第四章 5/8
「色々突っ込みたいことがあるんだが……」
「なんじゃ」
……。本当にどこから突っ込めばいいのか、悩む。
「まず、あんた誰なんだ。マネージャーがいるなんて聞いたことなかったぞ」
「それが今聞くことなのかのう。……ワシはこの事務所の全員の能力を把握し、適切な仕事に振り向けることを役目としておるただの老いぼれじゃ」
呆れた様子で言われる。確かに今は事件の話が先か。なんかこいつに諭されると無性に腹が立つが。
「えっと……全員の能力を把握してるってのは犯行が可能か判断できるって意味か? 犯人はこの事務所の連中の中にはいないと断言したのはそのためか?」
「だけではないがのう。じゃがそう言う意味では、まずお前さんが知りたがっておることを先に言うと、じゃ」
もったいつけるように、毛むくじゃらのマネージャは言葉を切る。
「この事務所のタレントどもにはティルミアを除けば殺人鬼ライセンスを持つ者は誰もおらん」
ニヤリと探偵が笑ったのがわかった。
「待ってくれ爺さん。そりゃ本当か。どうしてわかる」
「爺さんとは失礼じゃな。なあに、最近入ったお前さん達二人は別として、それ以外の連中については全員、ライセンスを持っておるか、持っておるなら何のライセンスか、ワシが知っておるからじゃ」
「自己申告か?」
「いや、調べた」
「調べた? どうやって」
「秘密じゃ。そんなことは今聞くことじゃああるまい。ともあれこの事務所の連中は全員、殺人鬼以外の職のライセンスを持つか、何のライセンスも持ってないかいずれかじゃ」
「……そ……それは」
「事実じゃ」
ピシャリ。取りつく島も無い。
「本当ですよ、タケマサさん」
ミレナが横から言った。
「今ここでできるわけではありませんが、本拠地に戻れば何のライセンスを持つかを検査することは可能なのです」
……。なるほど、それは受け入れよう。
そうなると……。
「なぁんだ。じゃあやはりティルミアくんが怪しいと言うことになるじゃないか」
探偵が得意そうな声をあげる。
「待て待て。言ってたよな爺さん。犯人はいないと。それも殺人鬼ライセンスを持つ奴がいないことを根拠に言ってるのか?」
毛むくじゃらは……首を横に振った。
「タケマサよ。ワシは能力だけでなく皆の性格も把握しとる。じゃから断言できる。……じゃがタケマサよ。お主はそれじゃ納得せんじゃろう。こればかりは説明するのは無理じゃ」
まあ、この爺さんが皆を信用しているということだ。
付け加えるなら、雰囲気的にこのマネージャーを名乗る爺さんの意見に皆、ある程度賛成らしい。
「そりゃ仲間を疑いたくないというのはわかるがな……」
毛むくじゃらは首を振った。
「ちと違うな。仲間なんぞという言葉はワシは好かん。じゃが、犯人か犯人でないかくらい判断できる程度には知っとる」
「……じゃ、ティルミアはよく知らないから犯人だってことか」
だが俺の問いに毛むくじゃらは意外にも首(どこにあるかわからないが)を横に振った。
「……ワシの個人的な感覚で言えば、あの娘はチグサは殺さんじゃろうな。他の被害者は知らんが」
意外な答えだった。
「おっと聞き捨てならないな、マネージャーさんとやら。どうしてそう言える?」
反応したのは探偵。
「ただの勘じゃよ。ワシも宴席に同席したわけじゃないからわからん。……それよりも、逆に聞こう、探偵とやら」
毛むくじゃらはその毛に覆われた腕を探偵に向けた。
「……何でしょう」
「なぜお主は「ティルミアの他にこの事務所に殺人鬼がいない」と思ったのじゃ? お主、言っていたではないか。殺人鬼ライセンスを持つのはティルミアしかいないと。結果的に事実じゃが、しかしお主がそれを知る筈がない」
「……これは失礼。殺人鬼ライセンスというものはこの街で十年にわたって発行されていないようなレアなライセンスですから。まさかお持ちの人がこの同じ事務所に他にいるとは思えなかったもので」
