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結構可愛いんだけど殺人鬼なのが玉にキズ  作者: 牛髑髏タウン
第三章 「私は殺人鬼なの。殺人マシーンじゃないんだよ」
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第三章 2/8

「どういうことだ。タレント事務所って……。あのタレント事務所か」


「あの、がどれをさしているかわからんが、おそらくそうだ。君のいた世界に関する私の知識が正しければな」


 私は蘇生だけじゃなく日本にも詳しいんだ、とメイリは得意げな顔をした。


「どこまで日本を知ってるんだ。……あんたはこっちの世界の人間じゃないのか?」


「おっと私の素性は詮索し始めると長いぞ」


「いや……まああんたの素性はどうでもいいが」


 話を戻す。


「どういう意味なんだ、タレント事務所ってのは。説明して貰えるか」


 もちろんするさ、とメイリは頷いた。


「タレント、というのは才能という意味だな? つまり君らのような……ちょっと普通には仕事を見つけにくい、特殊な、しかし類まれなる才能の持ち主のことだ。そういう人間を見つけ出して、その才能を必要とするような仕事をして貰う。それがタレント事務所ということだろう」


 私の理解は正しいか? とメイリは俺を見た。


「なるほど……。間違ってるわけじゃないが、かなり広い定義だな、それ」


「ほう?」


「俺のいた日本でタレント事務所と言えば、芸能事務所の意味だ。芸能……つまり歌や踊り、話芸、演技、曲芸、スタント……。いや確かに、芸の定義は幅広いけどな。……ただ危険な目に合ってみせる、てだけの芸もあるからな」


「つまり誰にでも出来ることじゃない技能全般ということだろう」


「まあそう言われりゃそうなのかもしれんが」


「なら私の理解とも一致している。そういう技能を持った人間をその才能を讃えてタレント、と言うのだろう? なら君らは立派なタレントだ」


「……。つまり、タレントと言っても、アイドルとか役者になれというわけじゃないんだな」


 ははは、とメイリは笑った。


「面白いかもしれんな。殺人鬼系アイドル」


 そう言ってティルミアを見る。

 当のティルミアはポカンとしていた。出てくる言葉の意味がわからなかったらしい。


「アイドルって?」


「私の理解が正しければ、皆を笑顔にするために頑張る仕事だよ」


 いやざっくり過ぎだろその説明。


「あ、私それ、なりたいです! 私、殺人で皆を笑顔にしたいんです!」


「よし、契約成立だな」


「はい! よろしくお願いします!」


「……い……いやいや待て待て。落ち着けティルミア。アイドルと殺人鬼じゃクジラとTシャツくらい違う」


「何その例え。ジャンルが違うじゃん」


「つまりそういうことだ」


「酷い!」


「そう違わんよ。クジラもTシャツもどっちもシオを吹く」


「今うまいこと言うのはやめてくれ」


 メイリを睨む。


「アイドルと殺人鬼だって似たようなものだ。どっちもハートを射止める仕事だからな」


「頼むからうまいこと言うのはやめてくれ」


「ありがとうございます! メイリさん。私、元気出ました!」


 俺はとりあえずティルミアの頭をはたいた。

 メイリが取りなすように言った。


「まあまあ。そう構えることはない。気に入らない仕事なら断ってくれていい。仕事があってもなくても、毎月決まった額の報酬を出すことも保証しよう。だから君も蘇生芸人として頑張ってほしい」


「蘇生は芸じゃねえよ!」


 俺はツッコみつつ、確かに今収入が無いことを考えると悪くないという気がした。固定収入。それはとてもありがたい。

 ん。待てよ。それってつまり。

 ……まさか俺、異世界に来て就職が決まろうとしているのか?

 危うくコロッといきそうになり頭を振る。

 さて、とメイリは酒場の出口へと歩き始めた。俺たちを振り返り、ついて来い、と言う。


「お、おい待て。俺たちはまだあんたの仕事を受けるとは言ってないぞ」


「言ってなかったのか。なら、早く言え。時間が勿体ない」


「強引だぞ。仕事の中身の説明がまだだ」


「なら、なおさらついて来い。ついでに仲間も紹介したほうが話が早いし手間も省ける」


「……仲間って、なんだ?」


「目的を共有し、一緒に物事に取り組む人間同士をそう言うんだ。君のいた日本にもあった言葉だろう?」


「い……いやいやそういう辞書的な意味を聞いてるわけじゃない。何に取り組むんだ。目的って何だ」


 この人、いちいち説明が「そもそも」過ぎる。


「だからそれをこれから説明しようと言うんじゃないか。君もせっかちだな。せっかちな男を恋人にすると疲れるぞティルミアくん」


「さっきから、せっかちなのは明らかにあんたの方だろうが」


「こ、こいび……!? ち、違います! 私たちそんなんじゃないです」


 一瞬遅れてティルミアが慌てた。


「なんだ、君はタケマサくんラブなんじゃないのか」


「ラ……ラ!?」


 ティルミアが慌てて首を振る。


「……」


 俺は考えていた。果たしてついて行って良いものか? と。

 知られ過ぎている。

 俺達の職も、俺が異世界から来たのも。来てから何があったかも。このメイリという女の情報収集能力が凄まじいのか、単にそういう噂が広まってるだけか……?

