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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第五章 「私嫌い、こういう……話の通じなさそうな人。自分だけ人を殺していいんだとか……」
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第五章 3/8

「……」


 少女。


 まだ年は十代半ばだろうか。

 白い服を、着ている。

 頭に黄色い花を挿している。

 鈴のなるような声で、言った。


「珍しいですね、この村にお客様だなんて」


 *


 あまりにも自然でそれがかえって突然で、戸惑ってしまったのだろう。皆沈黙していた。


「……こ、こんにちは……」


 最初に口を開いたティルミアがおずおずとした挨拶に、その少女は朗らかに笑った。


「こんにちは! 麓から歩いて来られたんですか? 道悪かったでしょう」


 白いワンピースが眩しい。


「誰だよ幽霊なんて言ったのは。足があるぞちゃんと」


 俺はそうつぶやいた。いや幽霊とか言ったの俺だけど。


「しかしあれも……蘇生された村人、なのか?」


 こっちは独り言のつもりだったのだが、聞こえたらしい。

 少女は、うふふと笑った。


「ご存じなんですね。この村のこと。そうなんです」


 まるで。なんでもないことのように、彼女は言った。


「死んだんです。みんな」


 ……。


「でもみんなが生き返って、嬉しいです。さ、どうぞ村へ。この道を行けばすぐですよ」


 *


「ようこそ、タルネ村へ!」


 またもや、朗らかに出迎える村人A。そんなに誰か来たのが嬉しかったのかと思うほど満面の笑みだ。やはり足はちゃんとある。


「なんか、活気があるな。想像してたのと違うぞ」


「ね。……にぎやかだね」


 人が歩いている。ただそれだけなのだが、不自然に活気があるように見えてしまう。それはこの村が一度滅んでいるということを知っているがゆえの先入観だろうか。

 ……いや。それだけでもない。

 

「なるほど。確かに最近まで人が住んでいなかったんだ。この村は」


「え?」


「家を見てみろ」


 そう、建物がボロいのだ。屋根が崩れていたり、壁が剥がれていたり……。よく見れば道にも雑草がやたらに生えている。


「ついこの間まで、ここは間違いなく廃村だったんだ」


 サムエルが頷いた。


「そういうことだな。つまり村人は最近蘇生されたってことだ。やはり……本物らしいな、噂は」


「しかし……なぜ家をボロい状態で放っているんだろう」


「補修が間に合ってないんだろうな。人は生き返っても、蘇生魔法じゃ建物は直せないからな」


 そういうことなんだろうか。


「ほら、よく見ると……服も相当痛んでるぞ。穴が開いたり破れたり」


「ちょっとタケマサ君、なんで若い女の子のお尻が破けてるのジロジロ見てるの?」


「いや……。本人気づいてんのかなと思って」


 さすがに驚くわ。


「まー、気づいてもどうしようもないんだろう。裁縫道具とかも駄目になっちまってるのかもしれんし」


 サムエルがそう言う。服だって蘇生じゃ直らない、か。埋葬された時の服は流石に土に帰ってるだろうし、箪笥に仕舞い込まれていた服なのかわからんが、とりあえずある服を着ているだけ、という状態なのかもしれない。


