第五章 6/8
「囲まれたわね……」
ディレムが冷静なのがなぜだ。
俺は、ティルミアがいない状況で敵に囲まれるという最悪の事態に焦りを覚える。
赤血陣だっけ。あれをかけてもらえば良かった。ルードの一件以来封印しているが、こういう場面では役に立つ筈なのに。
とりあえず、威勢を見せてみる。
「クルトロー……。あんた、もう嘘はバレたぜ。蘇生師ってのは詐欺だったんだってな」
「……異なことを。こうして村人は生き返っておる」
「武器や防具は装備しないと効果がないよ!」
「やあここはタルネの村だよ!」
……。
「そいつら……ちゃんと生き返ったのか? どうにも様子がおかしいぞ。最初に見た時から、同じ台詞しか言わないじゃないか」
「大事なことだから何度も言っておるだけじゃろう……」
なるほど。
そんなわけあるか。
「操られているように見える。あんた、蘇生に失敗したんじゃないのか? 中身が子供に戻っちまったんだろう? だから、演技させてるんだろう。子供だから同じ台詞を繰り返すくらいしかできなかったらしいがな」
これが、とりあえずの俺の仮説だ。
だがクルトローは笑っただけだった。
「演技? 演技できるということは生きているということじゃろう。なら蘇生には成功しておるということじゃ。子供かどうかなぞ大した問題ではない」
ぬけぬけと。
子供に戻ったとしても蘇生自体には成功しているんだとしたら確かに凄いのかもしれないが……。
「……騙されないで……。この男は……蘇生などしていない……」
ディレム。
「蘇生していない?」
「やったのは肉体のように見える器を作ったことだけ。土と動物の肉を材料にして作った仮の器に紛い物の魂を入れて操っているだけなのよ……」
「仮の……器……?」
「ええ……もしかしたらその材料に墓に埋められていた村人の骨も使ったかもしれない。わね……。骨を組み立て……それに血肉や皮といった人体の構成要素を継ぎ合わせて……人体のようなものを組み上げる……この男がやったのは……それだけよ……」
「……ほう……。あんた、何者じゃね……」
「呪術師ガイラムの娘……と言えばわかるかしら……?」
クルトローは興味深げに目を見開いた。不気味だ。
「なんと……! あの高慢な男に娘がいたのか。よく知っておるぞ……。あの男はかつてのワシの師匠じゃからな」
「そう……。残念ね……」
「残念か。そうじゃのう。同じ師に仰いだ兄弟弟子がこうして敵としてあいまみえるのじゃからのう……」
敵。
そう言った。
途端。
村人たちがわらわらと前進し、俺たちを取り囲んだ。
「こらやばいな」
取り囲んだ連中は、しかし何を言ってくるわけでもなかった。ただ、退路を絶つためだけなのか、俺達の後ろも含めて人の壁を作り、輪を狭める。
「低級の妖精か何かかしら……? 取り憑かせているのは……」
「ほう……見抜くか。さすがあの男の娘よ……」
「ディレム。取り憑かせてるってなんだ。妖精って」
「……この男は……死体を材料にしてさも生きているかのような……肉人形を作るだけしか能がないのよ……。魂なんか呼び戻せやしない。蘇生師じゃなくて、呪術師だから……」
「くくく……死霊魔術こそが真の蘇生を可能にする……。神殿に管理された蘇生師ライセンスに頼る蘇生魔法なぞ……真の蘇生とは言えん……」
「真の蘇生? あんた……何をやったんだ」
「なぁに……墓を開いてたくさんの骨があったでな……それを材料にして村人の肉体を生成した……。民家にあった写真を参考に見た目も似せてな……。参考資料が足りなかったのでな、全員蘇生とはいかなかったが……」
「タケマサ……気づいてなかったかしら……。今この村にいる村人は……三十人か多くても五十人くらいしかいない……。元の村人が全員生き返っているわけじゃ……ないのよ……」
気づいていなかった。
「五十人? 結構往来は賑わっていたぞ。そんなに少なかったのか?」
「家の中は空っぽなのよ……。私たち旅人を騙すために見えるところに配置されてるだけ……」
村の入り口や、広場、宿の周辺といった俺らの目に付くところにだけ村人を存在させていたということか。
