第五章 5/8
「……芝居……?」
俺が宿に戻ると、ちょうどディレムも帰ってきたところだった。宿の入り口で立ち話をする。
「ああ。単なる予想だがな。どうにもあの蘇生師は胡散臭い」
「……ふうん……それで気をつけろって……?」
「何があるとまで言い切れるわけじゃないが、一応警戒はしておいたほうがいい」
「……そうね……警戒はしているわ……」
話しながら宿に入る。ティルミアがいないが二人の部屋に入り、イスに座って向かい合った。
「……タケマサは……蘇生を理解している……?」
唐突な質問だった。
「いや……到底「理解」しているなんて言えないな。まだ駆け出しもいいところだ」
「……蘇生魔法は呪術に近いのよ……」
……なんか言い始めた。
ディレムは呪術師だったな。
「なんだそれ? 呪術って……そもそもなんだ?」
「意味は広いわ……もっとも広い意味で言えば、「魔法」そのもののことよ……。精霊の力を借りて不思議な現象を起こす……という意味」
「じゃ、狭義には?」
「霊を……扱う魔術」
「霊……幽霊か」
「というより……「たましい」ね……例えば降霊術や……死霊術……呪詛の類もカバーしているわ……」
「呪詛? 呪い、か」
「ええ……ミレナが使うような精神魔術とは少し原理が違うけれどね……」
うふふふ……と笑った。地の底から聞こえてくるような、か細くにじみ出てくるような笑い声。
「おまえ……肝試しとかで活躍できるぞ」
「なにを言っているのかわからないけれど……褒められているのなら嬉しいわ……」
なんか怪談話をしている気分になってきた。
「蘇生が呪術と近いってのはどういう意味だ?」
「だって……途中までは同じだもの……」
「途中までって、何と同じなんだよ」
「死霊魔術の一種……。死体操作……魔法」
「な!?」
聞き捨てならない。
だがそんな俺の反応をディレムは予想していたようだ。
「蘇生って……根本的に治癒魔法とは違うのよ……」
だって、死んでるんだもの。
そう、ディレムは言った。
「生者が自ら生きようとするのを助ける治癒魔法とは全く違うわ……。死者を冥界から無理矢理呼び起こすのが……蘇生魔法だもの……」
「お前……」
「その本質を……忘れては、ダメ……」
「お、教えてくれ。蘇生魔法についてもっと」
だが、唐突にディレムは話を変えた。
「……少なくとも……村人が他人と入れ替わってるというのは無いと思うわ……」
「え? な、なぜだ。なんでそう思う?」
「……証拠があったのよ……。気になって、調べに行ったの……。それでわかったわ……入れ替わってない。間違いなく元の村人よ……」
「証拠って。どこで何を見つけたんだ」
「掘り返されていたのよ……村人のお墓が……」
「墓?」
「そうよ。村人が埋葬されていた墓地……。村が滅ぼされた直後、軍が埋葬したものよね……骨壺に入れられているものもあればそうでないのもあったけど……」
「それが掘り返されていた、と?」
「そう……」
なるほど、蘇生するなら死体を掘り出さないといけない。
「だがそれは、カモフラージュかもしれないぜ」
「もう一つは……これよ……」
ディレムは、一枚の写真を俺に見せた。
「空き家になっていた家から……勝手に持ってきたわ……。これ、見覚えあるかしら……?」
「……ん……あるな。誰だっけこれ」
ああ、わかった。
「これ、あれだろ。「武器や防具を装備しないと効果が無い」とか言ってた人だろ」
「……そうよ……そしてこっちは」
「んーと、ああ、これは村の入り口で会った少女か」
ただの村人の写真。親娘なのだろうか。
「そう……」
見るからに古い写真だが、写っているのは確かにさっき目にした二人だ。
「ん……」
「そう。よく見て……その背景……」
武器や防具おじさんの背景を見る。山がある。
「ああ、クゴラール山だっけ。写ってるな。綺麗な形だ」
欠けていない、奇麗な形。村が滅ぼされる前の写真か。
「そう……廃村になる前に撮られたものよ。ほら、よく見ると村の建物も写っている……。壊れていないでしょう?」
「……おお……確かに」
写真は……ありし日の村の姿を写していた。
「だけど、サムエルに見せられた村長の写真もそうだけど、たまたま滅ぶ前の村を訪れてたんじゃないのか。魔王が滅ぼしたときにいなかっただけで」
「……年、とってないのよ……。その娘」
あ。本当だ。正確な年はわからないが五年前となると十歳くらいか。もっとずっと子供の筈だ。
「どういうことだ? 山が欠けたのはもっと最近だった?」
