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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第三章 「私は殺人鬼なの。殺人マシーンじゃないんだよ」
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第三章 4/8

「楽しい人たちでしょう?」


「そうですね! 世の中には色んな人がいるんだなって思いました」


「うふふ。人じゃない方も混じってますけど」


 二人の声が、少し遠くなってきた。

 山間に入り、足元の悪い道が続くというのに、前を行くミレナは跳ねるように歩く。しかも、速い。ティルミアは涼しい顔をしてついていくが、俺は……。


「ま……まって……くれ……」


 予想された結果だったが、息が、上がっていた。


「ど、どうしたのですか? タケマサさん。体調お悪いのですか?」


「あ……違うの、ミレナさん。タケマサくんね、もの凄く体力が無いの。生きてるのが不思議なくらいに」


 そこまでじゃない。


「おい。……」


 だが、ツッコミを思いつかないほど疲れている。


「……歩くだけでも、お辛いのですか」


 むしろその気遣いが辛い。

 これが歩いてるだけなら、俺だってまだなんとかなっただろう。


「これは歩いているとは言わん……。早歩き……しかも時々走らないと追いつかないやつだ……」


 しかも街を出て二、三時間はたつだろうか。その間ノンストップなのだ。

 俺の言葉に、ミレナとティルミアは顔を見合わせていた。屈辱だ……。屈辱だが、プライドなど命には代えられない。


「俺が悪かった……。今まで言えなかったが……。もう少しゆっくりと歩いてもらえると助かる……。あと休憩も挟んでくれ……」


「ね? おもしろいでしょ? まるでお姫様みたいなこと言うの」


「……」


 ミレナはしかし首を横に振った。


「そんな。気になさらないでください、タケマサさん。体力は個人差がありますから。こちらこそ申し訳ありません気づかなくて。それでは少し休憩いたしましょう」


 ミレナは微笑んだ。


「ああ……助かる。さすが中身は大人だな。どっかの中身が子供な殺人鬼とはえらい違いだ」


「むっ……。なんで? 私タケマサくんのこと結構守ってたじゃん! なんでミレナさんのほうが評価高いの!?」


「大人の評価は子供より高いのだよティルミアくん……ぜぇぜぇ」


 息を切らしていると何を言っても決まらんな。俺は膝をつく。近くにあった岩に座る。


「無理しないでください」


 ミレナは優しい。いたわるように言って自分も近くの岩に腰掛けた。ティルミアはぶつくさ言いながら俺の隣に腰掛けた。


「そういえば……。道中、平原を通ってきた時もこの山道に入ってからも、なんで魔物が現れないんだ?」


 前の時は結構襲われていた気がする。狼だのコウモリだの。それが今回の旅路は静かなものだ。


「ああ、それは、ミレナさんが魔法をかけてくれてるからだよ。……ですよね?」


 ティルミアの問いにミレナは頷いた。


「私、魔術師なんです」


「魔法って……。魔物に見つからないようにする魔法みたいなのがあるのか?」


 ミレナは頷いた。

 比較的人間を警戒している……言い換えれば「弱い魔物」にしか効かないが、そういう魔法があるのだとミレナは言った。


「是非俺にも教えてくれ」


「タケマサくん蘇生師だから無理だよ」


「言ってみただけだ……。ティルミア、お前はそういうの使えないのか」


 ティルミアは胸を張った。


「殺人鬼には、そんなの必要ないんだよ。魔法を使わなくても野生動物に気づかれないくらいに気配を殺すくらいは基本だから」


「こないだはさんざん襲われたじゃねえか」


 そう言うとティルミアは意味ありげに俺を指さした。


「俺の気配で襲われたってことか。……って、そりゃしょうが無いだろ。俺は一般人なんだ」


「魔法じゃないんだからライセンスなんていらないよ。今度タケマサくんにも教えてあげる。気配の殺し方」


 そんな気軽にマスター出来るとは思えないが……。


「蘇生師のライセンスって、本当に蘇生だけに特化しているのですね」


「まあな。不便なもんだ。……そう言うあんたは、何のライセンスを?」


 俺の言葉に、しかしミレナは手を口に当てて微笑むだけだった。答えたくないのだろうか。


「あのメイリって人は俺達を特殊な技能を持ったタレントだとか言ってたが、あんたらもそうなのか? 失礼だが、今のところタレントったってお笑い芸人の集団にしか見えないが……」


