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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第四章 「だから私は殺ってません! ……二人しか!」
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第四章 4/8

「ちょっと待て! 軍へってどういうことだ」


「言っただろう。ティルミアくんが他の被害者にも手を下してる可能性が出てきたら、軍に突き出すと。チグサくんを殺していたわけだから、ティルミアくんが自白している連続殺人事件の犯行は、二件から三件に増えた。兵士を殺したのがどうして彼女でないと言えるのだね」


「そんなの決めつけじゃねえか。これまでの七人のうち二人は確かにティルミアだとしても、五人を殺した確証は何も無いしその状況は変わってない筈だぞ」


 犯人を挙げる時の探偵というのはこんな嗜虐的な目をするものなのか。

 探偵は目を吊り上げて笑った。


「いや、確証は得られたと言ってよい。チグサくんというただの善良な一般人でさえ、ティルミアくんは平気で殺すことが判明したのだから。彼女は悪人だけを殺す正義の味方などではないということだ。それがはっきりした以上、花屋の娘だって兵士だって、殺していてもおかしくない。疑いの目を向けないほうがおかしい。私は確信を得たよ」


「それはお前の確信でしかない。全然客観的じゃないぞ」


「そうだ。そして覚えておきたまえ、真に客観的な推理など存在しない。探偵の推理だって所詮主観にすぎん。だったらある程度確かだと思った段階で軍に突き出したほうが話が早い。タケマサくん、君は知らないから心配するのかもしれんが、この国の軍だって無条件に収監したり処罰したりするような組織じゃあない。ちゃんと調べるさ。それで潔白が明らかになれば解放される。ティルミアくんが無実なら何事もないさ」


「……」


 無実……。果たして二件は本当に殺っているティルミアを無実だなんて思ってもらえるものか。

 ……。

 いかん、違う。そこじゃない。また誘導されている。

 俺は頭を振る。この探偵のペースに乗せられるな。


「そもそも……チグサを殺したと決まったわけじゃない筈だ」


 俺は声のトーンを落とす。冷静になれ。


「お前が言っているのは、ティルミアに動機がありえたかもしれないということだけだ。動機なんてものは極論すれば誰にだってありえる。証拠にはならない」


 動機を証拠扱いするミステリなんて下の下だ。

 だが探偵はやはりそれくらいはわかっていたらしい。


「動機の面以外からも、私には既に、犯人がティルミアくんだという証拠がつかめているのだよ」


「じゃあ聞かせてくれ」


「結論から言うと、犯人は殺人鬼のライセンスを保持している人間しかありえない」


「それは最初に会った時に聞いたぞ。そしてそれは単なる予想だとそこの助手が否定してたじゃねえか」


 手口が多様だからって、殺人鬼が犯人とは限らない。複数犯かもしれない。


「違うのだよ。タケマサくん。確かにさっきまでは、「殺人鬼である可能性が高い」だった。しかし、今は「殺人鬼に間違いない」と言える」


「……なぜだ」



蛇黒針じゃこくしん、だよ」



 ……俺はその魔法名を知っている。ティルミアもルードも使っていたあのワイヤー魔法だ。ルードは確かに蛇黒針じゃこくしんと言っていた。


蛇黒針シガレット・クッキーのこと?」


 ティルミアが首をかしげる。


「たぶんその呼び方してんのお前だけだろ」


 ふっ、と探偵は満足そうに頷いた。


「タケマサくんも知っているようだね」


「見たことあるからな……それが?」


「あれは、殺人鬼ライセンス保持者のみが使える魔法なのです」


 そう言ったのは、ウサミミの助手だった。


「そういうことだ。殺人鬼のライセンスを保持している人間はティルミアくんだけ。よって彼女が犯人だ」


「ま……待て。そんな魔法が使われた証拠は」


 うむ、と探偵は助手を促した。


「タケマサくんたちがチグサくんの傷を回復させてしまう前に、ホワイトミントくんがその傷を調べた。報告してくれたまえ」


 回復させてしまう……とは随分だ。蘇生させるにあたり、肉体修復をかけたことを言っているのだろうが喉の傷はさすがに回復させないと蘇生にならない。


「私にわかった範囲を報告させていただきます」


 無口な助手は表情を変えることなく報告した。


「喉の傷は細い鋭利なもので貫かれたものですが、直径から考えて、これは殺人鬼が使う攻撃魔法、蛇黒針じゃこくしんと呼ばれるものでほぼ間違いないと思われます」


「直径……傷の直径か」


 だが別の凶器かも、と俺は言おうとしたが助手の早口が遮る。


「蛇黒針は熟練の使い手なら複数同時に出すことができると聞きます。チグサさんの喉には三本の貫いた傷が、平行に入っていました」


「いや……だが傷跡だけで魔法だと判断できるのか。普通の、なんかフェンシングで使うようなさ、そう言う細い剣って可能性もあるんじゃないのか」


 フェンシングが通じなかったかもしれない。あれを何と言うのか。サーベル?

