第五章 2/8
それは、俺らがエイでの高速移動を開始した直後、街道沿いの休憩小屋に寄った時のことだった。
「先客がいるな」
エイを地上に着陸させ、俺たちはぞろぞろとその背から降りた。小屋のまわりで俺たちを物珍しそうに見ている男が二人いた。
「よう、お疲れさん」
「スゴいな。こんな大きな風切エイ見たことが無い」
メイリは手を挙げて答える。
「はるか南の砂漠地帯に生息する巨エイ種だ。大きさのわりに人なつっこいやつでな。ついて来たがるんで乗り物にしたんだよ」
事務所でペットとしてずっと飼っていたものを、今回の逃避行に伴って呼び寄せたそうだ。
男たちは大きな荷物を持っていた。スイカが2つくらい入りそうな大きな袋を下げている。
「西の方から来なすったのかね?」
男たちの一人がそう尋ねた。
「ああ。都のほうに向かう。……あなた方は?」
「私らはここから北のほうに行くのさ。山間に村があってね」
「……村?」
メイリが目を細める。
「ああ、タルネ村という村だ。知ってるかい」
男たちが意味ありげに顔を見合わせた。
「あの……タルネ村と言えば……あのタルネ村ですか? 五年前に滅んだという」
サフィーがそう尋ねる。男たちが頷いた。
「五年前? 滅んだ?」
俺には何のことだかわからない。
「ああ。そうだよ。実際、廃村だったんだ。最近まで」
「何だ。村が滅んだって……なんで」
俺の問いに、いつの間にか俺の後ろにいたメイリが答えた。
「魔王に滅されたんだよ」
「なるほどそうか魔王に……」
……。
「え、魔王とかいるのか、この世界?」
まおう。たぶん日本酒のことではないだろう。
「まあ、どこの世界にもいるだろう」
「いや俺のいた世界にはいなかったぞ」
「いないわけないだろう。お前の周りでも横暴な振る舞いをする人間のことを「魔王」って呼んだりしないか?」
「いやそういうレベルなら。そういうレベルの「通称魔王」ならいるけど。ていうかそりゃ、あだ名だろ」
メイリは首を振った。
「魔王と呼ばれる場合、それはいかなる場合もあだ名なのだよ。公式に魔王という役職がある訳ないからな」
「まあ……そりゃそうだが。いやこの世界ならもしかして「魔王」って職業もあるのかと思ったがな。そりゃないか。しかしその、ここで言う魔王ってのはそのなんだ、魔物の長みたいなアレじゃないのか。ラスボス的な」
俺の結構古い時代で止まっているファンタジー世界観で言えばそうだ。だがメイリは首を振った。
「魔物とは害をなす動植物全般のことだ。長などいない。もちろん誰かの支配下にいる魔物もいるが、魔物の大半は我々人間と同じように自然の支配下にいるだけだ」
「なるほど」
「それにラスボスという概念もよくわからないぞ。なぜそれがラストだと言える。言えるのはそいつが世界を実際に滅ぼした場合だけだろう。この世界はまだ滅びてない」
「わ、わかったわかった。じゃ魔王ってのは何なんだ」
「だから、あだ名だよ。君の常識とそう違わないと思うが。はた迷惑に権力や暴力を振り回し横暴の限りを尽くす。そういう存在を魔王と呼ぶんだろう。周りが。違うか?」
「違わないんだが……。じゃあその魔王ってのはモノホンの魔王ってわけじゃあないのか」
「モノホンもモノニセもない。「魔王」という言葉は常に、他人が勝手にそう呼ぶだけなんだよ。それ以外の使われ方はない。自らを魔王だと名乗る者がいたらおかしい。笑い者だ」
「おかしいのか?」
「おかしいさ。「魔」とは悪をなす者という意味だ。「悪」とは正しくないことという意味だろう。自ら魔王だと名乗ったら「自分は間違った王です」と宣言しているようなものだ。……自らを正しいと信じる者は魔王などと名乗ったりしない」
「なるほど。そう言われりゃそうかもしれないが……」
自分から自分が魔王だなんて言うのは矛盾してるわけか。
「だから、魔王というのは常にあだ名なのだよ。君の世界での使われ方と一緒だ」
