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8.警報

 目の前で起きた現象、『生命の木セフィロス』が弾けて一つの宝石へと変わった事に目を疑った。その宝石は銀色の輝きを放ちながら目の前で浮遊している。俺を呼ぶ声はこの宝石から聞こえているようだ。


 俺はそれに手を伸ばす。


「――――くっ!!」


 触れた途端に宝石は砕け散り、手の平が熱く感じた。すると声が聞こえると同時に視界が真っ白になる。


 ――――…………。


 ――――……。


「か、和真っ! ねぇ和真! あんた大丈夫!?」


 姉貴の声よって我に返る。


「あ、ああ……。悪い。一瞬目の前が真っ白になって」


 姉貴の声に振り返ると、皆が集まっていて俺の顔を凝視していた。今起きた現象に対して驚いている顔だった。


「カズマ! お前、一体何をしたのだっ!」


 シェリルが険しい顔をして怒鳴っている。無理もない。俺が『生命の木セフィロス』に触れたら消失してしまったのだ。


「いや、何ってさっきの木から声が聞こえたんで、呼ばれたままに触れてみたら宝石が……」


「はぁ!? ちょっと何処に宝石があるのよ!? 何もないじゃない。むしろ『生命の木セフィロス』が消滅したってどういうことよ!」


 ルルナが素っ頓狂な声を荒げる。お姫様にしては品がないような気がするが、しかし、どうやらルルナ達は俺の背後に居た為に宝石が見えなかったようだ。

 まぁ、今無いものを言ったところで余計に話がややこしくなるから黙っておくことにする。


「いやー、私驚いちゃいましたよー。流石イオリンの弟さん! パネェっす! カズカズ、ちょっとその体を研究したいんで、後で私の部屋に来てもらってもいいっすかね?」


 カ、カズカズ!? 何のそのあだ名。てか研究ってなに!? 怖いよ!

 イザナが手をワキワキさせながらこっちにくる。


「やめなさいイザナ。これは緊急事態よ! 直ぐに国王とマーザリック司祭に報告しなくては。それにしてもまさか、『生命の木セフィロス』が消失するなんて……」


 ラミアムは何か考え込んでいる。

 いや、まさか世界を救う為の神器『セフィラ』を実る木が消失したらそりゃビックリするよな。俺、とんでもないことをしてしまったのではないだろうか。


 背中にじわりと汗が流れてくる。

 皆が俺に視線を送っている中で、シエルだけが険しい顔をしていた。


「そんな……どうしてそれ・・が……」


 シエルがボソリと何かを言っているのが聞こえてきた。


「ん? シエル……だっけ? 何か知って――」


「皆、この状態に混乱しているでしょうけど、今は国王の元に報告しに行くわよ。カズマ、当然貴方も来なさい」


 シエルに話しかけようとしたらラミアムに声を掛けられる。


「は、はい!」


 ラミアムの顔が怖すぎて条件反射で頷いてしまった。

 壇上から降り既に出口へと向かっているラミアム達の後を追う。


 

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!



 突然、高音質の音が部屋全体に響いてきた。この時代にはないような音、むしろ俺たちの時代にあるようなデジタル音だった。


「なんだ一体!?」


「警報!? イザナ!」


「ぅっすー! えっと、ちょっち待ってくださいねー。……あ、大変! 西ゲート先のエリア結界付近に大量の『凶禍』押し寄せてるっすよ!」


 ラミアムに呼ばれたイザナが左腕をめくると、液晶ディスプレイが付いている大型の腕時計のようなものを出し何やら操作し始めた。この中世の世界観のような場所では不釣合いなものにビックリする。


 どう見てもそれはテクノロジーの産物。しかも俺の時代よりその技術は進んでいるように見える。イザナも救世主だと言っていたが、このような代物を持っているイザナは一体何者なのだろうか。


「今、映像出すっす!」


 思案している間にイザナが腕につけている装置の操作を終えたようだった。

 イザナの腕の装置からレーザー光が走り、空中に映像が表示される。ここではないどこか。映し出された場所の先には薄く輝く膜のような物が見える。


 それにへばりつく様に真っ黒く蠢く何かが大量にいた。その映像をよく見ると、赤く不気味に光る物が沢山。それは目だった。あまりのおぞましさに吐き気がこみ上げてくる。

 先日遭遇した蛇を思い出し、背中がブルリと震えた。


「な、なんて数なの……」


 ルルナが声を震わせている。この世界の住人でさえ驚く程ということは相当な数なのだろう。周りを見渡すと姉貴と久遠が顔を強ばらせている。


 久遠は今しがた召喚されたばかりだからわかるが、姉貴も緊張しているということは敵の姿を確認したのが今回初めてなのかもしれない。


「ふん、まさか結界付近にこれ程までの『凶禍』が攻めて来るとはな。だが、討伐することには変わりない。ラミアム、出撃命令を」


 シェリルの凛とした声が響き渡たる。その姿は落ち着き払っていた。俺が戦った蛇の時もそうだったが、流石というべきか威風堂々とした姿に目を奪われる。


「まったく、『生命の木セフィロス』が消失したタイミングに『凶禍』が攻めて来るなんて。――――この件は後回しよ! 皆、司令室へ」


 ラミアムが駆け出し、その後を追い司令室へと向かって行った。


 