「村人たちの生活なんて……無いのよ……」
博物館なんかにある、ジオラマのようなもの。村人は人形で、一日中同じ動きを繰り返しているだけ。
「どういう……仕掛けなんだ」
「簡単よ……村人の正体は、見た目が綺麗なだけの……」
ディレムは言葉を切った。そして周囲を軽蔑するように見渡した。
「アンデッド」
くすり、とディレムが笑ったように見えた。
アンデッド。その言葉は知っている。不死を意味する、魔物の総称。ゾンビ、ゴースト、スケルトン……そういった、死んでいる筈なのに動いている魔物をアンデッドという。
というのは俺のファンタジーに関する知識でしかないのだが、今俺の周りを取り囲んでいる村人は、そのアンデッドだと言うのか。
「動く、死体と……いうことか?」
「そうよ……。死体と言っても、あれこれいじって見た目だけ奇麗にしているけれどね……。動かしているのは、低級な妖精……簡単な命令通りに物を動かしたりする集合精霊の一種ね……」
「物を動かす……集合精霊」
「木に取り憑いて木を動かしたり、石像に取り憑いて石像を動かしたり……。精霊力を使って、無数にいる微細な精霊をたくさん集めて、ある程度の動作原理を持てる程度に複雑化させたもの。魔法で生み出せるわ……」
「それをとりつかせた」
「ええ。人間の魂なんて……入っていない」
「このアンデッド達は……魔物、なのか」
この、村人たちは。
「……それは彼らが私たちに害をなすかどうかによるけれど……」
クルトローが、かかかと笑った。
「さあ、ゆけ」
ひぃ、とニックが声を上げた。
「やばくないかこれ」
俺がつぶやくと、ディレムは頷いた。
「害をなすみたいだから……魔物ということになるわね……」
落ち着いて言ってる場合か。
「武器や防具はぁああ! 装備しないとぉおお! 効果がないよぉおおうぅ!!!」
武器防具おじさんが大声を上げてこっちに走ってきた。
「おいやばいぞ」
「大丈夫落ち着いて……」
と、体のバランスを崩しながら明後日の方を向いて走ってきた村人が、途中で止まった。見えない壁にぶつかったようにはじかれ、転ぶ。
「結界よ……」
「結界?」
「……死者のみ寄せ付けない……」
「そ、そうなのか……」
い……いつの間にこんなものを。張ってたんなら言え。
「ただ……これだと防御だけ……いずれ破られるし、逃げられないわ……」
「ど、どうすんだ」
我ながら役立たずっぷりがスゴいが、ここはディレムに頼るしかない。
「ニック……さん……奥さんに協力いただくわ……」
「……え?」
ディレムは少し長い呪文を唱え始めた。複雑に手で印を結んでいく。俺の古代語の知識じゃ魔法だということ以外、何もわからないが。
「……起きて……」
すると。
ニックの目の前の地面……そこに撒かれていた骨や灰の中から砂埃が立ち上った。その中から誰かが立ち上がった。
「うぉ……おおおおおおお!?」
思わずのけぞってしまった。
「ス、スケルトン……?」
それは「誰か」というか、「誰かの骨」……理科室の人骨標本のように、直立した骸骨だった。
ニックさえ、ずさっと後ろに下がる。
骸骨は、その通りに骨だけだった。砂にまみれていたせいか、乾いた感じで気持ち悪さはないが、ただ肉が全くついていないのでどうやって立っているのか不思議だ。
がちゃっ……がちゃっ……と音を立てて、歩くたびに骨がぶつかる。くるりと向きを変えて、その眼球の無い目でニックを見た。何か言いたそうに少し見つめていたが、その舌もない口では言葉が出ないのか、何も言わない。
「奥さんよ……」
ディレムがそう言ったので、俺は何言ってんだという顔をし、ニックは驚いて叫んだ。
「お、奥さん!? ヨメさんか!? え、これヨメさんなのか!?」
ニックが混乱している。混乱しないわけがない。
「ディレム……こりゃいったい……」
「言ったでしょ……。私も呪術師だって……」
「ほ、ほう! さすがガイラムの娘よ! しかし悲しいかな、スケルトン一体でどうやって五十人の村人を相手にするのじゃ?」
「一体で十分……」
「は! 強がりだけはあの高慢な師匠にそっくりじゃのう……。残念なことじゃ」