「そこじゃよ。お前さん、探偵と言いながらだいぶ先入観で話をしとるように見えるでな。お前さん、こうして長すぎる毛で全身を覆っているワシが果たして人間なのかゴブリンなのか人狼なのか、判別ついとるのかね? つかんじゃろう。ワシが何者か知らんじゃろう。殺人鬼のライセンスを持っていないとどうして思える? ワシが犯人でないとどうして言える?」
「私もよ……」
今度は、部屋の隅にいた、黒いローブを被った女が言った。いつも黒いフードで顔を覆っていて、素顔を見たことがない。
「私、殺人鬼じゃあない。でもね、呪術師なのよ……。呪殺魔法は……使えるからね。それにチグサくらいなら、刺し殺すくらいわけないわ……。あの娘、戦闘タイプじゃないもの……。私が……蛇黒針に似た魔術を開発していないとどうして言えるのかしら……」
「俺もだぜ」
今度はその隣にいる大柄の男だ。マスクを被っていて顔がわからない。
「俺はライセンスを持たないが、格闘能力と武器の扱いじゃその辺の兵士なんぞに負けやしねえ。これまでに殺された七人を殺すなんざわけないさ。呪術だきゃあ使えねえが。だが細い武器を3本使ってあんな傷跡を残すくらい簡単だぜ?」
毛むくじゃらは笑ったようだった。
「そういうことじゃよ。この点に関してはタケマサの言うとおりじゃ。現にこの二人が共犯になれば犯人の条件は容易に満たす。探偵よ。お前さんの言うとることはまだ穴だらけのようにワシには思える。ティルミアが怪しくないとは言わん。おそらく可能性はあるんじゃろう。じゃが本人も否定しとるし、ワシには確かとは思われんよ」
ふ、と俺は笑った。
「ありがとう。爺さん……いや、マネージャー。さっきは挑発するようなことを言ったが、俺だって事務所の皆を本気で疑ってるわけじゃない。あのメイリって人は人を見る目はありそうだからな。ただ、俺はティルミアのことを皆より少しは知ってる。あんたの言う通り、チグサとティルミアは相性そんなに悪くないと思うんだ」
チグサがびくりとして、それから頷いた。
「うん。わ……私が言うのも変だけど、そう思う。ティルミーは私を殺さないんじゃないかな」
「おいおい! 勘弁してくれたまえ。そんなことわかるわけなかろう。ティルミアくん自身が認めたのを忘れたのかね。君への殺意を」
俺は首を振った。
「あいつがあんなことを言った理由は、多分俺には想像がつく。だがそれは後で直接本人から聞いてくれ、チグサ。……それよりも……」
俺は探偵を指差す。
「探偵さんよ。犯人がティルミアだと納得してない人間は俺以外にもいるってことだぜ」
「なるほどな」
リブラは、握手を求めるかのように俺に手を出してきた。
「よかったよ、君たちがこの程度を真に受けて思考を放棄するような愚か者でなくて」
握手には応じない。
「この程度……?」
「この程度の仮説で、ということだ」
探偵は、ウロウロと意味もなく歩きながら皆をねめつけるように見た。
「私は、探偵だ。探偵というのは、探り偵う者。しかしどんな調査にもまず仮説が必要だ。仮説なき調査など存在しない」
探偵はくっくっくと笑った。
「では次の証拠だ。ホワイトミントくん、説明してあげたまえ。なぜ僕が、最初に容疑者が君たち二人だと言ったのか」
かしこまりました、とフリフリスカートの女は言った。
「私とリブラは、食堂から廊下へ進んだところの一番手前の二部屋をいただきました。私が一番手前でしたので、食堂と廊下を行き来する人は必ず私の部屋の前を通ることになります。……私はやることが無かったため、廊下の物音を全て聞いておりました。タケマサさんが食堂を去って廊下を通っていくのも聞こえました。そして、その約二時間後に再びタケマサさんが廊下を通って食堂へ向かうまで……誰も廊下を歩いた人間はいません」
「……」
酷く冷静な声で、しかし一気に暗唱するように助手はそう言った。あっけにとられてしまいその意味を理解するのに少しかかった。
「ずっと聞き耳を立ててた? 廊下の?」
「聞き耳というほどではありません。ただ、ドアが薄いのと、私は聴覚が鋭敏なほうなので……何もしなくても聞こえるのです」
