけの何も俺は知っていない。

 俺はこの世界に来てすぐに、魔法というものが何なのかすら知らないまま、なってしまったのだ。


「タケマサ。それが、君がなった職業、蘇生師の正体よ」


 蘇生師と……死霊魔術師が、本質は同じ。


「違う……! お前、本当に蘇生師なのか? お前が、蘇生師の何を知っていると言うんだ」


 アリサリネは、目を細めた。

 冷たい……目。

 ……!

 今更、俺は気がついた。


 あの時の蘇生師だ。


 レジンと一緒にいた、あの黒ずくめの中の一人。

 一瞬で、ラーシャを蘇生させた、天才的な腕の蘇生師。

 彼女は、本物の、蘇生師だから。俺なんかよりも遙かに強力な。本物の蘇生師だから。

 だから、彼女こそは。


「知っているのよ、あなたよりね。タケマサ」

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