 タレント事務所というのもとってつけた感もあってどうもうさんくさい。

 ただ、このメイリという女……嘘を言っている感じもしない。信用出来る気はした。


「タ……タケマサくん」


「ん? なんだ。ああ、すまん」


 俺は慌てて歩き始めていた二人に追いつく。


「い……今の、聞いてた?」


「ん。今の? ああ、ラブがどうしたとかいうくだりか?」


「聞いてたの!? な……なんでもないから! 言葉のアヤだから!」


「何言ってんだ今更」


 いや……待てよ。そういえば、こいつ。


「そうか。お前、あの時の記憶は全部無いんだったな」


「え。あの時?」


「お前が死んでた時だ。ルー……ゴリラに襲われて」


「え。……何かあったの?」


「いや、大したことはない。忘れろ。忘れろというか、思い出すな」


 もっとも、どうやっても思い出すことなどできないわけだが。


 ……大変なことがあったんだぞ、それはそれは、と俺は内心で毒づいた。


 もっとも。この時メイリについて行ったばかりに、俺達はこの間とは別な意味で大変な目にあうことになる。


 *


 悪のアジト。


 それが第一印象だった。


 街を覆う城壁の内側なのになぜか鬱蒼と茂った森。そこに隠れるように佇む灰色の箱を積み上げたような建物。入ると中は薄暗く、倉庫のようだった。

 風通しが悪いのか、煤けたような匂いがこもっている。

 だが、不思議に良い匂いでもあった。

 具体的に言うと、焼肉の匂いだった。


「……」


 ていうか、焼肉だな、これ。


「何してるんだ、君ら」


 メイリが呆れたような声を出した。……ということは、これは彼女にも予想外だったということである。


「あっ。やばい、ボス帰ってきた」


「えー。何でーっ!? 早いじゃん」


「今日は一日酒場にいるんじゃなかったのかよ」


 騒がしい。雰囲気をぶちこわすように、騒がしい。

 煙の立ちこめる倉庫の中、がたがたと奥のほうで人影があわただしく動いているのがわかる。

 何かをひっくり返すような音も聞こえる。慌てて片付けているような。


「前にも言ったが、せめて換気しながらやれ。締め切ってこんなに煙たいてたら、死ぬぞ君ら」


 メイリの呆れ方からすると、ここでは前にもあったことなのか。


「あらボス。もう帰ってらしたんですか?」


 煙の中から一人ゆっくりと歩いてきたのは、背の高い緑色の髪をした女性だった。


「待っていた客人が案外早く現れたんでな。……で、なんで君らは真っ昼間から肉を焼いてるんだ」


「それはですね……。ボスが昼から酒を飲むなら私たちも昼から飲もうと言い出したのです。ドムが」


「あー、ずるいでやすよミレナちゃん。つまみが欲しいって言い出したのはミレナちゃんじゃないすか」


 今度は追いかけるように走ってきた少年……いや顔立ちからすると、背が小さいだけで少年ではないのか……が言った。


「私はお肉まで焼こうなんて言ってませんよ。お肉はチグサのリクエストです」


「わたしぃ!? そうでぇす! わたしでぇす! おまわりさん、わらひがやりました!」


 口調だけで酷く酔っぱらっているらしいとわかる危険な声が奥のほうから聞こえた。


「あー……。わかったわかった。別に君らが肉を食おうが酒を飲もうが文句は言わん。ただチグサに酒のませたやつは後で説教な。……さて」


 メイリは俺たちのほうを向いて言った。


「やり直してもいいか」


「……何をだ」


 ふっ、とメイリは笑った。


「秘密めいた謎の組織的な雰囲気を醸し出す予定だったんだが、失敗した気がしてな」


「ああ、それならもう遅いぞ。俺の中ではあんたらはゆかいな焼肉集団としてインプットされた」


 何もない空中に目をやるメイリ。かっこつけてる場合か。だいたいさっきあんた、自分でタレント事務所とか言い出してたじゃないか。


「まあ……とりあえず、醸し出されてるのは香ばしい焼肉の匂いだからな。換気したほうがいいな」


「うむ。同意だ」


 それから俺たちも手伝って窓を開けたり食器を片づけたりした。


 *


「さて、ここにいる面々で全てというわけではないが……多少、紹介をしておこうと思う」


「おう……頼む」


 俺の見た感じ……明らかに人間ではないのが何人かいる。人間の亜種……という言い方は何か失礼な気がするが、「亜人」というやつだろうか。

 ティルミアからも以前軽く聞いていた。この世界には人間と同じように言葉を話し知能を持つ、人間以外の人間によく似た生き物がいると。エルフ、ホビット、ドワーフ、獣人、巨人、鳥人、竜人など様々なのがいる。……まあ言葉だけ聞いてもどんなものなのかよくわからなかったが、今日ここに集っているうちの何人かはその類ではないかと思われた。


「みんな、この二人が勇者タケマサと美少女ティルミアだ」


「……おい」


「おいおい、困るぞ、そんな弱々しいツッコミでは」


「俺に何を期待しているんだ」


「もちろんこの一団に決定的に欠けている……ツッコミ役だ」


「ってなんでやねん!」


 今のは断っておくが俺ではない。今までテーブルに突っ伏していた女性が一人、突然ばっと顔をあげて左手の裏で空中にツッコミを入れたのだった。


「おお。起きたか、チグサ。ではまず彼女から紹介しよう。彼女はチグサ。見ての通りの綺麗どころだが、彼女には惚れるなよ。彼女には既に酒という永遠の恋人がいる」


「酒好きなのか。大丈夫、どう頑張っても惚れない」


「えへへ……わたしとおさけは切っても切れない相思相愛の仲なの……。飲みつ飲まれつの間柄なの……」


 飲まれちゃだめだろ。


「酒は飲んでも飲まれるな、じゃないのか」


「飲んだ分だけ飲まれてこそのお酒でしょ? でないと不公平じゃない。愛は与えられた分だけ与えるのよ」


「うん、わかった……とりあえず、寝ててくれ」


 参ったな。

 俺は思った。


 ここは……やっぱりお笑い事務所じゃないか、と。

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