ウサミミだから聴覚がいいのだよ、と探偵が言ったが聞き流す。
「そんなに耳がいいなら食堂の物音は聞こえなかったのか? 二人が話してる声とか。酔っぱらい二人の会話はうるさかっただろ」
俺が食堂を出ていく時は二人とも結構甲高い声で喋っていた。
「ええ、最初はお二人の話し声がよく聞こえました。……ただ、わりとすぐに話し声は小声になり聞き取れなくなりました。そしてじきにチグサさんの声だけになり、やがてチグサさんの声も聞こえなくなりました。以降はずっと静かでした」
……。殺害の瞬間の音は何も聞こえなかったということか。
「……タケマサさんが食堂に行くまでは」
「つまり事件現場に出入りした人間がいないと言っているのか」
「はい。タケマサさん、ティルミアさんを除いては、誰も」
「ほら、わかっただろう。彼女しかいないのだよ。タケマサくん、君が犯人だというならともかく」
……なら。
「なら、別の可能性が考えられるだろ」
「……何?」
「外部犯だよ。俺は、ティルミアが犯人とは限らないと思っている。だが事務所の他の連中って線も薄い気がした。なんとなくだがな、開けっ放しのドア。あれがいけなかったんじゃないのか。表から、無防備に寝てるチグサが見えた。それで犯人は……外から入ってチグサを殺したんだ。食堂は廊下に出る他に外に出る扉があるじゃないか。そこから入ってそこから出ていったんだろ」
しかしその俺の問いは予測していたという顔で探偵は頷いた。
「……なんだ」
「説明してあげたまえ、ホワイトミントくん」
そして助手が話を続ける。
「タケマサさん。出入りした人間はいないのです」
なぜ、そんなに自信満々に言えるのだ。
「どうしてそう……」
「そう言い切れるのです。出入りした人間がいれば、この感知魔法に引っかかるはずだからです」
「感知魔法……?」
「外へのドアに仕掛けておいたのですよ。……お見せしましょう」
言って、ホワイトミントは腰を落とし、床に指を伸ばした。
*
「監視系の魔法陣……でしょうね、それは」
サフィーはいつものように顎に手を当てながらそう言った。
「そう言ってたな。いや実際驚いたよ。ずいぶん簡単に描いて見せてたが、あのウサミミ」
場所は変わって、俺はサフィーのところに相談に来ていた。
ホワイトミントはあの後、その感知魔法について説明をし、結果的に俺たちは誰もそれに反論できず、ティルミア犯人説濃厚のまま、解散した。
いかんせん、俺はまだこの世界の魔術というものについて疎すぎるので、探偵と助手の言うことを鵜呑みにするしかない。それでセカンドオピニオンというわけではないが、魔術に詳しい第三者の意見を聞こうと思ったのだ。
「指で描いてたように見えたが、あれは何だったんだろう」
「魔光液でしょうね……効果が発動するまでは無色透明のインクのようなものです。少量を指につければ十分。持ちの良いインクです」
ホワイトミントは俺たちの前で食堂の床に何か細い線のようなものを書いてみせた。その線を誰かがまたぐと、緑色にぼんやりと光る。その光りは三、四時間は持続すると言っていた。魔法陣を描いた術者が解除しない限りは。
「それがその食堂の……外へ出入りする扉の前に描かれていたということですか?」
「ああ。いつの間に描いたのかわからなかったが、あの探偵と助手が登場して皆に自己紹介した後、こっそり描いておいたらしい」
「つまり誰かがチグサさんの殺害現場である食堂から外に出たら、その魔法陣が光ってしまうからわかる、ということですね」
俺は頷く。
だから、チグサを殺した人間がティルミア以外にいるとしても、そいつは確実にアジトの中にいるということ。そう探偵は言った。
いったいなぜそんな魔法陣を仕掛けておいたんだ、と俺は尋ねたが、別に殺人事件に備えてというわけじゃなく、メイリが帰ってきたらわかるようにしておきたかったらしい。
「その魔法陣を誰かが通過すると、光るだけじゃなくかけた術者にもそれがわかるようになってると言っていた。……本当なのか」