「うん失礼だよタケマサくん」


 うふふ、とミレナは鈴を鳴らすように笑った。


「特殊な技能……はあるのかもしれませんが、それがあそこにいる理由ではないかもしれません」


 ミレナは、風の行方を追うように目線を空へ泳がせた。


「私たちはどうしてあそこにいるのでしょうね。人によっては、ただ居心地が良い、というだけの理由かもしれません」


「確かに楽しそうではあったな。……家族みたいなつきあいか」


「家族みたい、ですか?」


 ミレナは、少し目を丸くしていた。


「違ったか」


「わかりません」


 わずかに首をかしげる。


「エルフの基本的な文化には家族という単位が無いのです。結婚という概念もなく……それどころか」


 一度言葉を切った。躊躇うような間があった。


「……恋愛という概念が無いのです。言葉として知った今でも、私には異性を愛するというのがどういうことなのか、わからないでいます。性欲とどう違うものなのか」


 ……俺は極力茶化すような調子にならないように注意しながら言う。


「人間だってみんな、実のところ愛が何なのかなんてはっきりとはわからないと思うぞ。人によっては、性欲と同じものかもしれない。はっきりとそう言う人間もいるしな」


「タケマサさんはどう思われますか?」


「俺か。愛ってなあ曖昧な言葉だから俺はあまり使わないが、性欲に起因するものだけをそう呼んでいる訳じゃないと思うぜ。好奇心だったり、尊敬とかな、そういう感情が中心の場合もある」


「なるほど……。尊敬ですか。その概念はわかります」


 心なしかミレナは嬉しそうな顔をした。


 *


 そこからの道中も案外長かったので二回ほど休憩を挟んだが、幸いに日が落ちるまでに辿り着いた。


 洞窟。


 メイリはそう言っていたが、確かに洞窟だなと思った。トンネルと言うほどには綺麗にくり抜かれているわけではなく、窪みと言うには奥が深く、穴というには経が大きい。


「岩……だよな。岩にこんなに大きな穴が開いてるなんて、何の仕業なんだ。人間か? それとも動物か?」


「うーん、わかんない。人が入れる高さよりももっと大きく開いてることを考えると、少なくとも人じゃないんじゃないかなぁ」


 人じゃない……。そう言えば、俺たちは魔物退治に来たんだった。


「ここにいるって魔物は……どんな魔物なんだ?」


 今更な質問だが。


「聞いた話では岩鬼(ロック・オーガ)……と言いまして、体表が岩に覆われている人型の魔物です。鉱物ではなく一応哺乳類ですね。ああ、あんな感じのやつです」


「……」


「ん……なんかいるな」


「……いるね」


 一瞬の間の後、ミレナが、頷いた。


「ていうか、あれですね。岩鬼」


 ミレナが指差した方向に、それはいた。大人の背丈くらいありそうな、岩。バランスを取って積み上げられた岩の塊に見えるのだが、よく見るとかすかに動いている。いくつかの岩の塊がくっついたもののように見えた。

 マジか。


「洞窟の中にいるんじゃなかったのか。あいつ思いっきり外に出てるじゃないか」


「洞窟を守ろうとする魔物なのですが、まさか外で守っているとは」


「まあ確かに入り口で張るのは守備位置としては正しいのかもしれんが」


「言ってる場合じゃないと思う……。二人共、ちょっと離れてて。倒しちゃうから」


 ティルミアが頼もしすぎる。


「頼むぞ。同じ鬼でも殺人鬼のほうが上だということを見せてやれ」


「「同じ鬼」扱いされるとテンション下がるんだけど……」


「鬼仲間だが、情け容赦は無用だぞ」


「……」


「心を鬼にするんだ。あ、元から鬼だった」


「……」


 ティルミアが冷たい目でこっちを見ている。


「悪かった。調子に乗った」


「あのさ……タケマサくんは殺人鬼を何だと思ってるの?」


「人を殺す鬼」


 読んで字のごとく。


「鬼じゃないよ、鬼のように強かろうと人間なんだよ」


「人間扱いしてほしいなら人間を殺すなってんだよ」


 グゥウゥ

 

