第四章 1/8
「これでもう7人目だぞ」
野次馬の誰かが言う。
死体のつけている鎧は、彼が兵士であることと、そしてそんな防具が彼を殺害した者に対しては何も意味がなかったことを示していた。彼の死体は石畳のでこぼこに腰を下ろして、途方に暮れているように見えた。
「呪殺魔法らしい。また手口が違う」
「魔道士か……それじゃ武器を持った兵士でもかなわんな」
「あの真新しい鎧を見ろ。新米だ。可哀想に」
「まあ、兵士で良かったな……。軍所属なら王室蘇生師に術を施してもらえる筈だ」
野次馬の話を聞きながら俺は背筋を冷や汗が伝うのを感じていた。そっと隣にいるティルミアを見る。ティルミアは不思議そうに俺を見返す。
……これで七人目だ。
連続殺人事件。今街で起きていることを表現するならそうなるのだろう。
一人目は、一週間前。ちょうど俺とティルミアがメイリのタレント事務所に世話になり始めた日の翌日だった。街の西の方の酒場で酔っ払いが殺されたらしい。明け方店を出た直後に何者かに胸を刺され、すぐそばの水路に死体が落ちているのが昼頃発見された。ほうぼうで恨まれていた男らしく、この時は大した話題にならなかったようだ。俺もティルミアもこの事件を知ったのは後になってからだ。
二人目は、その二日後。花売りの娘が路地裏で首を絞められて殺された。この時は俺が呼ばれた。蘇生師として依頼を受けたのは初めてだったが、駆けつけて蘇生を成功させることができたのは運が良かった(さらに幸運なことに記憶もほとんど失わせずに済んだ)。ただ、肝心の犯人は不明。背後から襲われたらしく顔を見てもおらず、また誰にも恨まれるような娘でもなかった。通り魔の犯行だろうという話になった。
三人目は、一人目と同じく街の西の方。殺されたのは働かずに女の稼ぎで食べているような男で、死んだのは二人目と同じ日の夕刻と思われるが発見は翌朝だった。この時は(直接見たわけではないが)死体が切り刻まれていたとかで、蘇生どころか遺体修復も不可能なほどだったらしい。相当恨みを持つ人間の犯行であることが窺われた。真っ先に同居の女が疑われたが、すぐにアリバイが明らかになり、下手人は結局不明。この時、一人目、二人目と合わせて連続殺人ではないかという話が出始める。
四人目は、三日前の朝だ。街の入り口付近でよその街からやってきた破落戸が殺された。胸を一突きで心臓をえぐられていた。この時も俺が呼ばれて蘇生を行った。残念ながら数日分の記憶が失われてしまい、誰に殺されたのかは不明。ただ、この男はすぐに手配書が回っているような賞金首であることが判明し、蘇生直後に賞金目当ての連中に連れていかれたために詳しいことは分からずじまいだった。この時も犯人を見た者がいない。
五人目は、街を巡回中の兵士だった。この時からハッキリと連続殺人事件として認識され始め、街の噂になった。年輩とはいえ訓練を受けている兵士が武器を奪われ持っていた槍で殺されたとあって、この時は事態を重く見た軍も動いた。一昨日の昼の事件だが、その頃から街で聞き込みや巡回をする兵士の姿を大量に見るようになり、まだ大々的に捜索中だ。ちなみにこの兵士は王室の蘇生師により蘇生されたとのことだ。
そんな警戒の中、六人目が殺されたのがつい昨日。今度は町外れの人通りの少ない地域で、人身売買をやっていた(と後でわかった)男が殺された。首を突かれていて、気道を破壊され呼吸ができなくなっての死。この男も相当恨みを買っていたらしく、そのせいかは分からないがしばらく放っておかれたらしい。数時間後に俺が呼ばれたが残念ながら俺の蘇生は完全には成功せず、十数年分の記憶が失われてしまい、犯行時刻どころか男がこの街に来るはるか前の記憶しかない状態になってしまい、犯人の手がかりはなし。
そして今、七人目。
「……おいティルミア」
俺が小声で言うと、ティルミアも耳を近づけてきた。
周りに聞こえないように、ティルミアの耳元に口を寄せる。
「……お前、ここんとこ数日、妙にこそこそしてたよな」
「え?」
「三日前の朝……お前が朝早く部屋を出ていくのを見たんだよ」
「え……え?」
ティルミアはわかりやすく挙動不審になる。
「昨日もだ。明け方、部屋に戻ってくる音が聞こえたんだよ」
事務所で俺たちに割り当てられた部屋は隣同士だ。
「そ……それは……」
「お前。部屋を出てどこ行ってたんだ? お前まさか……」
するとティルミアは見るからに怪しく首を振った。
「わ、わ、わ、私じゃないよ!?」
なんて隠し事が下手なやつだ。
「なんてことだ。お前が犯人とは」
「ち……違うよ! チグサさんだよ! 私見たもん!」
「……いやおい、人に罪をなすりつけるなんて、見損なったぞ」
しかもなんでチグサなんだ。うちの事務所きっての酔っ払いである。と言うかあの人、酔っ払ってるところしか見たことないぞ。
俺は、ため息をつく。
「まさかとは思ったがお前とは……。お前が殺人鬼なのは知ってたが……」
「そんな!? 殺人鬼だからなんて、偏見だよ!」
「これ以上の理由があるか。少しも偏ってないぞ」
「どうして!? 確かに人は殺すけど、だからって盗み食いもするだろうなんて偏見でしょ!」
盗み食い……? なに言ってる?