 だがホワイトミントは首を振った。


「いいえ。剣などの武器とも考えづらいです。なぜならチグサさんを貫いた痕と全く同じ間隔で、二メートルほど離れた壁にも痕が残っていたからです。単なる武器での攻撃なら、そうはなりません」


 ……壁? 俺は壁を見る。ホワイトミントが指差した方向に、それは見つかった。ポツンと三点の穴。言われればすぐ見つかるが、言われなければ見つからない。……目ざとい助手だ。


「確かに、長いワイヤー状のもので刺し貫かれたのかもしれない。だが、だとしてもそれがあの魔法だとどうして言える?」


「タケマサくん。観念したまえ。そんな突飛な魔法が他にあるものかね」


 探偵は冷笑したが、ホワイトミントは頷いた。


「可能性だけで言えば、ゼロではありません。が、極めてゼロに近い。殺人鬼以外のライセンス保持者で人知れず開発したものならともかく、少なくとも一般に知られているものの中には他にありません」


「……人知れず開発は……」


「されていないとまでは言いませんが、そんなことができる人間は国中探しても数えるほどでしょう。これまでの事件との共通性を考えると殺人鬼の仕業でほぼ間違いないかと」


 俺は黙った。この国にどれだけ魔術師がいてそういう新しい魔法の開発がどれだけレアなことなのかわからない。ただ、ティルミアやミレナが何も言わないところを見ると、ホワイトミントの言っていることは的外れではないんだろう。


「それが使えるライセンスは本当に他にないのか」


「ありません。蛇黒針は殺人鬼ライセンスでのみ使用可能な魔法です」


 ……俺はティルミアを見る。ティルミアは頷いた。


「間違いないよ。殺人鬼にしか使えないのは確か。あの魔法は。それに、似たような攻撃手段が他に無いだろうってのもホワイトミントさんの言う通りだと思う。私も、あの傷跡を見たとき正直思ったもん。これは、殺人鬼の仕業かもって」


「……お前、自分が何言ってるかわかってんのか」


「うーん、やっぱり、殺したの私なのかなあ?」


「……」


 俺は頭を抱えたくなった。

 お前がそれを言ったら、違うと言える人間がどこにいるんだよ。


「決まりだな。ティルミアくん。では軍の人間を呼ぶぞ」


「お、おい! ちょっと待て。早計だろそれは!」


「早計?」


 探偵は片眉だけを上げて半目で俺を見る。


「この場所で第九、第十の被害者が出てからでは遅いと思わないのかね? 蘇生がいつもいつも成功するわけじゃないんだろ?」


「だ……だからティルミアが殺人犯だという確証は無い……」


「動機、手段、機会。全部揃っているじゃないか」


 ぐ……このまずい流れが……変えられない。

 推理で犯人を特定するというこの流れ。そもそもこの探偵に場を支配させるような流れに、乗っちゃいけなかったんだ。

 初めから、負け戦だからだ。

 だって、ティルミアは殺人鬼なんだから。

 普通に考えて、ミステリ小説の登場人物のプロフィール欄に「殺人鬼」って書いてあったら、どう考えてもそいつが犯人だ。

 ティルミアはそういう立場に初めから置かれている。二人殺しているのも自白している。

 最初から動機と手段が揃っていて、機会があれば殺害におよぶ存在。それが殺人鬼。


「確かにそうだが……」


 俺はそれでも何か言おうとして口を開く。

 しかし。

 縋るものが何もなかった。


「そうなんだが……」


 俺は沈黙する。



「タケマサくん……ありがとう。私、いいよ? 牢屋行っても」



「ティルミア」


「実際、私かもしれないんだし。犯人」


「おい、滅多なことを言うな」


「本当に覚えてないんだもん。お酒のせいで。覚えてない間に殺してたら、自分でもわかんないよ」


「だがお前の手に血なんかついてなかっただろ」


蛇黒針シガレット・クッキーなら手に血はつかないよ」


 ティルミアは、大丈夫だから、と笑った。


「じゃ、そういうことでいいな? タケマサくん。一旦彼女には、軍の牢に入っていてもらう」


 *


 探偵が助手を使いにやると、まるで待ち構えていたかのように時間をおかずに兵士が二人現れた。


「どちらでありますか! 巷を賑わす連続殺人事件の容疑者は!」


「この少女だよ」


「なんと! このようないたいけな少女が!?」


「彼女は殺人鬼なんだ」


「納得であります!!」


 ……軽率そうな兵士だ。


「では連れて行きます!!」


「気をつけたまえよ。ティルミアくんは高レベルの殺人鬼だ」


 そう言う探偵にティルミアは口をとがらせる。


「失礼だよっ! 私は理由が無ければ人を殺したりしないもん」


「理由があれば殺すだろう。現にここで人が死んでいるんでね。一応の忠告だ」


 兵士二人は敬礼してティルミアを連れていった。


 *


「さて、これで一番の容疑者はいなくなったわけだが……不満そうな顔をしているな、タケマサくん」


「不満というのとは違うが……。犯人を見誤っていると思うんでな」


「随分と、彼女を信頼しているんだね。あくまでもティルミアくんが犯人じゃないと言い張るわけだ」


 俺は言葉に詰まった。

 ティルミアが犯人じゃない、と俺は本当に言い切れるのだろうか?

