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死にたがり令嬢の幸せ  作者: 春風もも
王宮にて
24/29

君はまだ死ぬべきじゃない

石造りの牢獄は、しんと冷えていた。

湿った石壁からはしずくが垂れ、床はじっとりとした冷気を含んでいる。

窓はなく、わずかな明かりは高い天井に設けられた鉄格子の隙間から落ちてくるだけ。


殿下が他国への視察に向かわれて少しした頃。


兵士たちが私の部屋へ押し入ってきたのだ。


——「陛下のご命令だ。ついてきてもらう。」

助けて、と声を上げる間もなく、両腕を乱暴に掴まれた。


私の抗議は聞き入れられず、強い腕に引きずられるようにして歩かされた。

周囲の侍女たちのざわめき、探るような懐疑的な瞳。


ああ、始まったのね。


私は抵抗している”素振り”を見せた。


辿り着いたのは、地下にひっそりと設けられた石造りの牢だった。

鉄の扉が閉まる音が耳に刺さる。


恐怖はなかった。


質素ながら食事は出るし、来ている物もしっかり服の形をしている。

そして冷たい風が私の頬を撫で、足元に一輪の花が落ちる。


この牢獄での生活が始まって1週間ほど経つ。

殿下が帰国なさるまで、あと1ヶ月ほどだろう。

そして、その頃にはきっと、私はいない。


やがて、カツン、カツンと石畳を打つ音が近づいてくる。

つい笑ってしまったが顔を即座に変える。

よくもまあ、毎日来て飽きないものだ。


「……アマンダ。」


低く、憎しみを込めるように呟くと、鉄格子の向こうに淡い金色の髪が揺れた。


「ふふ……聖女様ともあろうお方が、牢屋暮らしだなんて。みっともないわね。」


天使の仮面は、もうどこにもない。

濁った瞳にぎらつく悪意を宿し、口元は歪んでいた。


「ああ、もう聖女じゃないか!魔女だもの!」


彼女の罵声が、牢の中を反響する。


「あんたに不相応な、絹のドレス、豪華な食事、王子からの特別待遇…随分と偉くなっていたみたいだけど。」


指先で格子を撫でながら、アマンダはニタニタと笑う。

本性を隠すつもりはないようだ。


「でも、それももう終わり!

あんたは近いうちに処刑される。

そしてドレスも宝石も、王子様も、聖女の名誉だって、ぜんぶ私のものになるの!」


あはははは!と大きな声で笑うアマンダを見て私は呆れてしまう。


アマンダは毎日ここにやってきては同じような話をして、ひとしきり笑い満足して帰っていく。

私が悔しそうな顔をすればするほど、楽しそうに笑うのだ。


私は鉄格子に縋りつき、声を張り上げてみせた。

「殿下が黙っているはずがない!」


「知らないわよ、そんなこと。」

アマンダは肩をすくめ、嬉しそうに言葉を重ねる。


「王子様が戻る前に、あんたは死ぬの。

 王の命令よ。」

「……王が、なぜ……そんな!!」


わざと怒りを込めて叫ぶと、彼女の瞳が愉悦に濡れる。

今日は、気分でもいいのか、いつもよりよく喋る。

待ってましたと言わんばかりに、楽しそうにペラペラと語り出した。


「ふふ、知らなかったの?

私があんたを魔女だと告発したときに、一番乗り気だったのは王よ。」


やっぱり、考えていた通りだ。

あの日の光景を思い出す。


グレゴール・ドルンベルクを告発したあの日。

私を見下ろす王の顔は、威厳のある王の顔に見えて、その瞳は恐怖に震えていた。


権力者は別の権力者を恐れる。

当たり前のことだ。


聖女の力で奇跡を起こす女。

民衆からの支持を一心に受けた女。

王子すら心を寄せ、次代の后として囁かれる女。


そんな存在が自分に仇をなしたならどうなるか。

不正の証拠をいとも簡単に突きつけられたらどうなるか。


王にとって、「権力ある女」はただの脅威でしかない。


だから王が魔女裁判に乗り気になるのは必然だった。

そして、殿下がいないうちに事が進められるのも、必然だった。


「安心してちょうだい。私がちゃーんと、王子様を慰めるから。」



————……


「いやいやいや……嘘でしょ、なんでこうなるんだ。」


僕は頭を抱え、青ざめた顔でその場にしゃがみ込む。

力に任せて草でも握り潰したいが生憎何も触ることができない。


リュシアの“幸せになるためのお願い”を叶える為少し離れているうちに、王宮ではとんでもない事が起こっていたようだ。


一つ目のお願いはあの森で見つけた毒の花がたくさん欲しいという事。

「綺麗だから、研究室で無毒化できないか調べたい」

そう笑って言っていた。


二つ目は、母の形見のブローチを探すこと。

彼女は王宮に縛られ、自由に動けない。だから僕に探して欲しいと言った。


僕は、そんな願いを叶えることで彼女が幸せを感じ、前を向いて生きてくれるなら……そう思った。


だから呑気に王宮を離れた。

王子がいるし、彼がそばにいるなら安心だと、どこかで気を抜いていた。


あの森にはやっぱり不思議な力があって、僕の聴覚も視覚も、誰よりも広く鋭く働いていた。

でも、一歩外に出れば、僕はただの幽霊だ。

誰からも見えず、ほんの少し物を動かすだけの存在。


だから気づけなかった。

花の群生地を探し、外国まで飛び回りブローチを見つけ、喜ぶリュシアの顔を思い浮かべていた、その間に。


「……まさか、魔女の嫌疑を掛けられていたなんて。」


呟いた声は、虚しく闇に溶けた。

王の命令なら、鍵を奪って渡したところで意味はない。見張りは絶えず、彼女は逃げられない。


そしておそらく、彼女は逃げる気などない。


僕には、どうすることもできない。


「助けられるのは……王子しかいないか。」


僕は一輪の花を、冷たい牢に投げ入れた。

リュシア、君はまだ死ぬべきじゃない。


悔しさと焦燥感に震える心をなんとか抑え、王子の居場所を見つけ出す。


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― 新着の感想 ―
まだあきらめていなかったんだ、リュシア。 でもリュシアの願いが叶っても、セオの願いはどうなるっていうんだろう。 恋は人を盲目にするとはいうけれど、リュシアも手段を選ばないほど盲目になってしまっている…
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