「これから元の生活を取り戻すまでが大変だな、この村は」


 俺達が話しこんでいると、三十過ぎくらいの一人の女が話しかけてきた。


「どうもー、旅の方ですね? よかったら宿へ案内しましょうか?」


「あ、その……」


 いきなり聞くべきか迷う。まあ、入口にいた少女の様子からすると秘密って訳でもないだろう。


「こんなことを聞くのもなんですけどその……」


「ええ、そうですよ」


 女は微笑んだ。


「滅んだんです。五年前に……」


 苦笑いになる俺達に女は微笑みを絶やさない。


「あ、でもご心配なく。村はボロボロでもみんな元気にやってますよ」


「そ……そうか。それは何よりだ」


 もっと他に言うことがある気もしたが、言えたのはそれだけだった。


「はい。これも蘇生師クルトロー様のおかげですわ」


 名前が出た。

 蘇生師クルトロー。

 それが、村人を全員蘇生させたという……大蘇生師の名か。


「伝説の蘇生師……だな、やっぱり!!」


 サムエルが興奮を隠せない様子で叫んだ。


「すげぇ、すげぇ……! 村中の人間を蘇生させるなんて! 俺たち、そのお方に会いに来たんだ!」


 女はあらまあ、と口に手を当てた。


「そうだったのですか。それでこんな辺鄙な村に、はるばる?」


「ああ。……もう骨になっちまってる俺の仲間を生き返らせてもらいたくてな、ダメもとで来てみて良かった……!」


 サムエルの興奮に気圧されたのか女は苦笑しながら村の奥の方を指差した。


「じゃあ早速ご案内しましょうか?」


「え?」


「蘇生師様のところに」


「い、いいのか!?」


「お会いになられるかはわかりませんが、ご案内いたしますよ」


「すまねえ、助かる」


「え、ええ……では早速」


 歩き始めた女に俺たちは慌ててついていく。


「…………」


 ディレムが、彼女を睨んでいた。


「おい、失礼だろ。どうしてそう睨む」


「……呪術師だから……。人を見たら呪わしい気持ちにならずにはいられないのよ……」


「なんだそりゃ」


 難儀な職業だ。


「人を呪わば穴二つだぞ」


「あら……いいじゃない……どうせ誰も呪わなくても人生の終わりに必ず一つは穴が待っているんだもの……。だったら誰か道連れにした方が得よ……」


「お前な……そんなこと言うのはティルミアだけで十分だよ」


「失礼だよタケマサくん。私は道連れになんて人を殺さない。生きていくからこそ人は人を殺す意味があるんだよ」


「あら……前向きね……」


「前向き……か?」


 *


「宿屋はそこの角を曲がったとこだ! 休んでいくといい!」


「武器や防具は装備しないと意味がないよ!」


「きょうは いいてんき だなあ!」


 ……。

 にぎやかな、というか、騒がしい村だった。


「なんかテンション高い人多いね」


「ああ。どうしてこう、語尾にビックリマークをつけて喋るんだろうな」


「……苦手よ……こういう雰囲気……」


「安心しろディレム。俺もだ」


 どこか変なテンションの村人たちを横目に見ながら、俺たちは村の奥の背の高い建物に案内された。背の高いとは言っても二階建てで、すすけた煉瓦が年季を感じさせる家だ。


「蘇生師さまの館です……。どうぞお入りになってください」


「……」


 話が早くて助かる。


「しかし……緊張してきたな」


 これから会うのは、伝説の蘇生師。


 考えてみれば、凄い話だ。

 俺が蘇生させたのはたかだか十数人。しかも死んでから数日以内の遺体ばかりだった。それだけでも相当な時間を要し、しかも記憶を完全に戻せなかったことばかりだ。

 それに対して、クルトロー……というこれから会う伝説の蘇生師は、何百人と蘇生させた。しかも何年も経っていて骨になった状態からの蘇生にも成功したと言う。


「あはは、タケマサくんも緊張とかするんだ。その道の大先輩に会うんだもんね」


「そうだ。「その道」がどんな道かもわかってない素人だからな、こっちは。蘇生師という職業を極めた人間か……。きっと学ぶところが多いだろうな」


「へえ……。意外とタケマサ君って向学心あるんだね」


「馬鹿にするなよ。俺は大学に余分に居残ってまで学ぼうとした人間だぞ」


 ……就職できなかったから残ろうとしただけだけど。


「そうなんだ。偉いね」


「ああ。できれば一生社会に出ずに学んでいたいと思っていた。モラトリアムタケマサと呼んでくれ」


「わかった。モラトリアムタケマサくん」


「やっぱやめてくれ」


「え、なんで? モラトリアムタケマサくん」


「お前……さては意味分かってるな?」


「え? 何が? モラトリアムタケマサくん」


 しかし、半分マジだ。俺は蘇生という魔法をもっと学びたいと思っていた。

 もしメイリが許すなら、弟子になってしまうという手もあるかもしれない。もっとも、レベルが違いすぎて弟子にしてくれないかもしれないが。あのメイリが「バカな」と驚くくらいだ。常識の域を越えているのだろう。


「考えてみれば、一度は地図から消えた村を、復活させたんだもんな……人の技じゃない」


 そう、それはもはや、蘇生……人の命を復活させたというだけの話じゃない。

 歴史を書き換えてしまったようなものだ。国の王と匹敵する、あるいは神としてどっかの宗教に崇めたてまつられちゃうくらいの、控えめに表現しても「奇跡」というやつなのではなかろうか。

