僕を見失ってしまったとしても
出会った時のリュシアとは、全くの別人のようだ。
固い表情を綻ばせ、僕の話をくすくすと小さく笑って聞いてくれる姿を見る度に、そう思う。
最初は、彼女が人間らしく生きようとし始めていることが、単純に嬉しくて、誇らしかった。
そんな彼女を愛おしいと感じ始めたのはいつからだろうか。
胸の奥がじんわりと温かくなったのを覚えている。
死んで幽霊になってもなお、人の感情は消えないのか、と驚いた。
暖炉の火の明かりに照らされて頬を赤らめる姿も、真っ直ぐな瞳で問いかけてくる顔も、出来ることが増えて喜ぶ姿も、全てが可愛らしく、好きで仕方がなかった。
リュシアの銀の髪は柔らかく光を返し、紫の瞳は宝石のように澄んでいる。
すっかりと女性らしい肉付きになり、血色も良くなり、美しくなった。…これに関しては僕が好きだから特別良く見えているわけではなく、本当にリュシアは美しかった。
本人は自分の容姿に気付いていないようだが、夜空の下で微笑む彼女は月の女神さながらだった。
……けれど同時に、気づいてしまった。
霊感の無い彼女が僕を認識できているのは、死にかけていたからだ。
生と死の狭間。
その不安定な場所にいたからこそ、僕という存在を認識できたのだと思う。
他でもない、僕を見つけてくれたのは、奇跡だと言えるが。
彼女が生きたいと思い、笑い、未来に希望を持てば持つほど、彼女は僕を見失う。
リュシアの幸せを望むことは、すなわち、僕とリュシアの別れを意味した。
やっと笑えるようになったリュシアを、1人にするわけにはいかない。
分かっていたことだ。彼女は人間で僕は幽霊、その時点で運命は分たれていた。
……そう思うのに。
彼女が笑ってくれるたび、胸が苦しくなる。
触れたい、抱きしめたい、その気持ちは消えてくれない。
彼女が残す、暖炉の炎を見つめていると、どうしようもない切なさが込み上げる。
近頃、森の外から、かすかな人の声がよく聞こえるようになった。
以前よりも多くの気配が、この森の周りに集まってきている。
——森が……焼かれる?
そんな噂を、風が運んできた。
「……リュシア。」
小さく、愛しい名前を呟く。
深く澄んだ夜空に、一筋、星が流れる。
君がこの先、僕を見失ってしまったとしても、君を支える誰かと、幸せになってくれますように。
その祈りを胸に、僕は森を巡る。
どうか、出会ってくれ——その想いは、しっかりと形になり、思い通りにことが進んだ。
「びっくりしただろ、ごめんね。」
ひとしきり暴れ、そして眠る一頭の馬の傍で、ある“運命の出会い”を、僕は見届ける。
読んでいただきありがとうございます。
章で分けるとすれば、この話で一区切りです。
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