神の啓示を受けました
室内に緊張が走る。
「……ルーメルトン……?」と王が呟く。
「そして、死亡届にある“カトリーナ”は、私の姉にあたります。」
その瞬間、レイナは自らの髪を束ねているリボンを掴み、勢いよく引き抜いた。
桃色のリボンが宙を舞い、抑え込まれていた髪が一気に解き放たれる。
長いブラウンの髪はサラサラと肩から背中へと流れ落ちる。
窓からの日を受けて輝きながら揺れるその美しい髪は、彼女がただの下女ではなく、確かに「貴族の娘」であったことを誰の目にも思い知らせた。
顔にかかった髪をそれを振り払ったとき、瞳には怯えではなく、強い決意が宿っていた。
レイナはそのリボンを片手に掲げ、勢いよく突きつける。
「このリボンを探してください。
もし、ドルンベルク家に同じものがあるならば、それは姉の遺したものです。
姉は、確かにあなた方のもとに送られていた——その書類が本物である証拠になるはずです!」
「っは!」
グレゴールは嘲るように笑った。
「ただの飾り紐だろう? どこにでもある安物を“証拠”だと? 笑わせるな!」
それでも、レイナは怯まなかった。
グレゴールの目をまっすぐ捉え、はっきりとした声で告げる。
「……違います。」
掲げたリボンの裏を、王と王子、文官へと見せる。
そこには、小さく、それでも確かに刻まれた刺繍があった。
「姉、カトリーナ・ルーメルトンのイニシャルです。」
部屋の中は張り詰めた空気に包まれていた。
少し表情をこわばらせたグレゴールはまたすぐに笑みを浮かべ、深く椅子に腰をかけたまま鼻で笑う。
「……くだらん。所詮は没落した子爵家の娘の戯言にすぎん。今は身分もない。
そんな者の言葉を信じる道理などありませんな。
それに——何度も言いますがね、この書類が本物だとすれば、どうしてこの娘が手に入れられるというのでしょうか。」
その声音は不遜で、余裕すら漂わせていた。
殿下も拳を握りしめたのが分かるが、反論の言葉を見つけられない。
文官は眉間に皺を寄せながら書面を見直している。
——馬鹿げた考えだけど…。
ここまで勇気を出して立ち上がったレイナの想いを、このまま無駄にするわけにはいかない。
逃げたくなる心を必死に抑え込み、私は震える声を張り上げた。
「……わ、わたしは……神の啓示を受けました。
この書類は、神から授けられたものです。」
——静寂。
誰もが、何を言っているんだ、と言葉を飲み込んだまま私を見つめた。
次の瞬間、グレゴールが高らかに笑い声を上げる。
「ははははは! 何を言い出すかと思えば! この娘はとうとう狂ったか! 王子、感謝してほしいものですな。大罪を犯した上に妄想癖まで患っている女を引き取ってやろうというのですから!」
殿下は苦悩に顔を曇らせ、私を見る。その視線には「なぜそんなことを」という戸惑いが滲んでいた。
でも、もう後には引けない。
「その証拠をお見せします。」
私は部屋の隅に置かれた花瓶を指差した。
「……あの花を、浮かせてみせます。」
私はわざとらしく胸元で両手を組み、祈るように目を閉じる。
誰もがくだらないという顔で見守る。
私は深く息を吸い込み、言葉を紡いだ。
「どうか……力を……。」
どうか、力を。そう願う相手は1人しかいない。
いるのでしょう。
見守ってくれているのでしょう。力を貸してください。……セオ。
部屋の空気が、わずかに揺れた。
次の瞬間、花瓶の中の白い花がふわりと宙に浮き上がる。
「なっ……!」
誰かの声が聞こえる。
花は優雅に、くるくると回転しながら空を舞い、そして——
バシュッ!
鋭い音を立てて、グレゴールの目の前の机に突き刺さった。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!」
グレゴールが椅子を蹴り倒しながら後ずさる。
王も王子もレイナも、そして文官も、言葉を失ったまま硬直していた。
長い沈黙。皆一心に目を見開き、花とリュシアを交互に見つめる。
その沈黙を打ち破り、最初に声を発したのは、文官だった。
首にかけていた十字架に触れながら、扉の外で控えていた衛兵に向かい、鋭く命じる。
「——ドルンベルク家の捜査を! 今すぐに!」
王は蒼白な顔で沈黙し、殿下は驚愕と畏敬を入り混じらせた表情で私を見詰めながら立ち上がった。
「リュシア……君は…君は」
「殿下…。」
「聖女だったのか!」
その言葉が響いた瞬間、後ろに立っていたレイナはその場にへなへなと崩れ落ちた。