 ファンタジー世界とはいえそこまでのことができるなんてのはありなのか、と俺はまだこの段になっても半信半疑でいた。


 *


「ティーナよ……何の用じゃ……」


「客人でございます。クルトロー様に面会を希望しております」


「ほう……通せ」


 厳かな、声だった。案内した女(ティーナと言うらしい)が俺たちを奥の間へと通した。


 そこに、大蘇生師はいた。


われが偉大なる蘇生師である……」


 ……。

 枯れた白髪交じりの茶色の髪がだらしなく肩まで伸び、髭もはやし放題、良く言えば賢者っぽい、悪く言えば隠者っぽい老人だった。


「伝説の……蘇生師」


 ゴクリ、と唾を飲み込む。

 いかにも、という様子で老人は頷いた。


「我が偉大なる蘇生師、クルトローである……」


 ティーナは、俺たちをそのへんに座るように促した。別にイスも何もないが、床に直座りだ。

 俺は、目の前に現れた老人をしばらく凝視してしまった。


「何百人も蘇生したのか……あんたが」


 蘇生師に、ティーナが耳打ちをする。どうやら耳が遠いらしく、彼女が俺の言葉を伝えたのだろう。


「いかにも儂が、この村を救った。魔王に滅ぼされた村の民二百余人を一夜にして蘇生させたのだ……」


 一夜……にして、だと。

 サムエルが我慢しきれない、という様子で話をはじめた。


「お願いがありまして参りました! 蘇生師様」


「うむ。申すが良い」


 サムエルが骨の入った袋を取り出す。


「こいつはライアンという俺の友達の骨です。何年も前に病で死にました。火葬にしちまってたんですが、あなたの噂を聞いて、埋めてあった骨を掘り出して持ってきたんです。頼んます、生き返らせてください……!」