サフィーは頷いた。
「監視系魔法の本来の使い方ですね。遠隔監視、盗聴、等はずっと見たり聞いたりしていると疲れるので、誰かが通った時だけそうと知れるような魔法がよく使われます」
よくサバイバルゲームなんかで、木の間に張ったロープに缶やらをつるしておいて、誰かが触れるとやかましい音がなるような罠があったりするが、あれと同じ発想か。
「じゃああれはデタラメじゃあないのか……。となると犯人は内部にいるってのも本当か……」
外との出入りの扉が、言わば封じられていたのだとすると、やはり中しか無いのか。
いや、と俺は思い起こす。
「違う。ここは異世界だぞ」
自分の頬を叩く。
「たとえば、あの魔法陣の上を空中を浮遊しながら越えていったりすれば、どうなんだ。反応しないんじゃないか」
俺がつぶやくとサフィーはいえ、と言った。
「踏まないようにまたいでも反応しますよ。ある程度空中までカバーするように仕掛けるものです。どのくらい上空までカバーするかは術式次第で変えられますが、それこそ高く設定すれば鳥だって反応しますよ」
そりゃそうか。跨いだくらいで反応しないんじゃ意味がない。
「それはその……魔法攻撃が扉を抜けて来ても反応するのか?」
「……魔法攻撃?」
「凶器がな、魔法で繰り出されたワイヤーっぽいものなんだ」
「……幻覚の類でなく物理的に触れられるものならおそらく反応するでしょう」
となると……犯人がドアの外から蛇黒針で攻撃したという線も無しか。
「……じゃあ、例えば、壁を通り抜ける魔法、なんてのはどうだ。そういう魔法があるんじゃないか? 魔法陣があったのは扉の前だけだ。壁を抜けられるような魔法があれば避けられるだろ?」
「壁ぬけ……ですか? どうでしょうか……。それは聞いたことが無いですよ。もちろん伝説級の魔法使いであれば、空間に大きく干渉して歪めるような魔法も使うと聞いたことがありますが、そんなもの、そこらへんに転がってるようなものではないですよ」
「ライセンスを取るのが大変……とかか?」
「いえ、というか、どのライセンスなら使えるのかさえわかりません」
「……そうなのか」
まあ確かに、そんなもの誰でも使えてしまったら家に壁がある意味がなくなる。街に暮らす人間たちを見る限り、そういう魔法は基本的に無いという前提で生活しているのだ。
それにしても、どのライセンスなら使えるかわからないとはどういう意味だろう。そういう魔法自体が存在しないと言っているわけではないようだが。
「ライセンスによって使える魔法使えない魔法が決まってるわけじゃないのか?」
うーん、とサフィーは答えにくそうにした。
「ライセンスというのはこれを取ればこれとこれとこの魔法が使えますよ、という簡単なものではないんです。基本的には、あくまでどの精霊と契約するかというだけですから。契約した精霊の力を行使する範囲であれば、まだ誰も使ったことの無い新しい魔法をオリジナルで開発することも可能です。実際、研究機関では日々新しく魔法は開発されていますし、それをすべて網羅して知ることなんて不可能なんです。先ほど仰った壁抜けのような魔法も、いずれかのライセンスの範囲で開発可能なのかもしれませんが、私にはわかりません」
「そうなのか……。サフィーでも知らないことがあるのか」
「私を何だと思ってるんですか?」
サフィーは苦笑した。
「でもそれじゃあ、お手上げだな。どこの誰がどんな魔法を使ってくるかまったくわからない、てことじゃないか」
「いえ、そうでもないですよ。そもそもタケマサさんあんまり自覚無かったかもしれませんが、様々な種別はあれど、魔術師系のライセンスは総じて難関なんです。三十人ライセンスを持ってる人がいても、そのうち魔術師は一人もいないと思います」
俺は驚く。
「でもライティングとか筋力増強の魔法なんかは誰でも使えるとか聞いた気がするが」
「そういう魔術師系ライセンスでなくても使える魔法はありますが、ごく限定的で応用も効きません。自分で魔法を新しく開発するなんてことも不可能。決められた術式以外は受け付けないようにライセンスが組まれているんです」
