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死にたがり令嬢の幸せ  作者: 春風もも
王宮にて
19/29

どうすれば、解放されるの

あれから数日が経ち、殿下に呼ばれてどこか無機質な部屋に足を踏み入れた。

しかし、中央の机や棚には、金銀の装飾品や書簡、衣服の切れ端までが雑多に並べられている。


「ここは……?」

その異様な空間を見て問いかけると、殿下は重い表情で答えた。


「ドルンベルク家の地下から押収した品々だ。証拠として保管している。……そして、リュシア、君のご両親のことで話さなければならないことがある。」


ドクン、と鼓動が鳴る。

殿下は一瞬、言葉を探すように目を伏せた後、静かに告げた。


「辛い話だ。……地下から、君のご両親と思われる遺体と、所持品が見つかった。」


一瞬、胸がツキンと痛んだ。

でも、ほんの一瞬、それだけだった。

涙も叫びも出てこない。

心が静かで、むしろ戸惑ってしまう。


継母には嫌な思い出があるとはいえ、父とは血が繋がっている。

薄情ものだろうか、と自分自身に問うた。


「彼ら…ドルンベルク家は、金銭の援助を求める者たちを、娘を引き換えに助けるふりをして、結局は皆葬っていたらしい。

ぬかりのない手口だ。」

王子の言葉が低く響く。


「君が欲しいと思うものがあれば、返すように手配するよ。」


殿下の声は、気遣うように優しかった。


「ありがとうございます。」


そう答え、ふとあの存在を思い出す。

「……私には、妹がいました。その子は?」


王子は眉を寄せ、首を横に振った。

「報告には上がっていないな。」


——爪が甘い。

ドルンベルクは徹底していたようでいて、結局どこかに綻びを残していた。

レイナもそうだ。商人に拾われ、生き延びていたからこそ証言に繋がった。


もし彼らが完璧であれば、私は今ここにいなかった。


「調べてみよう。君はここに残るか?心残りがあるなら探してもいい。」


私は小さく頷いた。

思い浮かんだのは、継母とアマンダに奪われた誕生日のブローチのことだった。


もしかしたら、あるかもしれない。


部屋を出る殿下を見送り、沢山の押収品の中からブローチを探す。

バレッタ、リボン、宝石、皆誰かの思い出の品なのだろうか。そんなふうに考えていると、不意に手が当たり、厚みのある大きな本が、どさりと重々しい音を立てて床に落ちた。


「大変……っ」

慌てて拾い上げ、その辞書のように厚く重い本を眺める。

装丁は黒革で縁取られ、金の文字が薄れて読めない。

興味本位で中を覗くと、一面に貼り付けられた肖像画と日付、そして罪状が淡々と記録されていた。


——処刑記録……?


趣味が悪い、と嫌悪が胸を刺す。

閉じようとした指が震え、ページが勝手にぱらぱらと風に煽られたように開かれていく。


そこに、見慣れた顔があった。


本を閉じる手を止め、息を呑む。


黒髪。整った甘い顔立ち。鋭い金の瞳。

それは、月明かりの下で、いつも愉快そうに笑っていたあの幽霊の….セオの顔だった。


「……っ!」


指先から力が抜け、革表紙が床に落ちかけるのを慌てて抱え直し、記されていた名を見る。


『セオフィル・エルディアンテ』


——処刑された者の名簿に。

彼の名と顔が、確かに刻まれていた。


「セオフィル……セオ、なの?」


思考が止まり、胸の鼓動が響く。


「セオは……処刑された……?」


私は震える指で、その厚い羊皮紙に刻まれた文字をなぞる。

乾いた音がかさりと響く。


書体は整っていて、きっと公式の記録として後から清書されたものなのだろう。

だが、それでも長い歳月は紙の縁を黄ばませ、インクを褪せさせていた。


ところどころ読みにくい箇所もある。

文字がかすれていて目を凝らす。


「ヴァルシア王国、副騎士団長、刑は……火炙り」


ヴァルシア王国とは、かつて私たちの国との戦争で敗れ、併合されている今は無い王国だ。


「日付は、今から……一…いや、二百年前……?」


数字を読み取った瞬間、血の気が引く。


するとその瞬間、ビュウッと冷たい風が部屋を駆け抜け、ランプの炎が揺れる。


背筋にぞくりと震えが走る。


「……セオ……いるのですか?」


これをセオ本人に見て欲しくない。

そんな思いを込めてなにもない空間に声をかける。


彼は200年もの間、たったひとりで。

春の花、夏の光、秋の紅葉、冬の雪。

そして、美しい星や泉。

すべてを見届けながら、語り合う相手も、返事をくれる人も、笑い合うこともなく。

眠ることも、食べることも出来ず、ただ時の流れに晒され続けていたのか。


私はそんなに長い孤独に、果たして耐えられるだろうか。

想像するだけでも息が苦しくなる。

あの飄々とした笑顔の裏に、どれほど深い孤独を抱えていたのか。


何にも触れられず、誰とも言葉を交わせず、終わることも許されずに。


「あなたは……どうすれば、解放されるの?」


ぽろりと涙が頬を伝い、古い羊皮紙に染みを作った。




その日を境に、私は「幽霊」「怨霊」「未練」といった言葉を追いかけるようになった。


王宮の図書館の片隅に座り込み、古い羊皮紙をめくる。

ろうそくの明かりが、冷たいインクの文字を浮かび上がらせていく。


——幽霊とは、未練や怨念を抱え、成仏できずに世に留まる存在である。

その願いを果たすまで、彷徨い続ける。

そして、願いが満たされたとき、彼らは光となって消えるのだ。


声に出さず読んだ瞬間、ページの端がぱらりと揺れ、窓も開いていないのに冷たい風がひゅうと吹き抜けた。


「……セオ、?」


わかっている。

あなたはきっと「読むな」「探るな」と止めている。

私に“前を向いて生きろ”と伝えようとしている。

きっと姿が見えていたら、いつもと同じ調子でヘラヘラと「怨念なんて考えすぎだよ」と笑っているのだろう。

黒い髪を揺らしながら、金の瞳をいたずらに細めて。


整った顔に軽快な仕草、優しい甘やかな声。

そしてあの夜、確かに囁かれた「愛している」という言葉。


胸の奥がずきりと痛む。

どうしようもなく、彼に会いたい。


やっぱり……私は、


彼のいない世界で幸せにはなれない。


どれほど豪奢な食事が並び、絹の衣を纏い、誰もが羨む王子の隣に立とうとも。

私の心は、あの幽霊に縛られている。




「セオ、貴方の願いは、なんですか……?」

誰もいない部屋で小さく呟く。


静かな書庫に声が溶け、返事はない。


「私の願いは——…」




次セオ出てきます

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― 新着の感想 ―
きっとリュシアの両親はもう処分されているだろうと思っていましたが、当たってしまいました。 自分も母が死んだ時、涙も出ず心も静かだったので冷たい人間なのかなと思った時期があり、思い出しました。リュシアも…
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