「じゃあいいよ。その、「魔王」ってあだ名のやつがいるんだな。この世界には」
「ああ。いる。困ったことにな」
「どんなやつなんだ」
「百以上の村を焼き滅ぼし、この国の軍勢と三度全面戦争を起こし、今でもこの世界を征服せんと企てている」
「魔王そのものじゃねえか」
「だから魔王と呼ばれている」
「モノホンじゃないか」
「だからモノホンも何も……」
とにかくそりゃまごうことなき魔王だ。
*
「魔王がタルネ村を滅ぼした原因はわからない。まぁ魔王なんだから大した理由があった訳じゃないのかもしれないが、それでも実際に村は滅んだ。村人二百人以上が、たった一夜に殺されたんだよ。生存者はいなかったと聞く」
メイリの言葉に、ニックはしかし、そうそれよとなぜか嬉しそうに声を上げた。
「それがなんと……無事だって話なんだ」
サムエルが頷く。どうだい信じられるかい、そういう顔だった。
「最近そのあたりに迷いこんだ旅人がな、偶然見つけたんだと。いつのまにか村が復興してて、当時と同じように村人が元気に暮らしてんだとさ」
メイリは首を傾げる。
「廃村だったところに別の人間が住み着いたということか?」
「違う。そうじゃない。「元の」村人なんだ。死んだはずの村人なんだよ。みんな生き返ってんだよ」
生き返っている……蘇生。
「ばかな……ありえない。事件は五年前だぞ」
メイリがそう言う。だがサムエルはわかってるさ、と言った。
「そうさ。俺らだってそんな前に死んだ人間を普通は蘇生なんざできないってこたぁ知ってる。だが事実は事実。実際、事件なんてなかったかのように無事だってんだ」
「あの事件後、国王は軍を出して調査し、多数の死者を確認した筈だ。死体が保存されたなんて話も聞かない。村の墓地に埋葬された筈だ」
だから驚くんじゃねえか、とサムエルは言った。
「蘇生師様だよ。蘇生させたんだ。村人を全員」
「あり得ない。蘇生は死んで数日のうちに実施しないと成功率が大きく下がる。五年も前の死体が生き返ったなんて聞いたことがない」
「そうだろ? そうだよな! 俺もそう思ってたさ! だが事実、生き返っているんだ。今、タルネ村にはその奇跡を起こした蘇生師様がいる」
サムエルは興奮を押さえられない様子だった。
「死体だってもはや骨になってしまっているのだろう」
「ああ、何でも毒に侵された者もいたとかで、それこそ火葬にしたらしいんだよ。だが骨からちゃんと肉体も復活させた」
「遺体修復……。骨からとなると並の腕でできることじゃない」
「へっへっへ……だから偉大な蘇生師様なんだ。伝説級だな。伝説の蘇生師様だ……。だからよ、この噂聞いて俺は持ってきたんだ、これを」
ニックが横に置いたいた袋を取り、少し口をゆるめて中身を見せた。……白茶けた塊と、粉のようなものが大量に入っている。
「まさか……それ。人骨……てことか?」
ニックはあごひげを撫でながら嬉しそうに笑った。
「ああ。ヨメさんだ」
……。
「おっとすまんねビックリさせて。結婚して二ヶ月で死んだんであんまりヨメって感じじゃねんだがな。それでもずっと一緒に旅をしてた仲間でな、旅の途中で落石事故で死んだんだ。いっぺんは焼いて埋めたんだが、この村の蘇生師の噂聞いて掘り起こして持ってきた」
俺は思わず言う。
「しかし……本当かどうかわからないだろ。骨からなんて……この世界の常識じゃ考えられないんだろ」
あははわかってるさね、とニックは笑った。
「だども、まあダメでもともとだ」
そう言うニックに、隣のサムエルがばしんと背中を叩いた。
「大丈夫だ! おまえのヨメさんは生き返る。俺のダチも生き返る」
そう言ってサムエルはそばに置いていた別の袋を叩いた。
「それも……骨なのか?」
そうだともさ、とサムエルは親指を立てた。そして懐から一枚の写真を出して俺に見せた。
「これがライアンだ」
写真には気の弱そうな男がサムエルに肩を組まれて笑っていた。
「疫病で死んだんでな、火葬にされた。でも伝説の大蘇生師様のおかげできっと生き返る!」