「魔術師系のライセンスと、そうじゃないのとで違いがあるってことか」
「ええ。そもそも神殿から魔術師系ライセンス保持者は魔法を行使することだけでなく魔法を改良したり新しく作り出したりする役割も期待されています。ですから、決められた精霊契約の範囲ではありますが、自分で研究して術式を組み替えたりして魔法を作り出すことが可能なんです」
「蘇生師ってのは……どっちなんだ?」
サフィーは首を振る。
「蘇生師も蘇生魔法に特化してはいますが、立派な魔術師系ライセンスですよ。そもそも、遺体の状態や環境条件など様々な要素を考慮して術式を組まなければならない蘇生師が、術式限定なんかされてしまったら手足を縛られているのと一緒ですから」
「なるほど。俺もいつまでも呪文の丸暗記に頼っているわけにはいかないってことか」
「はい。魔術師は応用を利かせてナンボの世界ですよ」
まあ、少々呪文を間違えても発動してしまうのは、良いことかもしれない。だからこそ、今までの十二人も救えたとも言えるからだ。同時に、悪いことかもしれない。そのうち六人が幼稚園児になってしまったからだ。
「そういえば、殺人鬼はどうなんだ? あれは、戦闘職だろ? 魔術師系って感じはしないが……」
ただ、気になってはいた。ティルミアもルードも魔法をある程度、応用的に使っていたような気がしたからだ。
サフィーは複雑そうな顔をした。
「殺人鬼職は……様々な意味で特殊なのです。あれは、他の戦闘職では普通に使えるような魔法も使えなかったりする代わりに、人を殺害するための魔術に関しては、相当に制約が緩いと聞いています」
「ああ。色々見せられた。死の呪文だの、指からワイヤーだの、地面から鉄串が生えたりとかな。時間感覚をずらしてどうこう……とかいうのもあったな」
サフィーは小声で、ティルミアさんに言うと怒られるかもしれませんが、と言った。
「あの職業は、時代の忌み子のようなものです」
「忌み子……」
「戦争が終わり、もう役割を終えているのです」
そういえばサフィーは殺人鬼ライセンスは廃止したほうがいいとか言っていた。
「前にあんた言ってたよな、もう殺人鬼ライセンスはしばらく発行されていないとか。じゃあ……ティルミアを除けば、もう今の時代に生きる殺人鬼はかつて取得した人間だけで、だんだん減っていくってことか?」
だがサフィーは首を横に振った。
「いいえ。それはこの街では、というだけです。他の街へ行けば、発行されているところもあると思います」
もちろん数は少ないでしょうが、とサフィーは付け加えた。
「街によって神殿の方針にも違いがあるのか」
「ありますね。神殿の方針の違いもあれば、そこに影響力を持つ王や領主、軍なんかの意向の違いもあります」
政治か……。どこの世界も面倒くさいものだ。
*
アジトに戻ってくると、すっかり日が暮れていた。
「……ん、何してるんだアンタ」
食堂に入ると、何やらうずくまっている人間がいた。そういう姿勢を取るのは危険なくらいに短いヒラヒラスカートだがそんなことは気にする様子もない。
「ホワイトミントさん、だったか」
床を調べているらしい。俺の方をちらりと見るが、すぐに視線を床に戻した。
「……タケマサさんですか。お気遣いなく」
あまり話をしようという気はないようだった。
「あんた一人か? あの探偵はどうした?」
「リブラは睡眠中です。疲れたとのことです。私は……追加の捜査を」
「追加の、捜査?」
「……はい。気になったことがあったもので」
「熱心なんだな。助手ってのも大変だな」
「……」
「なああんた、あのリブラとかいう探偵の助手、なんだよな」
「ええ、らしいですね」
聞きとがめる。
「……「らしい」?」
「私がリブラの助手であるのは間違い無いのですが、その経緯はよくわかりません」
「どういうことだ」
「私は、数日前より以前の……記憶が無いのです」