 ◇



「――以上が作戦内容よ」


 ラミアムに連れてこられた部屋は王宮中央の中庭にある塔の中だった。塔にはいくつもの渡り廊下が繋がっていて、緊急時にはどこからでも入れるようにするための設計らしい。


 部屋の内部には俺たちの他に数十人いる。円形の壁に沿って机がありその上は水の入った平らなガラスケースが机の面全てに広がっていた。更によく見ると水の底にはキラキラと光る細かい水晶石のような物があり、ローブを纏った何人かの人がガラスの上で指を踊らすように叩いている。何か操作しているような仕草だ。それに呼応するように壁一面に埋め込まれている宝石が輝きながら映像を表示している。


 どういった原理でできているのかは分からない。だがシェリルはこの世界には魔法があると言っていたから、きっとその類なのだろう。


「あの、ラミアム先生。どうして私も待機なんですか? くーちゃんは召喚されたばかりだから待機はわかるとして、私は皆と訓練していたし十分に戦えます。それに私の剣術の力量も十分だと言っていたじゃないですか!」


「ダメよイオリ。貴方の力は十分凄いことは承知の上よ。でもね、初戦にしてはこの数は多すぎる。こちらから仕掛ける小規模な戦いならまだしも、今回はあの大群。もう少し実戦の経験を積んでからでないとリスクが高いわ」


「ラミアム殿、その言葉聞き捨てなりませぬな。拙者、これでも戦や物怪退治など慣れているでござる。むしろ、召喚された今こそ出陣の時ではござらぬか?」


 ラミアムと姉貴達はお互い睨み合い静寂が訪れる。俺から言わせてもらえばラミアムのほうが正しいと思う。やはりここは戦い慣れした王国の騎士達に任せればいいとは思う。

 万が一、『異界』が居たとしてもシェリルがいれば問題ないだろう。あの蛇をいとも簡単に両断した力があれば。


 そんな静寂を払拭するように一人の騎士が前にできてきた。


「まぁまぁ、ラミアム殿落ち着いて。確かに経験が浅いうちは死ぬ確率が高いが、それでも戦は常に死と隣り合わせ。だが彼女たちは『神器』に選ばれし救世主なのだろう?

 なら率先して化物退治をしてくれるのはむしろ助かるではないか。私の部下の生存確率も上がるというものだ」


 言葉の端にトゲがある言い方にカチンとくる。その言い方はまるで『我々のために死ね』と言っているようではないか。


 その騎士は確か聖騎士部隊を任されているヴラド将軍。

 ヴラド将軍の発言に反応するようにもう一人の騎士が前に出てきた。


「ヴラド将軍、その言い方はないのではないですか? 彼女たちは我々のために召喚されたのですよ。むしろ敬意を払うべきです。このような年端もいかない子達を戦場に送り出すのですから」


「ふんっ、綺麗事で戦に勝てるものか。ウェイブ将軍、戦とは結果が全てなのだよ。勝たなければ意味がないのだ。なら、『異界』に通用する『神器』持ちを戦に投入するのは当然のことだろう」


 ヴラド将軍がもう一人いる騎士に睨みを効かせている。その人はウェイブ将軍。銃騎士部隊を任されている将軍らしい。この人はヴラド将軍と違い、人当たりがよくて俺にも挨拶をしてくれた。


 陰湿なヴラド将軍とは大違いだ。


「ここで揉めるのはやめてくれないか二人共。今は緊急事態なんだ」


 ラミアムは深く溜息を付き、心なしかゲンナリしている様に見えた。それにしても将軍二人相手にタメ口を聞くあの人何者なんだろうと思う。


 将軍二人の間にシェリルが割るように入ってきた。


「ラミアム、ヴラド将軍の言っていることは確かだ。彼女たちの傍には私が付く。それならば問題はあるまい。まぁ、私が付かなくても二人の実力は確かだと思うが」


 随分とシェリルは姉貴と久遠を買っているようだ。姉貴はともかく、久遠は相当な手練だと俺も思っていた。何せ、ここに来るまでの足運びが多くの修羅場をくぐってきた者の動きだったからだ。


