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死にたがり令嬢の幸せ  作者: 春風もも
王宮にて
14/29

レイナと申します

何もうつ手が思いつかず、そのまま2週間ほどが経ち、私は憔悴していた。


このままでは、自分も被害を受けるだけでなく、これからも、何人もの人が犠牲になるかもしれないのに。


焦りからだろうか。早足で廊下を歩く私は周りに注意を向けることができず、すれ違った使用人と勢いよくぶつかってしまった。

ガン、と大きくバケツがひっくり返った音がする。

慌てて膝をついたのは、私と同じ年ほどの少女だった。


「ご、ごめんなさ——「申し訳ございません!!濡れてはいませんか!?」


勢いよく言葉を被せられ、私は呆気に取られた。

急いで水を拭き取っている茶髪の少女の服の袖は深く破れていて、それが更に広がりそうなほど、糸がほつれている。


私はしゃがみ込み、その袖を手に取った。

「こちらにきてください….。」


バケツを持った少女の手を引いて、近くの部屋に戻り、針と糸を取り出す。

少女はぽかんと目を丸くしていた。


「あ、あの……?」


「応急処置です。」


そう言って私は、少女の袖を縫う。

今まで自分の服は自分で用意していたので、裁縫は慣れたものだ。


「そんな……!ただの下働きの服ですから!」


慌てて止めようとしているが、すぐに縫い終えてしまった。少女はまた目を丸くして整えられた袖口を見つめる。


「す、素晴らしい腕前です…!

応急処置どころか、このまま仕立て屋に並ぶほどです。等間隔に細やかな縫い目でこんなに早く縫い上げるなんて!普通できません。」


「そんな、言い過ぎです…。」


あまりにも褒められてしまい、少し恥ずかしくなったが、今まで生きる為に身につけるしかなかった裁縫が、こんなところで生きるなんて、と嬉しくも感じた。


「ああ、なんとお礼を言えば…

下働きの私にできることは限られていますが、何かお力になれませんか?掃除は得意です!」


私は慌てて首を横に振る。

「お礼なんて必要ありません。」


だが、少女は譲らなかった。両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、真剣な眼差しを向けてくる。

その熱意に押されて、少し考えてから、やがて暖炉へと視線を向けた。


「……では。今、時間があるのなら、暖炉の掃除を手伝っていただけますか?」


少女の顔がふわりと明るくなる。

「もちろんです!」


そして、二人で並んで膝をつき、暖炉の灰を掻き出し、煤で黒くなった煉瓦を丁寧に拭っていく。


私は、明るく、丁寧で、仕事に熱心なその少女に既に好感を抱いていた。


静かな作業の中で、ふと少女の髪が目についた。

結わえた髪の根元に、淡い桃色のリボンが揺れている。着潰したエプロンドレスとあまりにも合っていない、上質で美しいリボンだった。


「……そのリボン、とても綺麗ですね。」


何気なく告げた一言に、少女ははっとして振り返る。

「違うんです!盗んだものではなくて……!」


「い、いえ、疑っていませんが……」


パチパチと瞬きをする私を見て、少女はやってしまった、というような表情を作り、青ざめた顔で謝罪を繰り出す。

「申し訳ございません…。」


そして、少女は言葉を重ねた。

「このリボンは……姉から譲り受けたものなんです。

私の家は没落してしまいましたが、元は貴族だったのです。

お金になりそうなものは全て売ったのですが、これだけは手元に残しておきたくて。

本当に申し訳ございません。よく疑われるものですから、つい…。」


煤に汚れた指先を握りしめながら、ぽつぽつと語る。

私はその姿を見つめ、静かに問いかける。

「私はリュシアと申します。……お名前は?」


少女は一瞬だけ迷い、けれど真っ直ぐな瞳で答えた。

「レイナと申します。元は、ルーメルトンを名乗っていました。」


——ルーメルトン?

身に覚えがある名だった。

私はどこかで、聞いたことがあるのだろうか。


「ルーメルトン……」

小さく繰り返す私に、レイナは苦笑した。


「しがない子爵家でしたし、領地は遠く……生まれた頃から貧乏でしたので……きっと覚えている方なんて、ほとんどいらっしゃらないと思います。」


その言葉と同時に、胸に冷たい稲妻のような感覚が走った。


「あの、他に姉妹はいらっしゃいますか……?」


「いえ、姉と私の2人姉妹でした。」


「……お姉様の……お名前を、聞いても……よろしいでしょうか。」


突然様子を変え、震えた声で聞きだす私姿に、レイナは一瞬きょとんとした後、懐かしむように、ほんの少し微笑んだ。


「……カトリーナです。優しくて、自慢姉でした。」


——その瞬間、世界が反転したように視界が白く弾け、血の気が一気に引いていく。

椅子の背もたれにすがらなければ、倒れてしまいそうだった。


「リュシア様!どうなさいましたか?」


——まさか……いや、でも……間違いない……!


私は慌てて机の方へ向かい、引き出しにしまっていた紙束をがたがたと震える手で取り出した。

乱雑に広げた羊皮紙の中にに、確かにあった。


死亡届と、契約書。

ドルンベルク侯爵家が出していた、数々の若い女性の名が並ぶ書類。


その中に、あったのだ。


『カトリーナ・ルーメルトン』


無垢な瞳。レイナは、何も知らないのだろうか。


「レイナ……今日はもう大丈夫です。下がってください。」


困惑しているレイナを、半ば無理やり下がらせる。

私は考える時間が欲しかった。

ぐるぐると頭が混乱している中、しばらくして、外から扉を叩かれた。


「リュシア様、リュシア様、私はーーーー」


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― 新着の感想 ―
やっぱり犠牲者の親族でしたか…… 没落貴族の娘という時点で予想はできましたが、両親は証拠隠滅のために処分された結果没落してしまったということでしょうか。 今後の展開にも深く絡んできそうな新キャラの登…
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