2.闇に蠢く影
「ぬおおおおぉぉぉ!」
「ナ、ナルカミさん、だ、大丈夫ですか?」
「なんのなんのぉぉ! 全くもって余裕だしぃ? ……ぜぇはぁ、ぜぇはぁ」
俺は今、大量の牧草を詰んだ荷車を引いている。村長へ挨拶し、村に滞在する許可をもらった後その日の内に仕事を斡旋してもらったのだが、正直仕事の内容を舐めていた。
「やっぱり、無理しないで小分けして運んだほうが良かったんじゃないですか? 大の大人でも一度にこんな積んで運びませんよ?」
そうなのだ。縄でまとめて縛ってある牧草を荷車の積載量ギリギリまで積んだのだが、これがまずかった。まさか牧草がこれ程までに重いとは。
こんな俺に仕事を斡旋してくれたことが嬉しくて、ついつい良い格好をしようとしたらこのザマだ。
「でも、ナルカミさん凄い力持ちですね! 私一人でこんな大量の牧草を運べる人初めて見ました!」
「そ、そうかな?」
「はい! 流石男の人です!」
ううぅ、まさか可愛い女の子に褒められるとは。
親父のきつい修行がこんなところで役に立つなんて。この情報社会に武力の修行なんて必要ないと思っていたが、体を鍛えてくれた親父に今この瞬間だけ感謝。
しみじみ思っていると、前方から馬に乗った数人の人影が見えた。
ん? あれは鎧を着ているのか?
鎧を着た数人の男女が馬に股がったまま、俺たち方へ近づいてくる。
「あ、王国の騎士様たちだわ。ナ、ナルカミさん荷車を道の端に寄せないと!」
「え、あ、ああ。そうだな。よっと、ふぬぬぬぬ!」
通行の邪魔にならぬよう荷車を道の端に寄せ、騎士達が通り過ぎるのを眺めていると、先頭を仕切る女騎士の馬が立ち止まる。
その姿はサラサラと長い金髪で整った顔立ち。ものすごい美少女に思わず生唾を飲んでしまう。
他の騎士達とは装備している鎧が違い、その存在感を一際目立たせていた。
「もし、そこのお二方。つかぬ事を聞くが最近この村で何か変わったことは起きなかったか?」
「へ?」
突然の質問に目をぱちくり。変わったことと言えば俺が何故この村で気絶していたことくらいと目の前のあんた達だ。まぁ、この人に言ってもしょうがないだろうが……。
「い、いえ。あ、あの騎士様? 何かあったのでしょうか……?」
「いや、何もなければよいのだ。邪魔したな。ゆくぞ」
「「 はっ! 」」
不安そうな顔をするエウレに女騎士は微笑みを浮かべ、その場を後に後にする。
いあー、しかしどうやら此処は本当に日本じゃないみたいだ。鎧を着込んでる人なんて普通はいない。レイヤーでない限り。
それにあの騎士たちの目、強い意志のようなものが読み取れた。やはりここは……。
あれ? でもここが地球でないならなんで相手の言葉がわかるん―――。
「ナルカミさんナルカミさん! 日が暮れちゃいますので早く行きましょう! もう少しで小屋につきますから。私も手伝います」
思考を中断し、エウレの方へ。
「女の子にこんな重いものを運ばせるなんてとんでもない!」
再び体の重心を前に倒し、思い荷車を引きながら目的の小屋へと向かった。
◇
「ふぅ、これで全部小屋の中に収めたぞ。いやー、労働の汗は気持ちがいいな」
「お疲れ様です。ナルカミさん、あのこれお水と焼き菓子ですけどどうぞ」
エウレが水の入った革袋から木のコップに注ぎ渡してくれる。
ああ、荷車にバケットが載せてあったけど、水とお菓子を用意していたのか。きっと仕事が終わった後にでも出そうとしてくれてたんだな。
うーん、なんて気が利く子なんだ。
「サンキュー。……もぐもぐ、うん、うまい。エウレって気がきくし良い嫁さんになるな」
「そそそそそんな、良いお嫁さんだなんて……。 褒められるのは嬉しいですけど、なんか照れちゃいますね」
休憩している小屋の中は窓から差し込む夕日でオレンジ色に照らされている。そんな夕日に負けじとエウレの頬が朱に染まってた。
黙ったまま俯いているエウレ。今だに頬は赤くなっている。
あれ? これってもしかして……俺に好意がある?