サムエルの笑顔に、俺はなにも言えなくなる。
俺がサフィーとかに聞いていた話じゃ、あり得ないことだ。メイリもあり得ないと言った。たぶんそれがこの世界の蘇生魔法の常識なのだろう。
そんな昔に死んだ、しかも骨になった遺体なんて蘇生できない。
だからきっとその伝説の蘇生師とやらの噂は実際のところ、誰かの勘違いか見間違いか聞き違い。そんなとこだろう。
「俺も行っていいか」
なのに、俺はそう言っていた。
俺の言葉に、旅人二人は不思議な顔をした。
言ってから俺は、なぜこんなことを言ったのだろうと不思議に思った。次の言葉を継げなくなった俺の代わりにメイリがフォローするように言った。
「彼はタケマサくんだ。彼はこれでも蘇生師でね」
メイリの言葉に、旅人は驚いたようだった。
「蘇生師!? 珍しいな。こんなか細い兄ちゃんがか」
「おいおい……蘇生師は別に肉体派の職業じゃないだろ」
俺は苦笑した。そして俺が異世界人であること、まだこの世界に来てからも蘇生師になってからも日が浅いことを告げた。
「タケマサはまだなりたてだが、これまで両手の指に余るほどの人間を蘇生させた実績がある」
メイリの言葉に俺は苦笑する。
「……俺のはまあ付け焼き刃だし、蘇生についてぜんぜん何も知らないに等しいんだが……蘇生に成功するのは死んでからそう時間の経っていない場合、しかも損傷も少ない場合に限られるんだと思ってた。死んでから三年も経ってて、しかも骨になってる遺体でも、蘇生できるというのが本当なら、俺も……見てみたい」
「ははっ。わりいな兄ちゃん。是非連れてってやりてえとこだが、俺たちもあんたを守りながら旅する余裕はねえんだ。蘇生師さんてなあ、ライセンスの都合上ひとりじゃ魔物とも戦えねえんだろ? 悪いが足手まといになっちゃ……」
「あ、じゃあ私も行くよ! タケマサくんの護衛ってことで」
手を挙げた若い女に旅人二人は怪訝そうな目を向ける。そりゃそうだろう。見るからに華奢な少女が護衛とか言い始めたのだ。
「あー、こいつはティルミアって言って、結構腕が立つんだ」
「よろしくお願いします!」
「護衛って……本気かい? お嬢ちゃん」
「うん本気だよ、私、さつもぐぁ」
あわてて口をふさぐ俺。
「ぷは……何すんのタケマサ君」
「さつまいもだな。おまえサツマイモ好きだもんな」
「さつまいもって何?」
「心配するなお二人さん。ティルミアは歩く運動不足と呼ばれる俺をたった一人で野犬や野良コウモリから守りながら旅する護衛のプロだ」
「……そうか、あんちゃんもう少し頑張りな」
「ねえタケマサくん、さつまいもって何?」
*
俺とティルミアが二人に同行してタルネ村へ行くことをメイリはあっさり承諾した。
「しかし私はにわかには信じられんよ。伝説の蘇生師とやらを。聞いたことも無い」
「そりゃ、タルネ村が復活してるらしいってのは先週くらいの話らしいからな。まだ噂が全然広まってない。俺はたまたまその村に偶然迷いこんだってやつに会ったんだ」
サムエルはそう言い、横のニックが頷いた。
「んだんだ。俺もそれをサムエルに聞いて行くことにしたんだよ」
「どうして信じたんだ。そんな眉唾話」
サムエルはちっちっと指を振った。
「もちろん証拠も無しに信じねえ。その村の村長だとか村人の写真を見せてもらったんだ。滅びる前と、復活した後のな。貰ったからな。見せてやる。ほら、これだ」
二枚の紙が渡された。
「ん……」
俺はその二枚の紙を受け取って、思わずメイリを見てしまった。
「写真……だと?」
「写真を知らないのか。そうかそっちの世界には無いのか。写真というのは、紙に風景を焼き付けたものだな」
「いやいやそれは知ってる。あるよ俺の世界には」
俺が言いたいのは。
「むしろ、こっちの世界に写真あるのかよ。異世界なのに」
「あっちゃいけないのか」
「いけないことはないんだけど……これ、どうやって……魔法か?」
