また食事に誘っても良いかな
後日、殿下から、ドルンベルクの罪は徹底的に暴かれた、と報告を受けた。
屋敷の地下からは数えきれぬほどの骨が掘り起こされ、彼らが「趣味」として集めていた数々の品の中に、沢山の女性の持ち物が見つかった。
その中には、レイナの姉のリボンもあったという。
「リュシア……君はもうすっかり噂の中心だ。
人々は“聖女の奇跡”と呼んでいる……まさか、聖女が実在するとはね。
遥か昔の伝承の存在でしかないと皆が思っていた。」
王子は真剣な眼差しでそう告げたが、声はどこか申し訳なさげに揺れていた。
「…僕は、何も力になれなかった。」
その言葉に、私はそっと目を伏せた。
心の中には、確かに喜びがあった。
だが同時に、自分ひとりの力では到底なし得なかった現実を思い知っていた。
——これは、本当に運が良かっただけ。
殿下と、レイナと、セオのおかげ……
手に入らないはずの書類。花が浮かぶ奇跡。
どれもこれも、セオが繋いでくれた。
それらを手にしても、レイナがいなければ結局証拠は不十分だっただろう。
あの場に殿下がいなければ、圧倒的な権力差で揉み消されていただろう。
ドルンベルクはそうやって長い間、罪から逃れていたのだから。
自分こそ、何もできなかった、と自信をなくしそうになったが、それでも確かに成果は残った。
これから、被害を受けるものはいなくなり、数多の人の無念は、救われるのだ。
その事実が、私の心を支えていた。
顔を上げ、殿下に伝える。
「そんなことはございません……ありがとうございます。」
殿下の頬がほんのり赤く染まっていることに気づく。しかし、何か発言をする前に冷たい風が、私の銀の髪を揺らし、思考を奪われた。
——セオ、ありがとうございます……
どこかで見守っているはずの存在に、想いを届けるように。
アデルハイト・フォン・ヴァレンシュタイン殿下は王子としての立場を持ちながら、いつも穏やかに接してくれる。
「リュシア、一緒に食事はいかがかな。」
そう言われて案内された部屋に入った瞬間、私は思わず息をのんだ。
華やかに飾り付けされた長いテーブルに並ぶのは、見たこともないほどの豪華な料理。
色とりどりのソースで飾られた肉料理、黄金色に焼かれたパン、果実が山のように盛られた皿、そして宝石みたいに輝く菓子たち。
セオがこの景色を見たら、目を輝かせてくるくると飛び回るだろうな、と思う。
しかし、あまりの豪勢さに、気が引ける。
「こんなに頂けません…。」
そんな私を見て殿下は優しく続けた。
「君の功績を讃えて、用意したんだ。褒美だと思ってくれ。」
そう言われると、胸の奥が少し軽くなったような気がした。
「あの…レイナも呼んでいただけませんか。
レイナがいたからこそ成し得たのです。」
後日、見かけたレイナの目はこれでもかと言うほど赤く腫れていた。
髪型を変えたようで、二つの束に揺れるリボンを褒めると恥ずかしそうに笑っていた。
しばらく休暇をとって、故郷の周辺を訪ねると殿下に話せば、莫大な旅費と警備をつけてくれた。
そろそろ、帰ってきた頃合いだろう。
殿下は笑って言った。
「なるほど。では次の機会で、パーティを開こう。今回は私と君の分しか用意していなかったから。」
そう言われると、もういただくしかない。
フォークを手にして、恐る恐る口に運ぶ。
肉は柔らかくて、口の中でとろける。
パンは香ばしく、バターの甘みが広がる。
そして、デザートの小さな焼き菓子を口に運ぶ。
「……美味しい」
思わず言葉が漏れてしまい、私は自分で驚いた。
殿下がその言葉を聞いて、目を細めて笑う。
彼は終始穏やかで、冗談も交えつつ、国の未来についてを語っていた。
口下手な私でも、うまく話せたのでは、と錯覚するほどの心地よい会話に王子としての力量を感じられた。
これまで私が抱いていた「遠い存在」という印象が、少しずつ溶けていく。
殿下は、思っていたよりずっと、誠実で、しっかりていて、そして気さくな方だ。
食事が終わる頃、殿下は私を見て言った。
「何か特別な用がなくとも、また食事に誘っても良いかな。」
「ええと、はい。」
「良かった。もっとリュシアと話したいと思っていたから。」
なんだか顔が熱くなり、視線を落とす。
彼は嬉しそうに微笑んでいた。
夜の廊下を歩きながら、私は深く息を吐く。
良い日だった。殿下のことが知れて、温かい気持ちになった。
窓から涼しい風が入り込み、私を柔らかく包む。
「焼き菓子、美味しかったな。
……セオは生きていた頃、何が好きだったのかしら。」
ふと発した自分の言葉に、つきりと胸が痛み、私は自嘲を込めて小さく笑う。
折角、殿下に素晴らしい時間を与えてもらえたのに。
私はセオに囚われてばかりだ。




