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死にたがり令嬢の幸せ  作者: 春風もも
王宮にて
25/29

本当は君の幸せが1番だった

祖国を離れて、ひと月ほどが経った。

今回の外交は順調だ。諸国の使者たちとのやり取りも円滑に進み、王子として、国の役に立てたと自負していた。


ふと立ち寄った異国の土産屋で、きらびやかな宝石や精巧な装飾品を見ながら思う。


リュシアは、喜ぶだろうか……。


彼女は贅沢に興味を示さない。

それよりも本や、花に、目を輝かせる。

そんな、心が豊かな彼女の控えめな笑顔を思い出すと、自然に笑みがこぼれてしまう。


最初は、”美しい娘に命を救われた”そんなシチュエーションに舞い上がり、運命を感じていただけだったと思う。

しかし、彼女と関わるにつれて、弱さと強さを知り、優しさを知り、儚い笑顔に心を打たれ、そして今では本当に心の底から惹かれている。


国を立つ前、珍しく彼女から誘われて2人で話をした。


「殿下にとっての幸せはなんですか?」


「いつか、私が何かお願い事をした時に、叶えてくださいますか?」


「私は王宮にこられて、本当に良かったと思っています。」


そんなことを言う彼女は、今にも消えてしまいそうな儚さを纏っていた。


彼女の心に私がいないのは分かっている。

そこには、何か別の存在がいて、それに囚われている事が感じられる。

それでも私は——


そのときだった。

店の入口から、ひやりと冷たい風が吹き込んだ。

まだ夏の暑さが残る昼間には不自然なほどの寒気。

胸の奥に、不吉な影が落ちる。 


「……なんだ?」


理由は分からない。ただ、息が詰まるような、心臓がどくどくと音を立て、冷や汗が吹き出すような、あまりにも強い、焦燥感が募った。


スケジュールを確認し、残りの謁見を従者に託す。

「すまない、少し予定を切り上げたい。」

そう告げた声が上擦ってしまった。





嫌な予感がする。


どうしても急がなければならない。そんな気がしたのだ。


夏の太陽がギラギラと身を差す。


国に戻るまでの約5日間、ほとんど眠らず、休まずに馬を変えながら走らせた。


何が自分をこんなにも突き動かすのか。


やっとのことで国に戻り、王都に近づくにつれ、妙な違和感を覚えた。

街道は人で溢れ返り、ざわめきが空気を揺らしている。


……処刑か?


そう思った瞬間、何故か背筋に冷たい汗が伝った。

処刑など珍しくはないはずだ。

だが、不自然なほど鼓動が速い。


王宮の近くの広場は群衆で埋め尽くされていた。

老いも若きも、熱に浮かされたように集まり、口々に囁き合っている。


「聖女じゃなかったの?」

「まさか魔女だったなんて。」

「王家を惑わした悪女だ!」

「火刑だ!火刑だ!」


近くの兵士を呼び止め、強く問う。

「おい、これは……何があった。」


兵士は顔を上げた瞬間、私の顔を見て、血の気が引いたように青ざめた。

「こ、これは……殿下! もうご帰還を……? まだ早いはずでは……」


「答えろ!」

堪えきれず、声を荒げる。

兵士の喉はひくつき、乾いた唇が震えていた。


「そ、それは……っ」


「何があったのだ!」


鋭い叱責に、兵士は逃げるように視線を逸らした。

兵士の視線の先を追った私は——息を呑んだ。


処刑台の上。


長い銀の髪が風に揺れていた。

その身は荒々しく十字架に縛られ、身に纏う白い衣が裂けて靡く。

群衆の視線を一身に受け、彼女はそこにいた。


「……リュシア……?」


痩せた彼女の足元には乾いた薪が山の様に積まれている。

そして今、火打石が打ち鳴らされようとしていた。


「リュシア!!」


私は声を張り上げ、人混みを無理やり掻き分けて突き進んだ。

群衆が驚いたように振り返り、次々に道を開けていく。


間に合え、間に合え。


胸を突き破るほどの鼓動。

どうしてこんなことに。なぜ彼女が。

思考は渦を巻き、答えに辿りつけない。


いや、今は考えている暇などない。

やるべきことはただひとつ。


「止めろ!!!」


「今すぐに止めろ!! これは命令だ!!!」


広場全体に私の声が響き渡った。

群衆がざわめき、処刑台の下にいた兵士や役人までもが私を振り返る。


「リュシア……お願いだ……!」


彼女までの距離はあまりにも遠い。

空気は鋭く張り詰めいているのに、処刑台の上の彼女の銀の髪は穏やかに風にさらさらと揺れている。


処刑人は、確かに私の声を聞いた。

一瞬、驚愕に目を見開き、こちらを見つめた。


だが、その手はもう——遅かった。


火打石が乾いた音を立て、火花が薪へと落ちる。

次の瞬間、爆ぜるような轟音とともに炎が走った。


乾いた木が一斉に燃え上がり、赤い炎が空を裂く。

熱風が広場を吹き抜け、群衆の歓声と悲鳴が混じり合う。


「————リュシア!!!」


私の叫びは、燃え盛る炎の咆哮に呑まれていった。




——殿下にとっての幸せはなんですか?


「私の幸せは、国の安寧と、国民の幸せ。」


そう伝えた時、彼女は「殿下らしいです」と言い、笑った。


君が安心して暮らせる国を、共に造っていくはずだった。だから嘘ではないけれど。

少し格好つけてしまった。


本当は、君の幸せが一番だった。


君の願い事なら、なんでも叶えたかった。


王宮に来て、本当に良かったと思っているのか。

私が王宮に連れてきたから、君は、死ぬことになったのに。


炎に包まれる彼女と、目が合った気がした。


君は何故そんなにも、穏やかで優しい顔を……愛に満ちた笑顔を浮かべているんだ。



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― 新着の感想 ―
そっちを選んでしまったか…… 切ないですね。 結局リュシアは自分の願いを叶えるために誰の願いも叶えてあげることはないんでしょうか。
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