ディレムは首を振る。そうだ。メイリが言ってたことでもある。
「じゃあこの二人は本当に、生き返った?」
「……さあ……」
「さあって……。そういうことだろ?」
「私が言いたかったのは、誰か別人が村人のふりをしているわけじゃないということだけ……」
「同じじゃないのか」
しかしディレムはそれだけ言うと、黙ってしまった。
「ということはどういうことなんだ。蘇生はやっぱり本物か? だとするとあいつの予想も同じくはずれってことか……?」
「あいつ?」
「ああ、そういえば言ってなかったな。さっき、別な旅人に会った。ダンとか言ってたな。伝説の蘇生師の噂を聞いてきたらしい。広まってるんだな、この噂」
「耳の早いことね……」
「まあ、噂が広まればもっとたくさんの人間が来るだろ。死んでしばらくたった人間でも生き返らせられるとなれば、これまでの常識が覆る話だろうし」
しかし。
本物……なのだろうか。
あの男が言っていた通り、何か裏があるとは思う。しかし、それは一体何なんだ。
「……そういえば、ティルミアはどうしたの……?」
「あぁそうか、言い忘れてた。あの旅人の片割れ……ニックが危ないんじゃないかと言ったら飛んでいったんだが……あれ、待てよ宿には帰ってないか?」
「いいえ……?」
一人で行かせたの? とディレムに問われ、俺は言い訳をした。
「追いかけようと思った時には見失ってたんだよ。悪かったな。あいつが本気を出したら俺にはついていけないんだよ」
*
とりあえず、ティルミアを探しに二人で外に出た。
そういえば、サムエルとライアンも宿にはいなかった。
なぜだろう。どうにも……イヤな予感がしてならない。この村は、長くいたいとは思わなかった。
「武器や防具は装備しないと効果が無いよ!」
「お、あの人だ」
さっき写真で見た人だ。確かにそっくりだ。朗らかに笑って、俺達に武器と防具の装備を薦めてくれる。
「よう、ちょっと尋ねたいんだが、俺達と一緒に来た女の子を見なかったか? ティルミアってんだが」
「武器や防具は装備しないと効果が無いよ!」
「いやあの、それはわかったから。それより、人を探してだな……」
「武器や防具は装備しないと効果が無いよ!」
「……あの、話、聞いてる?」
「武器や防具は……」
……。
なんだこりゃ?
おじさんは、全く話を聞いている様子がない。明らかに、様子がおかしい。
「これはどういうことだ?」
芝居、にしても、話しかけられて無視するというのは変だ。
俺のつぶやきに、しかしディレムは首を振った。
「たぶんそれ以上聞いても無駄よ……。同じ台詞しか返ってこないと思うわ……」
「どういうことなんだよ」
「とにかく、ティルミアを……探すのよ……」
わけがわからなかった。
しかし、注意して見ていると、様子がおかしい村人が他にもいる。同じところをグルグル回っているだけのおばさん。座って、首をゆっくり左右に振り続けている老人。楽しそうに走っているが、行ったり来たりしているだけの子供。
「……なんだこの村……?」
何かが狂っている。俺達はさっきの蘇生師の館に急いだ。
「ティルミア」
栗色の長い髪を後ろで縛ったポニーテールはティルミアのものだった。険しい目つきで何かを睨んでいる。
「どうした」
「あ、タケマサくん……。ニックさん、見つからない。宿にもいなかったから、蘇生師の人のところかなと思って来てみたんだけど、誰もいないの」
「そうか。どこ行ったんだろうな」
「さっき、どっかからニックさんの叫び声が聞こえた気がしたんだけど……」
俺は緊張する。叫び声だと?
「……方角は?」
「村の中心部じゃないと思う」
「きょ、距離は? どこだ。ニックが危ない」
慌てるが、ティルミアは首を振るばかりだ。
「……墓地かもしれない……」
ディレムがそう言った。
「墓地?」
「そう……。村人が埋められていた……墓地……。村の外れにあるわ……」
*
「あっと……見つかっちゃったよ」
サムエルが、吹き出した。ライアンとティーナもニヤニヤ笑っている。
ただ棒状の墓石が立ち並んでいるだけの簡素な墓地だった。
ニックが、地面に倒れていた。
「ニック……? おい、何だ、何があった」
俺の問いに、サムエルがへらへら笑いながら答えた。
「ん? こいつが急に金を返せって言い始めたんだよ。困るよなぁ」
「……こ……こいつら……詐欺だ……っ。俺の……俺のヨメさんを……この墓地に捨ててやがったんだ……っ!」
……!