 ラミアムは暫く考える素振りを見せてから、また深く溜息をついた。


「わかったわ。イオリ、クオン。貴方たちも出撃を許可します。――ただし、死なずに戻ってくること。いいわね?」


「ええ!」


「任されよ!」


「よし、そうと決まればイオリ、クオン。私についてこい。出撃の準備をするぞ!」


「ちょ、ちょっと待った!」


 部屋から出ていこうとするシェリル達を止める。


「なんだカズマ?」


「姉貴が出るなら、俺も戦わせてくれ! 身内が戦に出ていて俺だけ安全な場所から眺めているだけなんてできない!」


「ちょっと和真、あんたは『神器』を持っていないのよ? おねーちゃんがちゃちゃっとあんな化物倒してくるから、いい子にして待っていなさい」


 姉貴がプリプリと頬を膨らませて抗議してきた。確かに『異界』には『神器』でないと倒せないが、『凶禍』に関しては通常武器で倒せると言っていた。


 なら、俺にだって倒せるはずだ。


「まぁまぁイオリン落ち着いて。弟君はイオリお姉ちゃんが心配なんすよ。ねー? カズカズ」


「うっ――」


 イザナの言葉が直球すぎて返答に困る。確かに心配なのだが、こう面と向かっては言いづらい。恥ずかしさが先に立つのだ。


「だから提案。カズカズ、銃騎士にならないっすか?」


「はい?」


 いきなりの提案にビックリする。


「銃騎士なら聖騎士より安全な場所から攻撃できるっす。どっすか? これならイオリンの手助けできるっすよ? それに私も銃騎士部隊と一緒に動くからカズカズの安全は私が保証するっす」


 イザナは屈託のない笑みを浮かべてニコニコしている。気持ちは嬉しいがどうせなら姉貴の傍で戦いたい。


「いや、俺は剣を貸してもらえば――」


「イザナ、そんなこと許可しないわよ」


 ラミアムが話の途中に割って入ってきた。その顔はどこか険しい顔をしている。


「彼に死なれては・・・・・困るの。わかるわね?」


 どういうことだと将軍二人は怪訝な顔をしている。

 まずい。このままでは戦自体に参加できなくなる。それだけは勘弁して欲しい。


「ラミアムさん、俺は姉貴が戦に出るのに自分だけ黙って見ているのが我慢できないんです。銃騎士隊でも構わないので参加させてください。お願いします」


 深々と頭を下げる。司令室に静寂が訪れ時間が僅かに過ぎる。

 許可が下り無かったとしても意地でも着いて行くつもりだ。


 暫く頭を下げていると溜息が聞こえてきた。


「……わかったわ。ならイザナ、彼をしっかり守ること。いいわね」


 ラミアムの許可が下りたことに思わず顔を上げる。


「ちょっとちょっと、ラミアム君正気かい!? 彼は一般人なのだろう? それにいくら救世主の身内だからと言って、訓練をしていない人間をいきなり戦場に――オゴォ!」


「ウェイブ将軍、うるさいわよ」


「わ、わふぁった! わふぁったよ!」


 ラミアムがウェイブ将軍の顎を片手で鷲掴みしている光景に目を丸くする。


「おー、いてて……。まったく、ラミアム君には適わないよ。よし、それじゃ時間もないことだし、皆出撃の準備をしてくれ」


「「「はいっ!」」」


 皆、出撃の準備の為に部屋から出て行く。

 俺は走っているイザナの後ろをついていく途中、疑問に思ったことを口にする。


「なぁ、イザナ。一つ質問いいか?」


「なんすかー?」


「ラミアムさんって何者なんだ? 将軍二人に対してタメ口聞いていたけど」


 イザナは走りながらを顔を振り返り、キョトンとした顔をしている。そして俺の言葉を理解したのか笑いながら答えてくれた。


「ああ、あの人は魔道士部隊の将軍なんっすよー」


「なるほど、ラミアムさんも将軍だったのか。でもそれでもラミアムさんは一番若いはずなのになんで――」


 にやりとイザナが笑うのが見えた。


「ただし、この国の何世代も前からずっと・・・・・・・・・・らしいっすけどね」


「へ?」


 いきなり突拍子もないことを言われ思考が停止してしまう。


「あ、銃騎士隊の宿舎が見えてきたっす! さ、カズカズ急ぎましょうっす!」


「うわ、ちょ、いきなり腕を引っ張るなー!」


 そうして俺はイザナと銃騎士隊の宿舎へと入っていった。



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