いやいやいや、おかしいだろ。実質意識が戻って話してから数時間しか経ってないし!
この雰囲気、でも……そう……だよな? こういう時どうしたらいい!? くそ、エロゲーというバイブルで知識を得てしても所詮は童貞。テンパる!
とりえずこの場の雰囲気をどうにかしないと。
「ナ、ナルカミさん、日も落ちてきたし。そ、そろそろ戻らないと」
どうやらエウレもこの雰囲気に恥ずかしさを覚えたのか、エウレから話しかけてきた。
「そ、そうだな。遅くなると心配するだろうし帰ろ――――」
――――見つ……け……た――――
喋りながら立ち上がろうとしたら、急に背筋にゾワリとした悪寒が走る。
突然、上から聞こえてきた不気味な声に。
エウレは座ったまま顔を青くし、上を見つめている。
恐る恐るエウレが見つめる先をみると、そこにはコールタールのようなドロリとしたドス黒い大きな蛇が、屋根の梁に巻きついてこちらを覗いていた。
「――――なっ!」
夕日の光りが当たらない屋根の梁に巻き付いているそいつは、ゆっくりと鎌首をあげてきた。その口は人間を容易く丸呑みできるほど大きく、その目は赤く不気味に輝いていて気持ちが悪い。
で、でけぇ……。な、なんだよこいつは! なんなんだ一体!
エウレの方へ視線を向けると、ガクガクと震えながら床を濡らしていた。
くそ、なんとかしてエウレを連れて逃げないと。
殺るか? いや、俺一人ならなんとかなりそうだが、こんな狭い空間でエウレがいたんじゃ……。
蛇は今にもこちらに襲いかかりそうだ。
ええい、うだうだ考えていたってしょうがねぇ!
右手に持っている木のコップを蛇めがけて思い切り投げつけると、蛇はコップに勢いよく噛み付きながら地面に落ちてきた。
いまだっ!
「エウレっ! 逃げるぞ!」
「きゃっ!」
エウレの腕を勢いよく引っ張り、お姫様抱っこをし小屋の外へと走る。
扉から出たとたん、蛇が小屋の壁をぶち破って外に出てきた。
「ちぃ! やっぱり追いかけてくるのかよ!」
牧場を全力で走る。焦っているためか、一秒が長く感じる。だがもう少しで道端に出られる。
後ろをチラリと見ると、蛇との距離は十数メートル。ギリギリか。
エウレは舌を噛むまいと必死に涙を流しながら堪えているようだ。
「エウレッ! よく聞け! このまま道に出たらお前は助けを呼びにさっきの騎士のところに行くんだ! それまで俺がなんとか時間を稼ぐから、いいな!」
「ナ、ナルカミさんも一緒に……逃げ……逃げま……!」
「バカ! このまま村の皆のところに化物を連れて行く気か!? 大丈夫、そう簡単に死んでたまるかってんだ。それに、命の恩人のエウレにまだ恩を返してないからな」
「ううぅ……ナ、ナルガミさん……ぐずっ」
鼻水垂らしちゃってまぁ。
エウレを落とすまいと腕に力を込める。
「エウレ! 道が見えてきたぞ!」
エウレを木の柵を超えさせて道に降ろし、直ぐに反転。迫り来る蛇を睨みつける。
「エウレ、走れッ!」
「で、でも……!」
「いいから行けッ!」
俺の怒鳴り声にようやくエウレは納得したのか、走り出した。背中で気配が小さくなるのを感じながら思案する。
武器はない。どうする、無手で殺るか? いや、果たして打撃が効くのかどうか。熊相手なら修行の一環で仕留めたりしたが、あれは動物の弱点をついてこそだ。
こいつが同じかどうかは保証はない。
などと考えているとドロドロしたコールタールのような黒蛇が勢いよく突っ込んできた。
それを横飛で回避し、受身を取る。
蛇の体当たりによって壊れた柵の棒が俺の目の前に転がってきた。それを拾い構える。
こんな木の棒じゃあの化物に通用するかはわからんが、無いよりはマシか。
蛇は勢いを殺さず体をくねらせながら反転し、こちらへ向かってくる。
久々の実戦……。
木の棒を下段に構える。
相手は化物……。
特殊な呼吸法で気を練り上げる。
はは、可笑しすぎて笑っちまうよ……。なんで俺がこんな目に。
先ほどのエウレの泣き顔を思い出す。
だが、理屈じゃねぇんだよなぁッ!!!!