メイリは頷いた。
「そうだ。魔法を使うからライセンスも必要だ」
写真を撮影する魔法……そんなのもあるのか。
「なんて職業だ? 光学魔術師とかそんな感じのやつか?」
「いや、写真家だ」
まんまじゃねえか。
「カメラマンとも言う」
「……うーん、聞き慣れた言葉が逆に耳に慣れないな」
「主に、撮影魔法という魔法を操る職業だな。小型の魔道具、通称「カメラ」を使って対象の姿形を紙に写し取る」
カメラ使うんかい。それって魔法なのか? とつっこみたかった。が、話が進まないので我慢する。
「すまん、話の腰を折った」
「……」
見せて貰った二枚の写真には老人の姿が写っていた。同じ老人だ。どちらも立派な帽子をかぶり白いあごひげが胸のあたりまで伸びている。
「村長だよ。右が滅びる前。左が復活した後」
「……違いが無いようだが……」
「そりゃ、村長自身はな。だが見てみろ。左は背景に山が見えるだろ。クゴラール山だ。それが右を見ると……」
「山が、低くなってる」
「えぐれたんだよ。魔王の攻撃で」
……ぞっとすること言う。村長の肩越しに見える空にそびえる山が、片方は富士山のような綺麗な形なのに、もう片方はその上半分が歪んだ形に欠けていた。
「魔王ってマジで魔王なのか」
「そうだよマジで魔王だよ。クゴラール山は美しい山でタルネ村はクゴラール山に行く旅の足がかりでもあったんだ。魔王が村を滅ぼすまではな。……だからこの右の写真は村が滅びる前で、左は……滅びた後ってことなんだ」
その二枚の写真に写る、全くそっくりな老人。
「右はその村に迷い込んだやつが撮影したもんだ。左は村長が生前に撮ったもんを貰ったんだそうだ。そっくりだろ。同一人物だ。俺もこれを見るまでは半信半疑だったが、これを見たら信じる気になったさ」
メイリが俺から二枚の写真を受け取ってしげしげと見た。
「なるほど、撮影時期がだいぶ違うな。左はだいぶ古い。右はつい最近だ」
「わかるのか?」
「痛み具合でな」
俺は初めから疑っていたわけではなかったので、写真を見るまでもなく決心は変わらなかった。メイリが黙ったので、俺は写真を二人に返す。
「行くかい、あんちゃん」
「ああ」
「ま……ダメでもともとだ。ほっといたってライアンは二度と生き返らねえ。それを生き返らせられる可能性があるなら可能性は薄くても行ってみる価値がある。そうだろう?」
俺は頷いた。
それが自然な感情だよな、と思う。蘇生師というのはこれを……受け止めなくちゃいけないのだ。
数百人を……骨の状態から蘇生させた人間。
「俺は蘇生師として、そんなスゴいやつがいるなら会ってみたい」
メイリのほうを向いた。
「わかったよ。なんなら馬車で送ろう。ここからなら半日もかからん」
旅人たちが歓喜した。
「そいつぁ助かる! 俺たちの足じゃあと五日はかかるとこだ」
「……私も行っていいかしら……」
うおっ。びっくりした。いつの間にか俺達の背後に事務所のメンバーの誰かが立っていた。
「あんた、確か呪術師の……」
前髪が長く、目が隠れているために表情が読めない。ほとんど喋ったこともない。
「ディレムよ……私も興味がある……」
「興味?」
「ええ」
……。
あれ、会話が続かないぞ。
困ってメイリを見ると、「連れてってやれ」と言った。
……ディレム、か。確かこないだティルミアがチグサ殺害の犯人にされそうになった時に、一度だけ喋った記憶がある。「チグサくらいならわけなく殺せる」とか言ってた記憶しかないのがあれだが、正直どんなやつなのかさっぱりわからない。
「呪術師……ってのは、なんだ」
「……魔術師ライセンスの一つよ……。色々種類があるけれど……。死者の念を操ったり、恨みの力で人に害をなしたりとか、そういう形で活躍する職業よ……」
活躍。
しないでほしい……。
と、言う言葉をぐっと飲み込んで。
「そ、そうか。よろしくな」
ディレムはうなずいた。
「しかし魔術師は少ないってサフィーが言ってたが……この事務所にはいっぱいいるんだな」