 呻くような声が聞こえ、次に、どん、ガシャ、という重いものが倒れる音がした。

 慌てて振り向いた俺の目に止まったのは、地面に倒れた岩鬼の姿だった。


「この程度ならティルミアさんの手を煩わせるまでもありません。私風系の魔法は得意なので。単体で出てきた時はお任せいただいても大丈夫ですよ」


 印を組んだ姿勢のまま微笑むミレナ。


「た、倒したのか……」


「はい、倒しました」


 俺とティルミアが……バカな話をしている間に戦闘が終わってしまった。


「今の、あんたが?」


「はい。私が風刃魔法で仕留めました。土系の魔物で良かったです」


「すごーい! 私風系の魔法って見たことなかったけど、こんなに静かなんですね。一体何があったのか全然わかりませんでした」


「効果範囲を絞りましたから。これでも魔術師歴は長いんです。エルフで魔術ライセンスは珍しいって良く言われるのですが、私あまり運動神経が良くないもので……」


 なにげにグサッと来る。そうなるとそれについていけない俺の運動神経はどうなるんだ。


「しかしあれだな、ティルミアの魔法は特にそうなんだが、この世界の魔法って、なんか魔法らしい魔法じゃないな」


「そうですか?」


「あ、ひどーい。私の使うのは特にってどういうこと?」


「お前の使う魔法はなんかこう、「超能力」とか「異能」みたいな言葉の方があってる感じなんだよ。俺の個人的な感覚だが、あの指からワイヤーみたいなのを出したり、地面から杭が出てきたり、なんかこう、ファンタジーっぽい感じがしない。ファンタジーな魔法といえばもっと光ったりするだろ。ブワァァ! ゴォォオオ! ピカー! みたいな」


 我ながら語彙力が無茶苦茶乏しい人みたいになってしまったが。


「わかった、次から効果音つける」


「いやそういう問題じゃなくてな」


 つけられるのかよ。


 *


「この洞窟の奥に、あると思うのですが」


「何を探してるんだったか……」


「植物です。青い花を咲かせる野草で。見ればわかります」


「野草が……洞窟の奥にあるのか? 日もささなそうなのに」


「そういう草なのです。わずかな光も差さない中でどうして育つのかは不思議なのですが、ただ岩鬼が出る洞窟には高確率で生えていると言われます」


「へえ、岩鬼はその草を守ってるのかな」


「必ずあるというわけではないみたいですが」


 さて、とミレナは指を立てた。


「お二人はここで待っていて下さい。私一人で行って来ます」


「え? 危険だよ」


「大丈夫。岩鬼が守る洞窟には、普通、他の魔物なんて入り込めません。岩鬼さえ倒してしまえば、後は安全です」


 そう言うと、ミレナはさっさと洞窟に入っていってしまった。

 俺たちは取り残される。


「しかし、ああ見えて強いんだなあ、ミレナさん」


 メイリの言っていた通り、俺らの出番は無かった。


「……」


 ティルミアは、黙って洞窟の奧を見ている。


「ダメ。何かいる」


「え?」


「奥の方。ミレナさんの他に、気配がある。追っかけなくちゃ」


 今度は止めるまもなくティルミアが入っていってしまった。

 仕方ないので俺も入っていく。

 洞窟の中を歩く、というのは小学校か中学校かの遠足かなにかで行ったきりだと思った。

 しかし、ああいう観光地の洞窟であれば足元を照らす灯りが整備されていたりするものだが、当然ながら天然の洞窟にそんなものはない。


「おーい」


 俺が心細い声を出すと、案外すぐ先に二人がいた。


「タケマサさんまで……。大丈夫ですよ? ついてきてくださらなくても」


「一応、念のため、です。もし何もいなかったら取り越し苦労だった、で良いじゃないですか」


 ティルミアはそう言って引き返しそうにないので、ミレナは諦めて納得した様子だった。


「マジで行くのか、この先に。足元全く見えんぞ」


「タケマサくんは待っててもいいよ」


「馬鹿野郎。俺一人で外にいて魔物に襲われたらどうする。ひとたまりもないぞ」


「……それを胸張って言えるタケマサくんて凄いと思う」


「あ、ごめんなさい。灯りつけますね」


 ミレナが一言二言の呪文で指先から空中を漂う灯りを作り出した。そういう魔法があるのだろうか。


「すまんな……。俺は蘇生師なんで蘇生以外何もできないんだ」


 きっとこれも、冒険者としては基本的な魔法なのだろうが、俺には逆立ちしても使えない。


「……ごめんね」


 後ろでティルミアが呟いた。


「あれ、ティルミア、お前もか?」


「わ、悪かったなぁ……。私は暗視魔法が使えるから足元は大丈夫だけど……。ライティングはできないの。ごめんね、殺人鬼で。殺人以外何もできなくて」


 なるほど、殺人鬼にとっちゃ相手から自分が見えない方が都合がいい、のかもしれない。


「なんか殺人鬼のスキルって、基本的におひとりさま向けなんだな」


 ティルミアがものすごくショックを受けた顔をしている。


「いやまあ、何もできない俺にゃ偉そうなことは言えんがな。ただ、となると俺たち二人で冒険するというのはわりと無理があったってことか」


「ラ……ライトだけだったら魔法具店で買えばいいもん! ライセンス関係なく使えるもん!」


「まあまあ。良いじゃないですか。ライティングのできる冒険者はたくさんいますが、殺人鬼と蘇生師は滅多にいないんですから。「タレント」としてはそちらの方が貴重ですよ」