意識を内へと集中し、自身に流れる気の流れを両手に――。
「――鳴神流闘剣礼法」
目の前に迫ってきた蛇の下顎へと目掛けて――。
――斬り上げるっ!!
「二之型『剛雷』ッ――――!!」
振り抜いた木の棒は粉々に砕け散ったが、蛇の頭は真上に浮き上がり体が逆向きに折れ曲がっていた。
やったか!?
黒蛇は直ぐに何事も無かったように体を再生させ、こちらを真紅の眼差しで見つめてきている。
って効いていない!?
はは……。
じょ、上等だッ!!
だったら、その身体この手で千切り尽くしてやらぁッ!!
無手でどこまでやれるか、気の流れを変え走り出そうとした瞬間、蛇の即頭部が爆発した。
「な、なんだ!?」
立て続けに黒蛇の体側面が爆発し、爆風の余波が体を突き抜ける。
顔を腕で庇い何が起きたのか見極めると、どうやら横から爆撃を受けているようだった。
「はあぁぁぁぁ!! セイッ!!」
女性の掛け声が聞こえたと思った瞬間、技を撃っても全く効いていなかった黒蛇の胴と頭が真っ二つに両断されていた。
うっそぉ……。
跳躍しているその女性をよく見ると、それは先程すれ違った女騎士。その手には煌びやかに光る剣を携えている。優雅な動作で剣をしまう姿が美しかった。
更にその先にはライフル銃のような物を持った騎士達とエウレの姿が見えた。
は、はは……。た、助かった……。
俺はその場に座り込み、大きな溜息を吐いた。
◇
「間に合ってよかった。大丈夫か?」
「ええ、危ないところを助けていただき有難うございました」
女騎士が近づいてくる。女騎士はそれ程身長は高くなかった。先程すれ違った時は乗馬していた姿だったため、背が高く見えたのは目の錯覚だったのだろう。
にしても、こんな小柄な体型で何処にあんな力があるんだ? しかも鎧から露出している胸がデカいし! あぁ、美人さんだけど逆に見ているのが辛い。別の意味で……。
誤魔化すように黒蛇の死骸の方へ視線を向けると、黒い気泡になり霧散しているところだった。
「迂闊だった……結界内にまさか『凶禍』ではなく『異界』自体が出現するとは……」
異界? 今、ボソリと異界って言ってなかったか?
「な、なぁ、この黒蛇って――――」
「ナルカミくんーーー! 良がっだー! 生ぎでるよ~~~」
うわっ! って、エウレ!? そんな抱きついて! ……あ~あ~、こんなに顔をクシャクシャにしてまぁ。
「よう、エウレ。なんとか生きのびれた。……にしても助かったよ、エウレがこの騎士さんたちを連れてきてくれなかったら危なかった。だけど、随分と早かったな?」
「ひっぐ、ぐずっ……いっじょうげんめい走っで……えぅ……だら」
恐怖と安堵のせいか相当参っているようだ。何言ってるかわからねぇ……。
女騎士の方へ視線を向ける。
「我々がこちらの方へ向かっている時に彼女に出くわしたのだ。現場が近かったから良かったものの、下手すれば君はこの『異界』に呑み込まれていたところだぞ」
ちょうど他の騎士達もこちらに近づいてきた。
「シェリル様、被害が広がらないうちに結界の修復を……」
「そうだな。もう完全に日がくれる、急いで穴を見つけなければ。ラド、この者達を家まで送るように。ミル、イザナに通信する準備をしろ。それと発光石もな」
「「はっ!」」
ラドと呼ばれた騎士の男が俺たちの方へ振り向く。シェリルと呼ばれた女騎士は踵を返し、先程蛇が現れた小屋の方へと歩き出している。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ聞きたいことが――」
「事が済んだら、そなた達の家へ訪れる。君には個人的に聞きたい事があるのでな」
個人的な話? なんだ一体……。
などと思っていたら泣きながら抱きついているエウレが、体をギュッと締め付けてきた。
そうだった。彼女のためにも早く母親が待つ家へと送らなければ。
「さ、お二方。私が安全に家まで送り届けましょう」
「よろしくお願いします」
ラドと呼ばれた騎士の護衛の元、エウレの母親が待つ家へと向かっていった。