俺がキョトンとしていると、ティルミアはティルミアでポカンとした。
「え……。その、三日前と昨日の朝、こっそりタケマサくんのために取ってあったお菓子を食べちゃった……じゃない、誰かに食べられちゃった件じゃないの?」
「……いや、違う」
なんじゃそりゃ。
「え、違うの?」
「ああ、違う。ぶっちゃけ……俺の分の菓子が取ってあったなんて知らんかった」
ちょいちょいティルミアは事務所の連中と食堂でお茶したりしてるらしい。俺は参加しないが。
「そうか、お前食べたのか。食べたなら食べたでいいよ」
「本当!? タケマサくん! 優しい」
俺は首を振って視線で事件の人だかりの方を指す。
「話、戻していいか。俺が言ってるのは連続殺人の方だが……」
「ああそっち? そっちは四人目と六人目だけ。他は私じゃないよ」
「なんだそうか良かった。俺もまさかとは思ったが……」
…………え。
今、なんつった。
「ちょ、ちょっと待て。待て待て待て。四人目と六人目はお前なのかよ」
叫んでから慌てて口を押さえる俺。
「本当ごめんってば。今度、デザートあげるから」
「いや菓子の件はどうでもいいんだよ!」
……俺は咳払いをする。そして改めて小声で。
「お前、こ、殺したのか!?」
「え、うん。殺したけど。二人。街の入り口のあたりでいきなり刃物突き付けてきたチンピラさんと、裏通りを散歩してたらいきなり飛びかかってきて薬を嗅がそうとしてきた人」
「な……。お、お前、な、なんで……」
「え、だってさすがに迷惑じゃない? そんな人、生きてたら」
お……。
俺は、改めて自分が認識を間違っていたことに気づく。そうだった、こいつはこういうやつだった。
「おま……。ちょっ、ちょっとこっち来い」
路地裏に引っ張っていく。
「お前それ、どうして黙ってたんだ」
「え、だって別に言うほどのことじゃ……」
言うほどのことだよ。菓子なんぞよりよっぽど。
「連続殺人事件の犯人はお前ってことか」
「ううん。それは違う。私が殺したのは二人だけだし、たまたまだよ。他の五人は知らないよ」
「な……そ、そうなのか?」
「うん。確かに他の五人は連続殺人なのかもね」
そんなややこしいことがあるのか。たまたまティルミアが殺した二人が混ざっちまってるだけだと?