ラインゲールという爽やかなイケメンは風系の魔法を使う魔術師だし、ミレナは心魔師。ビルトは通信担当とかでよくわからないが音声を遠くに飛ばす魔法を使うようだし、チグサはただの酔っぱらいかと思いきや召喚士だ。そしてこのディレムは呪術師。
「タケマサ君もじゃん」
まあそうなのだが。
*
エイはふよふよと揺れながら地面に着地した。飛んでるときは安定感抜群なのだが、離着陸時は揺れがちょっと気持ち悪い。
俺とティルミア、ディレム、サムエル、ニックの五人は、エイから下車(?)した。
「じゃあ我々はここらで待っているからな。何かあれば連絡してくれ」
メイリの言葉を背に、俺たちは山へわけいった。
「そう遠くない筈だ。元々タルネ村があったあたりまでは」
この中で唯一場所を知っているサムエルが呟く。
道の両側の木々は高く光を遮る中を俺達は連なって歩く。
「この先に……五年前に死んだ筈の村人がいるのか」
今更だが、俺は緊張しているのかもしれなかった。
「死んだはずの村人が」
「らしいな。見てきたってやつの話を聞いただけだが、嘘を言っているようには見えなかったぜ」
不思議と、友人を生き返らせようとしているサムエルのほうが緊張していないようだった。ダメもとという気持ちなのかもしれない。
「幽霊ってことはないだろうな」
「……あなたが……それを言うの……」
俺の呟きに反応した低い女の声に、思わずおいまじか、幽霊かと思ったら、ディレムだった。
「知らないのね……それは蘇生師にとって禁句よ……。幽霊というのは……蘇生に失敗した時に見るものだから……」
「そうなのか?」
そうよ、とディレムは囁くように言う。
「……実際にそこにいるわけじゃないのに脳が見せる幻……。……死者に会いたいという気持ちに呼応して見る夢……。とはいえ夢幻を見せるのは……時に、本当に死者の魂である場合もあるわ……」
「魂……?」
「蘇生というのは……死者の世界から魂を戻すもの……」
「魂って何なんだ」
「……生前の記憶とか……人格の基盤……感情……思考……それらすべてを一塊にして魂と呼んでいるわ……「一塊」という二字を一字に縮めたのが「魂」という字だもの……」
まじか、と思って地面に文字を書いて確かめる。
「……嘘よ……」
うん、嘘だった。なんでそんな嘘を、という気持ちを表情に出してみたがディレムは意に介さない。
「蘇生に失敗するとその魂が戻らない……。一部が戻って一部が戻らなければ……不完全な蘇生になるわ……」
……。それはわかる。
記憶が一部戻らなければ。
子供に戻る。
……。
ディレムは俺の表情を見て、ごめんなさいと呟いた。
「……気を悪くしないで……。記憶は一番失われやすいモジュール……。魂の大半が戻ってもそれだけ戻らないことはある……」
「あれでも魂の……大半は戻ったと」
「そう……。もっと不完全な蘇生を試みる人はいる……魂がまるで定着しないような……。そんな時に見えるのが……幽霊」
「幽霊」
「そう。肉体にとどまらず漏れ出したものが……幽霊。周りの人間の脳に伝わってしまうのでしょうね……。魂も電気信号ですもの……」
「電気信号」
「他者の脳に……それが伝わって視覚や聴覚の情報と錯覚して幽霊の姿を知覚させるのね……」
「なるほど、わりとストレートな意味で、幽霊ってのは死者の魂そのものが見えることだってわけか」
うーむ。
「そうか……蘇生師にとって幽霊が見えたってことは失敗した証だと」
「そうよ……だからあなたが言うの、と言ったの……」
「おふたりさん、話してるとこ悪いが……ついたみたいだぞ」
サムエルの声に、俺達がいつのまにかだいぶ進んでいたことに気がつく。
両側の林が途切れ、視界が開けていた。
まだ日は高い。やや広い開けた草原に風が波を作る。
そこに、少女がいた。
こちらに気づくと、ニッコリと微笑んだ。
「あら? お客様かしら。タルネ村にようこそ」




