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死にたがり令嬢の幸せ  作者: 春風もも
王宮にて
28/29

次は僕が君を見つけるよ

森はとうに焼け落ち、ただ黒い大地が広がっているだけと言うのに。

その中心の泉だけが、静かに残っている。

 

月明かりに照らされて、静かに揺らめく水面。

そこに足を踏み入れた瞬間、胸の奥が満たされたような感覚に陥る。


水を掬おうとしても、触れることはできず、冷たさも、何も感じない。


しばらくして、空気が変わったのが分かった。

風が頬を撫で、心臓がぎゅっと掴まれる。

背後から懐かしい気配がする。


振り向けば、そこに立っていた。


艶やかな黒髪は風に揺れ、その間からのぞく金色の瞳は、夜空に散る星を閉じ込めたように輝いている。

強さと優しさを兼ね備えた、整った甘い容姿。


ただ美しいだけではなかった。

今にも月光に溶けて消えてしまいそうに儚い。

だからこそ、目を逸らすことなどできなかった。


「……やっと、来てくれたのですね。セオ。」


セオの表情が歪む。驚き、迷い、そして——悲しみ。

何も言わない彼に、私は続けた。


「幽霊って、本当に何も触れないのですね……。」


彼は一歩、二歩と私に近づき、震える低い声を絞り出す。


「……どうして……どうして、こんなことをしたんだ。」


責めるようで、泣き出しそうでもあった。

彼の金色の瞳が、月明かりを受けて揺れる。


私は静かに首を振った。


「……あなたを、一人にしておけなかったから。」


その瞬間、セオの肩が大きく震えた。

彼は必死に感情を抑え込むように目を閉じ、拳を握る。


「僕は君の幸せを望んでた。君が生きて笑ってくれればそれでよかった。」


私はゆっくりと近づき、透き通る手を彼の胸に当てる。

触れられていない。そのはずなのにセオを感じる。


「私の幸せは……あなたの隣にいること。それだけなのです。」


その言葉を聞いた瞬間、セオの瞳が大きく見開かれた。

彼の整った顔がさらに、苦しげに歪む。


「……ああ、もう……リュシアは、本当に馬鹿だ……!」


「大体……死後に再会できる確証なんてない!

僕のことが見えないままだったかもしれない!

それに…苦しかっただろう、熱かっただろう!」


怒鳴るような声。

いつも呑気な彼が取り乱している姿に、私はつい、笑ってしまった。


「私って、本当に運がいいです。」


「それに、苦しくありませんでした。……苦しむ前に死ぬことができました。

貴方が私の首を刺してくれたのでしょう?」


触れ合うことは出来ない。

それでも満たされる。


「嬉しかった……望むことなら、あなたの手で殺されたかったから。」


ゆっくりと顔を上げ、彼を見つめる。


セオは私を愛してくれている。そして私も——


「セオを、愛しています。」

囁くように、けれど確かな声で彼に告げた。


セオは信じられない、というように目を丸くし、言葉を失っていた。

夜空の下、凍りついたように動かない彼の表情は、驚きと戸惑いに満ちていて、そしてその姿がどうしようもなく愛おしくて。


その瞬間、セオの頬を一筋の涙が伝った。


「幽霊でも、涙を流せるのですね。」


私が笑うと、金色の瞳が柔らかく揺らぎ、眉を顰めたまま呆れたように、そしてほんの少し、照れくさそうに笑った。


冷たい風がやさしく吹き抜け、まるで天も彼らの選んだ道を祝福しているかのように、優しい光が広がった。

2人を包むその光は、やがて星々と溶け合い、ゆるやかに天へと昇っていく。


彼は私に囁いた。


「次は——僕が君を見つけるよ。」


私たちは光となり、消えるまで、愛に満ちた笑みで、見つめあった。



——…



家族がいた記憶はない。

気付けば剣を握らされ、戦争の道具として教育を受けていた。


やがて戦場で名を馳せるようになっても、隣にいた仲間は次々と死んでしまった。


次第に誰が死のうが何も感じなくなり、ただ孤独だけが積み重なっていた。


婚約者もいたと思うけれど、互いに向き合った記憶がない。

国から授けられた婚約者だったので、

「他の男のもとへ通っているらしい」と耳にしても、心は動かなかった。

興味もないし、どうでもいい。


次第に何のために戦っているかわからなくなってーー


それでも剣を振り続け、ただ人を殺し続けていたら、いつの間にか国は敗れていた。

そして僕は捕らえられ、処刑を待つ身となった。


「ああ、僕の人生ってなんだったのかなあ」


冷たい牢に声が響く。


大義も、愛も、知らないままだ。

人を愛したことがないから、誰からも愛されることはなかった。

希望も願いもない。

悲しいも、嬉しいも、とうの昔に忘れてしまった。


やがて、熱が肌をジリジリと焼いた。

木がはぜる音が耳に届く。


熱いな、なんてぼんやりと思いながら、静かに目を閉じた。


愛が何かわかっていたら、叶えたい願いがあれば、望む幸せがあれば……僕の人生は、少し変わっていたのだろうか。



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― 新着の感想 ―
出会えた。そのことは喜ばしい。愛の形だって人それぞれ。 でも切ない。
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