表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にたがり令嬢の幸せ  作者: 春風もも
王宮にて
26/29

願いは叶えられそうにない

泣き叫ぶ声が聞こえる。

「リュシア様!!やめて!!離して!!」


歓声が聞こえる。

「魔女は死ぬのだ!万歳!」


場を切り裂くような鋭い声が聞こえる。

「今すぐに中止しろ!!これは命令だ!!」


ごめんなさい、レイナ。

ごめんなさい、アデルハイト殿下。


炎は容赦なく迫り、空気を裂くように弾けた。

熱は肌を刺し、煙が喉を焼いた。


群衆の歓声が遠ざかる。

私は、本で読んだ話を静かに思い出す。


火炙りは一瞬で死ねないという。

最初に熱と煙で呼吸が苦しくなり、皮膚が焼けただれる。

密室でもないので、煙による窒息で意識を落とすまでに時間がかかる。

肺が黒く染まり、骨にまで熱が沁み込む。

その苦しみを見せつけるための刑。


……セオは、それを経て、死んだのだ。

どれほど苦しかったのだろう。


ごうっと炎が舞い上がる。

それでも——私の頬を撫でたのは冷たい風だった。


静かに瞼を上げる。


見えなくても、わかる。


「セオ」

愛しい人の名前を呼ぶ。

目の前にいるのでしょう?


生きて、と願ってくれていたのに、ごめんなさい。

でもこれが、私の望んでいたことだから。


次の瞬間、首筋に鋭い衝撃が走り、ごぼ、と血が溢れた。

そして——全てが止まった。

炎の熱さも、群衆の叫びも、痛みも、何もかも。


「ありがとうございます。」


声は出ていないだろうけれど、私はそう唇を動かした。

そして、そっと瞳を閉じた。



——————……



私は止めることができなかった。

大切な人を、二度も失った悲しみは底知れず、私はただ叫び、絶望するしかなかった。


それは、アデルハイト殿下も同じだったのだろう。

彼は直後に王の命令だったと真実を知り、国を揺るがすほどの勢いで王のこれまでの不正を暴いた。

そしてすぐに王はその立場を追われた。


その後、長く続いた魔女裁判は廃止されることとなった。


殿下の背に漂う気配は、あの穏やかで優しいものではなかった。

あまりにも冷徹で鋭く——それでも、その眼差しには確かに、国を、未来を正す覚悟が宿っていた。


リュシア様の最期は、とても安らかなものだった。

普通ならば、火炙りの苦しみは人を泣き叫ばせる。

しかし、リュシア様は喚くどころか、炎の中で――確かに微笑んでいた。

まるで、その瞬間を心待ちにしていたかのように。


数日後、リュシア様の部屋から、一通の手紙が見つかった。


それは、殿下と私に向けたものだった。


震える手で封を切り、中を読み上げた時、私達は息を呑んだ。

内容は、先に逝ってしまう謝罪と、3つのお願いだった。


一つ、墓を作り、その棺の中に、引き出しに入っている香水だけを、使うことなく納めてほしいこと。

二つ、持ち物は全て、誰にも告げず慈善活動に寄付してほしいこと。


そして最後——


『2人と共に、王宮で過ごした日々は本当に幸せでした。


そして、これから訪れるであろう私の死は辛いものではなく、さらなる幸せへの手段なのです。


ですから、どうか、泣かないで。

私を忘れて、アデル殿下もレイナも、幸せになってください。』


突然魔女と告発され、抵抗する間も、文をしたためる間もなく牢に入れられたはずなのに。

まるで、全て分かっていたかの様な手紙。


私は手紙を胸に抱きしめ、声にならぬ嗚咽を漏らした。




アデルハイト殿下と、2人で作った小さな墓の前で手を組み祈る。


私の後ろに立って墓を見つめていた殿下は、深く目を伏せ、静かに言葉を落とした。


「リュシア、願いは叶えられそうにない。」


そうだ。

私も、殿下も。


リュシア様、最後の願いだけは、どうしても叶えることが出来ません。


なぜなら、リュシア様を忘れることなど、できるはずがないのですから。


リュシア様が残していったブローチにゆっくりと触れる。

すると、優しい風が吹き抜けた。


私達はただ、ひたすら涙を流し続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ちょっとリュシアに正座させて小一時間ほど説教したいです。 あれだけ周囲から愛されて、一番大切に思っていたセオからも生きてとお願いされていたのに。 小さなころに受けた仕打ちを引きずり、命を軽んじてしま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