断罪
リュシアが死んで皆優しくしてくれる。
「お辛いでしょう、聖女様の妹君……」と涙を向けてくれる。
抱きしめられ、慰められ、私はますます「天使」のように扱われた。
王子様の手によって魔女裁判の不明瞭さを突かれ、のちにリュシアは魔女ではなく悲劇の聖女として語られることになったのは不快だけれど。
そして、王はその地位を追われ、実質王子様が王へと即位した。
まあ、あの王は魔女裁判の件だけではなく、あのドルンベルク侯爵の支援を金で買っていたり、他にも色々やっていたみたいだから、そのつけが回ったのだろう。
私は、告発したとは言ったものの、王の近くで、リュシアの怪しい動きを、少し誇張して話しただけだ。
「怪しい薬剤を混ぜていたの。」
「死にまつわる本をよく読んでいて…。」
なんて話していると、王が勝手に話を進めた。
魔女の噂も私だけが流したものではないから特に何か咎められることは無かった。
王子様の悲しみは酷いものだと聞いた。
けれど、それだって好都合。
私が慰めて差し上げるのだ。
姉を失った悲劇のヒロインは、王子様と一緒に傷を乗り越えていく。
なんて完璧な作戦。これで全てが上手くいく。
ある日、リュシアの墓が造られたと耳にした。
場所を尋ねれば、「妹だから」と簡単に教えてくれた。
リュシアの部屋はすっかりもぬけの殻になっていたから、上質なドレスや宝石は棺の中にぎっしり入っているはず。
夜更け、私は棺の前に立ち、興奮で手を震わせながら蓋を押し開けた。
「……は?」
そこにあったのは、白く乾いた骨と、小さな香水瓶ひとつ。
「宝石は?ドレスは?何でないの?なんなのよ、これ……」
苛立ちに任せて香水を掴み、床に叩きつけようとした瞬間、脳裏にリュシアの声が蘇る。
——“アマンダ、この香水すごいの……殿下ったら、人が変わったように愛を囁いてくださって……”
……そうか。
この香水に秘密があるのかも。
殿下を虜にしたのは、聖女の力や、ましては姉の魅力なんかじゃない。
全部、この香水のおかげ?
まあ、そんな大層なものじゃなくても、この香りで姉と私を重ねて、殿下からの寵愛をもらえるかもしれない。
「ふふ……次は、私の番ね」
私は一気に瓶の栓を抜き、頭から、首筋に、胸元に、腕に、全身へと吹きかけた。
「待っていてくださいね!私の王子様!」
次の瞬間。
「……あっ……あ、あづッ……熱いッッ……!!!」
痒い痒い痒い、熱い熱い熱い。
痛い。
焼け爛れるような激痛が皮膚を走り、呼吸ができなくなる。
倒れ込み、地面を爪でかきむしりながら絶叫した。
「な……なにこれ……なにが起こって……助けて!!!いやぁぁぁああああっっ!!!」
あまりの苦痛に気を失い、視界は暗闇に沈む。
——そして目を覚ましたとき。
全身は白い包帯でぐるぐる巻きにされていた。
鈍い痛みと、どす黒い恐怖が身体を覆う。
無機質な部屋に朝日が差し込む。
机に当たるその光の先には手鏡が置かれていた。
恐る恐る寝台から立ち上がり、震える手で、鏡を持ち、ゆっくりと包帯を外す。
一枚、また一枚。
そして——
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!!!!」
鏡に映っていたのは、もはや「天使」と持て囃された少女の姿ではなかった。
皮膚は爛れ、ただれて、醜悪な塊と化した顔。
私の、美貌は、跡形もなく失われていた。
「いやだ……こんなの、こんなの!いやああああああっ!!!」
裂くような悲鳴を上げる。キリキリと喉が痛む。
痛い、これは夢じゃない!?
机をひっくり返し、椅子を蹴り飛ばし、床に置かれていた燭台を投げつける。
火花が散り、壁に飾られていた絵画が破れ落ちる。
「返して!!あたしの顔を返せええええっ!!!」
床を這いずり、髪をむしり取り、爪が剥がれるまで鏡を引っかく。
そうだ、そうだこの鏡がおかしいのだ。
鏡の破片が床に散らばり、その全てに映るのは——ぐちゃぐちゃに崩れた、自分の顔。
「ちがう、ちがう、鏡がおかしい!!!これは私じゃない!!!」
叫びながら、ふらつく足で窓辺に駆け寄る。
よく磨かれたその窓には、涙と血で濡れた私の“醜悪な顔”が、はっきりと映っていた。
「やめてよぉぉぉぉおおおお!!!」
拳で窓を叩きつける。
ぱりん、と鋭い音を立てて硝子は砕け散り、破片が朝日を反射してキラキラと宙に舞う。
その瞬間、割れた窓に映った自分の姿が、最後の引き金となった。
「いやあああああああああっっ!!!」
空気を裂く絶叫と共に、ぐしゃりと落下音が響く。
王宮の庭に漂ったのは、微かな毒の香りと、
……狂気に蝕まれた女の血の香りだった。