「そう残念よね……だって」
ディレムは指を立て、クルトローを指さした。
「私から見れば、まるで才能が無かったもの、父は」
すっ……と音がほとんどしないような動きで、さっきまでそこに立っていた骸骨がいなくなった。
と思った時には、視界の端にいた。結界の外、村人の一人がその喉を骸骨の右腕で貫かれていた。
「このさきぃ……にぃ……山がああぁるぅうよおお」
村人はインプットされた台詞を繰り返して倒れた。倒れた瞬間にその肉体がボロボロと崩れ始めたのがわかった。蘇生された肉体と違い、作り物だということか。
「なっ!?」
しかし……速い。
なんだこの骸骨。ティルミアほど、とまでは言わないが、人間の移動速度を遙かに上回った速度で動いた。
「やくそぉはぁ……売り切れぇ……」
今度はすぐ隣の薬草売り(?)の老婆が倒れた。
「いのぉり……ますぅぅか」
次はその隣の神父(?)が繰り出した右腕をペキョッと音を立ててへし折って、その腹部に右手(の骨)を当てる。ぐばっと変な音を立てて、神父だった男の死体が上下に分かれた。
「魔法まで……使うのか」
「当然よ……。アンデッド自体、精霊力で動いているんだもの。……むしろどうして村人は妖精を憑かせているのに魔法を使わないのかしら……? 操る数がいくら多くてもコントロールが甘ければ意味が無いわ……」
ディレムの操る(?)骸骨は、あっと言う間に七人の村人を土くれに返して、戻ってきた。
「……ヨ……ヨメさん、か?」
「そうよ……。その骨の近くに貴方に会いたがっている霊を感じたから……使わせてもらったわ……」
「お……おまえ……見る影もねえ……こんなにやせ細っちまって」
まあ、骸骨だからな。
「お喋りだったおまえが……こんなになるなんてなぁ……」
ニックはしかし、涙を流していた。
「……ごめんね……私……肉体の修復はできないのよ……」
ニックは首を振った。
「いんや。これはヨメさんだ……。俺にはわかる」
クルトローが叫んだ。
「お喋りはそこまでだな! ワシを甘く見るなよ。あの高慢な男をワシは既に越えているのじゃ!」
「へぇ……父を、ね。あの平凡な呪術師から……何か学ぶことがあったのね……」
ディレムはせせら笑った、ようだった。
そして、骸骨が構える。
ざしゅ。
どがっ。
ばきっ。
その細い腕(……まあ。骨だし)のどこにそんなパワーがあるのか、次々に村人どもを吹っ飛ばすニックの嫁さん。
「泊まっといでぇええぇぇ! 安くしとくよぉおお!!」
宿の女将役をやっていた女の投石攻撃。
「ここはタルネ村だよぁああ!!!」
飛び上がり、天から降ってくる村人の手には長剣。
どぐ、という音をさせて、ニックの嫁さんはまず長剣を持った村人を蹴り飛ばし、女将の投げてきた石にぶつけて相殺させる。そして着地すると同時に地面に転がった長剣を奪い、その村人の脳天に突き刺した。
「ぐへ」
「げ」
宿の女将と村の入り口にいた二人はあっさり滅んだ。
「いけぇええ! いいぞ! その身のこなし、間違いなくあいつだ!!」
ニックの歓喜の声。
「くっ……なぜこうも機敏に動ける……っ。肉も無い骸骨が……」
「愚かね……スケルトンはきちんと「魄」を与えさえすれば体重の軽さ故にむしろ生前より元気に動くわ……」
生前より元気に動いているらしいニックの嫁さんは、残り少なくなった村人たちを手に持つ剣でさばいていく。
「おのれ……この精密な動き……何を埋め込んだ……!?」
「言ったでしょ……。ニックさんの……奥さんよ」
「いいぞ! おまえーっ!」
ニックがガッツポーズをした。
「武器や防具は……装備しなけりゃ……意味が……」
ニックの奥さんは最後の一人を斬り伏せた。
「……ひゃっほぉう! 最高だぜ、おまえ!」
ニックが立ち上がって奥さんの骸骨に飛びつこうとするが、だが、ディレムが制止した。
「待って……何か変だわ……」
クルトローは、悔しさをその顔に滲ませ……はしていなかった。
笑っていた。
「くっくっく……。気づくのが遅いわっ……。あらかじめ中にいれば結界に阻まれることもないじゃろう」
俺たちの背後で、何かが起きあがる音がした。