いや、そもそも他の五人は関係ないって本当なのか。二人殺した人間が七人殺してないと信じていいものか。
「お前が誰も殺してなけりゃ信じられるんだが……」
「その通りだよ、タケマサ君」
うわ。
突然後ろに誰かいた。
俺はギョッとする。ティルミアも気づかなかったらしく、目を見開いた。
「彼女を疑うのは当然だ。最も疑わしい」
「お、お前誰だ……!?」
「初めまして、私は名探偵リブラ」
変なベレー帽をかぶった紳士がいた。口ひげが整っている。
「た……探偵?」
「失礼だが話を聞いてしまった。君がティルミア君、だね。私は君が犯人だと目星をつけていたのだがどうやら当たったようだ」
「……」
ティルミアは、目をぱちぱちと瞬いた。
「目星って……私を?」
「そうだ。この一連の殺人の犯人は君に違いないと思っていた」
「どうしてですか?」
ティルミアを指さす探偵。
「殺人鬼だからだ」
わりと当然の理由だった。
「そんな……殺人鬼でなくても人くらい殺しますよ!」
「いやティルミア。人は普通、人を殺さないんだぞ」
「え」
なぜそんな驚いた顔をするんだ。
探偵を名乗る男は苦笑した。
「まあ、ティルミア君の言うことも一理ある。実際、被害者の一人は殺人鬼じゃないが賞金首の人殺しだ。だが、吾輩が犯人が殺人鬼だと考えた理由は単なる偏見ではない。……説明したまえ、ホワイトミントくん」
すると、今までそこにいることに気づかなかったが探偵の後ろから兎耳の女が現れた。
兎耳だ。ウサギ耳。略してウサミミだ。
いや冗談ではなく兎の耳がその派手なピンクの髪の上から生えている。作り物か本物の耳かは定かではない。
獣人……ということだろうか、時折街に、明らかに人間ではない風貌の者も歩いているので俺もだいぶ目が慣れてきたが、それでもこの耳はなかなか目を引く。
「初めまして、ホワイトミントです。探偵助手をしております」
「お……おう」
「彼女の観察力はたいしたものだよ」
まるでアイドルのようなフリフリのワンピースドレスというふざけた格好、そのホワイトミントというふざけた名前のわりに、女はとても真面目な口調で答えた。
「説明いたしましょう」
一礼。そして物凄い早口で喋り始めた。
「七人の殺害方法はバラバラですが、うち数人はそれなりの戦闘能力を有する者です。従い犯人は戦闘に秀でた者、戦闘系のライセンス持ちである可能性が高い。そして注目すべきはその手口の多様さ。ナイフに槍を使いこなし、道具がなくとも絞殺呪殺に心臓を抉り喉を貫く、と実に多彩。戦闘系の上級職はいくつかありますが、手口の多様さは殺人鬼ライセンス特有です。他の職では素手か武器いずれかに偏る可能性が高いですし、呪殺が可能な職は殺人鬼以外では魔道士系のみです」
俺は、少し黙ってしまった。
手口が様々なこと。実を言うとまさにそこが、俺もティルミアを少し疑った理由だったからだ。
「……さて、ティルミア君が犯人だと判明した訳だが……」
「いやあの! 私が殺したのは二人だけです! 他は違います!」
あまり言い訳になってない言い訳をするティルミア容疑者。
「ふむ……確かに兵士でもなく善良とも言い難い破落戸を二人殺したところで誰も責める者はない。君がそう言い逃れたい気持ちもわかる」
それが言い逃れになるのは殺人そのものは罪ではないこの世界ならではだ。悪人だろうが何だろうが殺人は殺人である俺のいた世界とは違う。
「いや、だから違うんですってば!」
「観念したまえ」
だがそこでホワイトミントが口を挟んだ。
「ティルミアさんが犯人だと言うのは早計かと思います。確かにこの街に殺人鬼ライセンスを取得した人間は他にいないとされています。しかし他所で取得した人間が最近紛れ込んだ可能性もありますし、殺人鬼ライセンス保持者ではない複数犯の可能性もあります」
「……ホワイトミント君は真面目だな」
面白くもなさそうな顔で冷たく言う助手に探偵は苦笑した。
「なるほど、確かにこの名探偵の推理も立証というにはまだ足りないな。……ティルミアくん、君を今すぐに軍に突き出すことはしないでおこう。安心したまえ」
「今すぐじゃなきゃ突き出すつもりなんですか?」
「兵士殺しは軍が黙ってないよ。今のところは証拠が無いが、もし他の被害者にも君が手を下している確証が得られたら軍に引き渡すよ」
「だから私は殺ってません! ……二人しか!」
無実を……いや部分的な潔白を訴える殺人鬼。
「タケマサ君もなんか言ってよ!」
何だろう。俺は本来ならこいつを庇う役どころなのだろうが、……二人、やっちまってるからなあ……。
「お前本当にやってないんだよな?」
「タケマサくん酷い!」
「なあ、探偵さんとやら。結局、限りなく怪しくとも黒じゃない訳だろ? なら、言いがかりだよな。とりあえず、俺らは帰るぞ。構わないな?」
意外にも探偵はあっさり頷いた。
「ああ。というより、吾輩達も君らの事務所に案内して貰おう」
「え? 事務所に?」
「メイリ君の事務所だよ。君らそこに帰るんだろう?」
「そうだが……なぜ」
そりゃもちろん、と探偵はニヤリと笑った。
「吾輩たちもスカウトされたからだ」