 ミレナは俺たちの足元を照らしてくれながらすいすい歩いて行く。洞窟の中は案外足元も悪い。湿ってもいる。そして何より、本当に暗い。


「暗闇って……無茶苦茶人を不安にさせるもんだな……」


 俺は呟いた。ティルミアもミレナも全く不安そうな素振りを見せないので俺がおかしいのだろうか。


「あはは、タケマサくん怖がり」


「本能だろ」


 あの岩鬼とかいう魔物がこの洞窟を守っていたというのは本当らしく、洞窟の中には誰も、何もいない。虫やネズミくらいいても良さそうだが、物音がほとんど聞こえない。


「タケマサさんは私より前に出ないでくださいね。ティルミアさんは後ろをお願いします。一応空間探索魔法を使って調べた感じでは、洞窟自体はそう深くないみたいです。あと五十メートルくらい進めば行き止まりです」


 ミレナも頼もしすぎる。


「そんなことまでできるのか……」


「そんなに難しい魔法ではないですよ。大気の動きを通して空間の広さや生き物の存在を感じ取ったりする魔法で、使えるライセンスも多いです。パーティのサポート役ですね」


 サポート役という割にさっきの魔法は岩鬼を倒したくらいだから結構な威力だった気がするが。案外この人もかなりレベルの高い人なのかもしれない。

 ミレナが立ち止まった。


「気をつけて……。最深部に一体、何かいます」


「ま……魔物か!?」


 ミレナはゆっくりと頷いた。


「おそらく。もう二十メートルほど進むと右に道が折れていて、そこが袋小路になっています。そのあたりにわずかですが呼吸が……こちらの様子を窺っていますね。気づくのが遅れました」


「お……大きさは? どんな魔物なんだ」


「さっきの岩鬼……より大きいです。4足歩行動物のようですが、立ち上がっています」


 さっきの岩鬼より大きいってそりゃマズイだろ。あれ二メートル越えてたぞ。


「でかいじゃないか」


「はい」


 ミレナの声に緊張が滲んでいる。ということは、ヤバイということだ。俺は決断力に満ちた声で言った。


「よし逃げよう」


「……そのほうがいいかもしれません。かすかに聞こえる喉を鳴らす音、上半身の膨れ上がった筋肉、体表が毛に覆われていること等から考えると、闇狼(ダークウルフ)系ですね」


「だーくうるふ。なんか中二っぽい名前の魔物だな」


「でも強いです。洞窟の奥に住むことの多い魔物で、小型のものでも普通の狼の十頭分に匹敵するとも言われる魔物です」


 ……え、何その色違いでめちゃくちゃ強いみたいな魔物。


「しかもここにいるのは……大きさからして巨闇狼(ジャイアント・ダークウルフ)です。だとすると三人で相手をするのは危険です」


「いや待て。三人って俺も入ってるのか」


 無茶言うな。小型で十頭分なら、三メートル近くある巨大なやつは何十頭分なんだ。普通の狼一体にすらおそらく勝てない俺は小数点以下2桁目くらいのところにカウントしといてもらわないと困る。


「外に出ましょう。私達だけでは無理です。幸い、向こうはまだこちらの様子をうかがっているだけなので……いいですか、背を向けずに、ゆっくりと後退してください。急に走ったり、大声を出したりすると追いかけてくるので」


「お、おう……。わかった」


 じりじりと下がる俺たち。


「たっ!」


 足が何かに引っかかった。それを神経の高ぶっている俺は敵か何かにぶつかったのだと勘違いした。いや意識の上では冷静なつもりだったのだが、自分でも驚くような声を出していた。


「う、うおわわっ!!!!!」


「ダメですよタケマサさんっ!」


「来るよあいつ」


 ミレナとティルミアの言葉に俺が反応した時には、二人は既に臨戦体勢だった。……ミレナが灯りをやつに向ける。そこに照らし出された姿を見て俺は息を呑む。

 熊だ。そう思った。

 昔、動物園でホッキョクグマを見た時のことを思い出した。あの大きさだ。いや、もっとあるか。立ち上がっている。その身体を覆う毛は黒。毛は長く、しかも洞窟の湿気で濡れているのか、ぬらりと光っている。ミレナの光を反射して光る目がこちらを見ていた。


「タケマサさんは逃げてください!」


「え、え」


「私達だけなら応戦しながら逃げられます!」


 ミレナが悲鳴のような声をあげた。俺は慌てて下がろうとして、足を取られ、転んだ。くそっ。俺は尻もちをつく。



「あ、大丈夫。私が片付けちゃうから」



「え?」


 どこかのんきなその台詞が聞こえて頭を上げた俺が見たものは、……ティルミアの拳が巨大な狼の顎を砕くところだった。

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