 ……。

 実際のところ、あいつは、二人に関しては確実に、犯人なのだ。

 それに、そもそも……俺は知っている。あいつが以前、普通の人間の感覚で言えば悪人でもなんでもない、ただの普通のおばあさんを殺したことがあったことを。すぐに俺が蘇生させたからその一件に関しては噂にも何もなっていない。ただ……あれだけは、別だ。他の九人(ガルフ、盗賊五人、ルード、そして今回の連続殺人の四人目と六人目)については悪党……少なくとも、俺のいた世界だったら逮捕されていなければならない「犯罪者」になるような人間たちだ。だがあのお婆さんはただ話を聞かないだけの、孫思いのお婆さんのように見えた。

 それでもティルミアは殺した。ティルミアの基準を満たしたから。

 そしてついさっき、ティルミアは自分で言った。

 チグサも、その基準を満たす可能性があると。


 ……言い切れる、わけがない。



「……賢明だな、タケマサくんは。本当はわかっているのだろう? 彼女が庇護するに当たらない人間だということを」


「俺はあいつが殺人鬼だってことはよくわかっている。あいつは誰彼かまわず殺すわけじゃないが……かといって、誰も殺さないってわけじゃない。残念ながら、今のところはな」


「……ほう。君はいつか彼女を改心させるつもりなのか」


 探偵はまた軽蔑するような目で俺を見てそう言ったが、無視する。


「だから俺は、あいつが犯人なわけがない、という気はないよ。ただ……」


「ただ、なんだ」



「あいつだけが疑わしいってわけでもないだろ。あんたはその可能性を見落としているんじゃないのか」



 ざわ……と集まっている事務所の連中が息をもらしたのがわかった。


「……ほーう?」


 探偵が面白そうに目を見開いた。

 俺は、探偵にじゃない、事務所の連中に聞かせるように言う。構わない。俺自身は別にこの事務所の連中とつるみたいわけじゃないんだ。


「ティルミアが言ってただろ。殺人鬼じゃなくても人は殺せるんだ。確かにワイヤー魔法があるから殺人鬼の可能性が高いのかもしれないが、他にいないとどうして言える? いや、殺人鬼じゃなくても可能性あるんだろ? 誰がどんな魔法を開発してるかわからんし魔法じゃなくて武器って線だってありうる。魔法がアリな異世界なんて、何が飛び出してもおかしくない。その上、俺はまだこの事務所の連中をよく知らない。ティルミアだけが人を殺すような人間なのかどうか、俺にはわからん」


 言ってから、今この場に集まっている「事務所の連中」を見回した。


「……」


 意外にも。皆、驚きも怒りもしていないようだった。

 ただ、探偵だけが大げさに言う。


「おいおい! まさか君は……他に犯人がいるとでも? この事務所のメンバーの中に?」


 俺は、黙って皆を見渡した。

 そろそろ、はっきりさせても良いはずだ。

 ティルミアが、この事務所にいられるのかを。

 皆が、わかってるのか。そして、どう思っているのか。ティルミアが、殺人鬼だということを。

 そして理解しなくてはならない。この事務所の連中がどういう連中なのか。俺もティルミアもまだ、全然知らない。

 ……「壁を壊すいい機会」だ。

 後になって気づいたが、この時の俺はそう思っていた。


「君は酷い人間だな! この事務所の仲間に、殺人鬼以上に怪しい人間がいると言いたいのかね!」


 探偵の言葉に。


「そりゃいるじゃろ」


 言ったのは……全身毛むくじゃらの男だった。

 ……ん。

 ん?


 あれ、こんな怪しい人いたっけ。


 と思うほど、見た目からして全力で怪しい。

 毛むくじゃらというか、毛に覆われすぎて肌が全く見えないので、人なのかどうかすらわからない。

 いや確かに、最初の焼肉騒ぎの時に見た気がする。あと、たまに廊下の奥で見た気もする。ただ喋ってんの見たことないけど。


「えと……お名前聞いてもいいですか」


「ダメじゃ」


「……ダメなのかよ……」


 どうやら俺が壊してしまった壁はとんでもないものを封じ込めていたらしい。

 壁の向こうから現れた、妖しい怪しいと書いて妖怪としか呼びようのない全身毛むくじゃらの物体は、さらに衝撃的な言葉を発した。


「ワシはこの事務所のマネージャーじゃ」


 ぶっ。

 俺と探偵は同時に吹き出した。



「この事務所のタレントどもは確かに皆、アヤしい」



 大変な説得力だった。


「じゃがな……。タケマサよ。ここのタレントどもは、犯人ではない。この事務所の常識の砦と言われるワシが言うんじゃから間違いない」



 俺は今更ながら、恐ろしい事務所に入ってしまったことを悟った。

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