ニックは泣きながら、地面の砂を救い集めるようにしていた。
「生き返らせるなんて……嘘だったんだ……! 気になって……見に行ったら……こいつらが笑いながら墓地に行くのが見えて……」
「尾行なんてきたねえことしやがってよぉ」
「きたねえのはどっちだ! この詐欺師がっ……ぐほっ」
ニックのわき腹をティーナが蹴った。
「うるっさいんだよ!」
わき腹を押さえながらニックは地面をかきむしっていた。
「あああ……生き返らねえ……生き返らねえんだ……俺のヨメさんは……ああ……あぁああ……」
ニックの慟哭が響いた。
なんてこった。
予想は当たっていた。
蘇生は嘘で、こいつらは詐欺集団だった、というわけだ。
姿が見えないが、あのクルトローとかいうやつも一味だろう。
「わめくんじゃないよ、うるさいね」
笑いながら、なおもティーナがニックを蹴ろうとした。
ガッ。
軽い音がして、ティーナの足が止まった。右足でそれを蹴り止めた姿勢のまま、ティルミアは言った。
「ニックさん、起きてください。離れてて」
「あう……ああ……おお……?」
「何よあんたぁ!?」
「私? 殺人鬼。あなたたちを殺すよ」
ティーナは一瞬ポカンとした後、大げさに腹を抱えて笑った。サムエルとライアンも指を指して笑う。
「あっはっはあ! なんだってぇ? あたしらを殺すだぁ!? へっ……やってみな。言っとくけどねぇ、このサムエルとライアンは結構腕っ節が立つのさ。元兵士だか」
ざしゅ。
「え」
ティーナの胸をティルミアが貫いていた。
「何よそ見してんの? あなたもだよ」
「あ……え……?」
ティーナがひざを突いた。ティルミアが腕を抜く。血が吹き出す。
「て……てめぇ……!?」
「ティ、ティーナ……!?」
サムエルとライアンが慌てている。
「そん、な……あたし……から……?」
ティーナは、顔に疑問符を浮かべたまま地面に倒れた。
「こ、こいついつの間に……?」
「て、てめえ……や、やりやがったな! 女でも容赦なしか!?」
ティルミアは首をかしげる。
「……女だと何なの?」
「こういう時に女から殺らねえだろぉあ!?」
「よくわかんないけど……。とにかく嫌だもん、あなたたちが生きてると」
淡々と言って残る二人に近づくティルミア。
「こ、この……」
「おい……ライアン、ダメだ逃げるぞ! こいつはヤバい」
「あ、待っ……!」
いきなり、二人の足下が爆発した。
「に、逃げた……!? しまったっ……逃げられた」
ティルミアが俺を振り向いた。
そこでようやく俺は反応できた。
「いや……おいおいおいおい。えーとなんだ、なんかその……頭が追いつかないが……」
「タケマサくん。私、あの二人を追うから。……目、そらされた隙に逃げられたけど行った方向はだいたいわかってる。すぐ戻るからタケマサくん達はこのままで」
「いやおい、その女、ティーナだっけか。殺したのか?」
「うん」
「じゃ生き返らせるぞ……」
「えー、なんで?」
「なんでじゃねえよ。言ったろ俺はお前が殺した人間は生き返らせる」
ティルミアは、首を振った。
「もー、タケマサ君もいいとこマイペースだよね。ちょっと待ってて、話は後」
と言うなり、いなくなった。
「やれやれ……あいつ思い立ったら行動が早すぎる。……俺がついていくのが遅いのか……?」
「……そうでもないわ……。私も呆気に取られてたもの……」
「そうか……」
「……ただ、気をつけて……。もう一人が、来たわ……」
「もう一人?」
「張本人ね……」
どういう意味だとディレムに尋ねようとして。
それに気づいた。
俺たちのいる墓地の入り口に人が大挙している。
「武器や防具は、装備しないとぉおお」
「ここはぁああタルネぇええ村ぁあ」
なんだ?
村人達だ。何か叫んでいる。叫びながら、墓地の周りの柵を囲むようにその数を増やしていく。村中の人間が集まってきたのか。
「なんか……やばい雰囲気じゃないか」
柵を、乗り越え始めた。
「お主ら……我が村の秘密を暴きに来たか」
その中から現れたのは、クルトローだった。
……。
あれ? これってもしかして、敵に囲まれてる?