 ティーナはまた何か耳打ちをした。


「よかろう。ただしそれ相応の金をもらうぞ」


「か、金……。金、取るのかよ!」


「タダじゃと思うたか? 金が要るのじゃ。この村がこれから復興するにはな」


「い、いくらだ」


「八十万ほど貰い受ける」


「は……? ほ、法外だ! 都の蘇生師だってそんなに取らねえぞ」


「嫌なら帰れば良い」


 俺は、小声でティルミアに聞く。


「なあ、八十万って高いのか?」


「高いね」


「日本円でいくらくらいだ」


「ニホンエン?」


 ダメモトで聞いてみたがやはり通じるわけがなかった。


「何が買えるくらいの値段だ? 何かわかりやすいもので例えてくれ」


「え? 何だろう。賞金首の一番安いのがそのくらいかな」


「うん、人の命で例えるのはやめろ」


 しかも賞金首相場が全くわからんからちっともわかりやすくない。

 他にもティルミアはナイフだの毒薬だのの値段を上げるのでよくわからなかったが、総合すると日本円と桁は変わらないくらいらしいとわかった。

 なるほど、確かに八十万は高いな。いやもちろん人の命の値段としては破格に安いとも言えるが。とはいえサムエルの様子を見る限り、簡単に出せる額ではないのだろう。


「くっ……。足元見やがって」


 サムエルは悔しそうにクルトローを睨みつけた。そして指を突きつける。


「だが、本当に生き返らせられるんだろうなぁ? 信じられねえぜ、この目で見るまでは」


「……ふむ、道理じゃな」


「あんた……インチキなんじゃねえのか? 本物ならいくらでも払ってやらぁ。だが、嘘だったら覚悟してもらおうか」


「不遜な客じゃ……じゃがまあ、いいじゃろう。特別に、前金ではなく後払いでやってやろう」


 クルトローはティーナの方を見て頷く。ティーナがサムエルのところへ来て骨の入った袋を受け取った。


「……本当にライアンを生き返らせてくれるんだろうな」


「待っておれ」


 クルトローはティーナと共に、奥の扉の向こうへと消えていった。


「……本当に……生き返るのか?」


 ニックが不安そうに声を漏らした。サムエルは首を振った。


「さあな。疑わしいもんだぜ。本物なら金は払ってやらあ。金は用意してきたからな。だが、おいそれとは払えねえ。そうだろニック」


「あ、ああ……。八十万ってったら俺なんか全財産だ」


「俺だってそうさ」


「……なあ、このまま奴ら裏口から逃げるとかそんなことねえよな」


「なんだと?」


 サムエルはニックを睨んだ。だが、彼らの不安はすぐに払拭された。


 ガチャ、と音がして、さっき閉まったばかりの扉が開いた。


 蘇生師クルトローと、ティーナ。それに……もう一人、男が現れた。


「ラ……ライアン……っ!?」


 現れた男は粗末な布を一枚纏っているだけで、眠そうに頭を抑えていた。だが目の前で声をあげたサムエルを見て目を見開いた。


「サ……サムエル? お前、どうして……。ここは……あの世か?」


「ば……ばか野郎。お前……お前、ライアンなのか」


 サムエルは、涙を浮かべていた。現れた男は……確かに前に見せてもらった写真に写っていた男だった。ライアン、というサムエルの友人、にそっくりだ。


「お前……お前、体はなんともないのか」


「サムエル……。ここは……この世なんだな」


「ああ……お前は……生き返ったんだよ」


「生き返った……?」


「そうだ」


「なんてこった……! なんてこったサムエル!」


「ライアン!」


 二人は抱き合った。


「俺は死んだのか。やっぱりあの疫病で……」


「ああ。医者も手を尽くしたがダメだった。だが生き返った! 生き返ったぞ!」


 サムエルは何度もライアンと抱き合い、肩を叩き合っていた。


「蘇生は、成功じゃ」


 クルトローが厳かに宣言する。


「……! 疑って申し訳なかった! ライアンを……ライアンを……生き返らせてくれて……ありがとう!」


 俺は鳥肌が立つ。この蘇生師は、どうやら……本物。


「本物なのか」


 俺の漏らした言葉にニックが上ずった声で応じた。


「ああ、本物だ……。凄い……! 生き返るのか? 生き返るんだな!? 俺の……俺のヨメさんも……!」


 ニックが泣き出した。胸に妻の骨の入った袋を抱きしめて。


「金を……金を払わせてくれ! 俺が悪かった。いくらでも払う」


 サムエルはそう言ったのだった。


「一人につき八十万じゃ」


「わかった……。これでいいか」


 サムエルは懐から財布を取り出すと何十枚もの札束を数えながら渡した。


「つ……次は俺の……俺の番だ。頼む。俺のヨメさんだ。三年前に落石事故で死んだ……」


 ニックが涙を流したままクルトローに詰め寄った。


「よかろう。では金をもらおう……」


「金は持って来た。払う。今払うぞ」


 ニックも慌てて自分の財布を取り出す。


「ところでお主、落石事故……と言ったか。それは……もしや、怪我をしたのではあるまいな」


「怪我? 怪我って……死ぬ前にってことか?」


「そうじゃ。腕を折ったり足を折ったりしてはおるまいな」


「……そりゃ……大きな石に巻き込まれたんだ。直撃は腰で……腰から下は……」


 ニックが辛そうな顔でそう言うと、クルトローの顔が険しくなった。


「いかんな……。病や毒で死んだ者ならたとえ骨であろうと蘇生は容易い……肉体に大きな欠損が無い状態で死んだのであればな。じゃが死の直前の肉体に損壊部位が大きい場合、元に戻すのに少々時間が必要じゃ」


「時間……どのくらい?」


「一週間ほどかかる」


「か……構わねえ! たかが一週間が何だ。この三年に比べればてんで大した時間じゃねえや」


 さようか、とクルトローは頷き、骨を受け取った。


「では宿で待つが良い」


 ありがとうございますありがとうございますとニックは繰り返し礼を言い続けた。


「お主らは……?」


 クルトローが俺たちを見た。


「あ、用があるのは俺だ」


 俺は前に出た。


「お、俺はタケマサと言う、蘇生師だ。……新米の。あんたなんかとは比べものにならないほど未熟だが」


「ほう……」


「単刀直入に言う。知りたいんだ。俺がこの先……あんたみたいになれる可能性があるのかを」


「……」


 自信のなさから俺の声が知らず小さくなっていたのか、ティーナがクルトローに耳打ちをした。


「儂は特別な修行を積んだのじゃ……。村一つ復活させたるにはそれ相応の鍛錬が必要じゃ……儂の域に達するにはまだ数十年の修行が要るじゃろう……」


「鍛錬……。数十年の修行……か」


 自分から尋ねたにも関わらず、返ってきた言葉に落胆する俺。やはり、簡単ではないということか。


「なあ、一つ聞きたい。何百人も蘇生させるってのは……どういう気持ちなんだ?」


 ティーナが耳打ちするのを見ながら俺は言葉をさらに続けた。


「俺は……これでも十何人か蘇生をした。だが……それでわかったのは、人の命は重すぎるってことだ。俺のミス一つで生き返る筈だった人間が生き返らない。生き返っても子供になっちまう……。悔しいが、俺はまだ人の命を抱えるには未熟すぎるんだろう。だが、あんたは何百人も……しかもずっと酷い状態の死体だって蘇生を試み、成功させたという話じゃないか。どうして……そんなことができるんだ?」


 だが返ってきた言葉はあっさりしたものだった。


「修行の成果じゃ」


「修行……って」


「数十年の修行を経て儂はこの偉大なわざを成し遂げたのじゃ」


 ……。

 なるほど。

 いや、よくわからなかったが、こう言うことだと俺は理解した。


 言葉では伝えられない。だから修行しろと。


 そう言うことなら修行してやろうじゃねえか。

 俺は頭を下げた。


「頼む! 俺を弟子にしてくれ!」


「よかろう」


「……え、いいのか!?」


 あっさり許可が降りた。よっしゃ……!


「では弟子入り料として三百万ほど払ってもらおう」


「た……高っ」


 俺は弟子入りを諦めた。

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