また汚してあげる
セオとの再会から数日が経ち、私は義理の妹、アマンダを探した。
彼女は村の小さな教会で、古びた木の床を磨いていた。
「……アマンダ。」
声をかけると、手がぴたりと止まった。
振り返ったアマンダの顔に、一瞬、驚きと怯えが交じる。
彼女は雑巾を落とし、床に跪く。
「お……お姉様……!?」
怯えたように見開いた瞳が、すぐに潤み、笑顔に変わる。
見窄らしい服を着ていても、たしかに綺麗なアマンダの笑顔は、誰が見ても確かに心から私との再会を喜んでいるように感じるだろう。
「お姉様……!噂に聞いておりました!生きていらっしゃったのですね!」
しかし、跪き、私の手を握っているその手は震えている。
教会には、聖女の話がいち早く届いているはずだ。
聖女の力を使って私が復讐に来たとでも思ったのだろうか。
必死に媚びる姿に私は苦笑した。
立場が違うだけで、人はこんなにも変わるのか。
「す、すみません、昔は……私、幼くて、わからなくて……お姉様にひどいことばかり……。お母様に逆らえなかったのです。」
頭を下げる。声を震わせる。涙をにじませる。
ああ、昔からそう。
あなたは可愛くて、賢くて、狡い。
私は、あえて穏やかな笑みを浮かべて告げた。
「王宮へ来てちょうだい。」
———…
本当に、ムカつく。あの女、リュシア。
私はずっと、田舎町で母と二人で暮らしていた。
私たち親子は村一番の美人と評判だった。
まるで天使だと、皆に持て囃されていた。
母はかなりの遊び人だったと思う。
毎日村の金持ちの男と出かけていた。
虐待はしないが、私を娘とも思っていなかった。
可愛い、可愛い、と皆に言われようが、所詮田舎の庶民だ。
美しいドレスを着て、キラキラな宝石を身につけて、王子様と出会って——そんな生活がしたい。
満たされない日々の中、ある日突然、立派な服を着た男がやってきて言った。
「お前は私の娘だ。貴族として迎え入れる」
ラッキーだと思った。
まさか貴族になれるなんて、って。
やっぱり、私はこんな田舎町に収まる様な女じゃない。生まれながらの貴族だったのだ。
人の賑わう街の一角に聳え立つ、大きな屋敷に足を踏み入れる。
……でも、そこには既にいた。
銀の髪をした、紫の瞳の、すました女が。
姉だと言われた貴族の娘、リュシア。
初めて同じ鏡の中に並んだとき、私は絶望した。
どうしてこんなにも違う?
日焼けのない白い肌も、栄養の行き届いた艶のある髪も、潤った目も、身につけている装飾品ではない、一挙手一投足が芯からの貴族だった。
自慢だった私の容姿が霞んで見える。
リュシアは綺麗だった。
別に、リュシアが特別親から大事にされていたわけじゃない。
無愛想な父もどちらかといえば私を可愛がっていたと思う。
ただ、あの女の全部が私を苛立たせた。
気品のあるふりしやがって、お高く止まりやがって。
母は私よりもプライドが高いから、許せなかったのだろう。
その澄ました態度、美しい所作、誰もの目を引く綺麗な顔。
ましてや前妻の面影がある女なんて尚更だ。
気持ちよかった。
どんどん汚れていく姿を見るのが。
嬉しかった。
高貴な雰囲気が弱々しい死人のようになっていくのが。
楽しみだった。
あいつの絶望しか見えない未来が。
でも、状況が変わった。
突然リュシアはいなくなった。
どこに逃げたのか分からない。
あいつに逃げられる体力なんてあるはずないのに。
母は発狂したかと思えば父と一緒に突然失踪した。
借金を取り立てに来た男が、運良くまともな男で、私を見つけ孤児として教会に預けられた。
それからの日々は最低だった。
毎日掃除、洗濯、炊き出し、祈り、祈り、祈り。
意味なんて分からない。神なんていない。
でもやらなければ生きられない。
質素な食事、粗末な服。
唯一の救いは、教会に来る人たちが私を見て「本物の天使みたいだ」と言ってくれること。
そうよ、私は可愛いの。
本来貴族で、高貴なのは私なはずなの。
皆の目を引く存在はリュシアではなく私でなくてはならないの。
父も母も姉もみんな消えた。
おそらく死んだのではないかと考える。
そう考えると、家族の中で一番マシに生きているのは私だ。
……だから、いま目の前で微笑むリュシアを見ると、胸の奥が煮えたぎる。
こいつは死んだのではなかったか。
聖女ってなんだ。こいつにそんな力なんてあるはずないのに。
絹の服を身にまとい、見違えるほど美しくなったリュシアは、ひと目見て大切にされていることがわかる。
王宮へ来い?
贅沢を私に見せつけるつもりか。舐めやがって。
まあいい。
また汚してあげる。その居場所はいずれ私のものになる。




