114 告白 -2
「素敵ね」
彼女は室内を悠々と飛ぶ小鳥を呼び寄せる。小鳥は金属の体を肩に載せ、愛おしげに彼女の頬に体をすりつけた。
その間にも銀の蔓は彼女の体を伝い、腕を縛り、上半身を伝い、徐々に自由を奪っていく。
それは異様な光景だった。
「怖がらないんだね」
「まあ……そのほうがよかった? では、やり直しましょう」
幕が下りて舞台のセットががらりと入れ変わるみたいに、ほんの三十センチほどの距離で瞬きをした彼女の表情から微笑みが消え去った。
そして再び、怯え、困り果てたかわいそうな少女のものに変わった。
「どうしてこんなことをするのですか、マスター・ヒナガ……あなたが何を仰っているのか、私には理解できません……」
見事な演技すぎて、有利に立っているはずの僕が動揺する。
ふ……とちいさく息を吐き、百合白さんは辛そうに眉をしかめた。
「長い間、王宮で生きてきたのですもの。本心を偽るのはお手のものですよ」
どちらが本当なのか僕にもわからない。
「……ノーマン副団長を呼ぶならどうぞ。逃げも隠れもしない」
もちろん、一国の姫君をこういう形で拘束しておいて、お咎めなしですむはずがないっていうのは承知の上だ。殺したいなら殺せばいい。
天藍でもノーマンでも誰でもいい。
誰かが僕を斬るというのなら、承知する。
「覚悟は決まっているのですね」
「そんなにかっこいいものじゃないよ。僕の考えが正しければ君のほうが上手だっただけ」
彼女の愛らしい顔を見つめていると、全部何かの間違いじゃないかっていう気がする。
それは気のせいとかじゃなくて、僕の気持ちの問題だ。
彼女が好きだ。この世界の誰よりも特別で、誰とも違う。
「あなたの考えとは?」
「銀華竜を海市に呼び出したのがマリヤだっていうことは……知っているものとして話すけど……おかしいなって感じ始めたのは戦闘中だ」
僕は百合白さんの手を離し、距離を取ろうとする。
彼女はオルドルの魔法が捕まえた。もう手を握っている必要はない。
しかし……。
「どうか、このまま……話してください」
彼女はハンカチを捨てて、遠ざかろうとする僕の袖を指先で掴んで引き留めた。
「……でもそのときには手遅れだった。何故銀華竜は市街地からも離れ、翡翠宮からも遠い工場地帯に現れたのか……戦っている最中もマリヤは僕や天藍のことは二の次だった」
マリヤは僕たちを退けるとトドメを刺す間も惜しんですぐにその場から離れた。
「マリヤには共犯者がいた。それが君だ」
マリヤひとりの力では、異世界の扉は開かれない。彼女に協力していた王族がいるはずなんだ。
「僕が彼女の胸に剣を突き立てたとき、マリヤは言ったんだ。《杖》を置いたのは私じゃない……って」
リブラの屋敷でみつけ、マリヤの犯行だっていうことを裏付けた、あの蛇の杖だ。
考えてみれば当然の話だ。
あんな、証拠のかたまりみたいなもの、自分の部屋に置きっぱなしにするはずがない。
「まるで僕たちがあそこに行くのを知っていたみたいだった……でも、誰も知るハズがないんだ。行き先はオルドルの魔法で隠されていたから」
リブラの下屋敷に向かうことは、ある程度は予測できる。
でも、たったひとつしかない杖を、あのタイミングであの場所に置いて去ることができるのは……その隠された情報を知ることができた誰かだけだ。
そしてその誰かは、黒曜ウヤクから情報を得ていたマリヤであるはずがないんだ。
「天藍はあなたにこちらの位置情報を逐一送っていましたね」
星条百合白は、僕たちがどこに向かうかをマリヤに知らせることができた唯一の人物だ。
だからこそマリヤは万全に罠を整えることができた。銀華竜を誘導し、もしもフラガラッハの力がなければ、僕たちは炎の下で灰になっていた。
だが百合白さんはマリヤの弱点になり得るあの杖を、罠に紛れ込ませもしたのだ。
「反論の余地はありそうです……私はあの襲撃の最中、自宅を離れていませんよ。ノーマンが証明してくれるでしょう」
「そうだね。あなたが部屋を出たのは、銀華竜に襲われたからだ」
竜に攫われ、工場地帯のどこかへと運ばれた。
そして、僕と天藍に助けを求めるメッセージを送ってきたんだ。
「他にも協力者がいなければ、不可能なことが多すぎる」と僕は自分のいたらない推理を認めた。
鈴の音の問題もある。
異世界に渡ったとき、使われたのは星条百合白の天律魔法ではなかった。
「でも今の状況では、そうとしか考えられないんだ。そして、もしもあなたとマリヤが共犯者なら、わざわざ僕らを呼び出すはずがない。つまり、彼女を裏切って殺そうとしていたんだ。黒曜ウヤクと同じく僕と天藍を使ってね……」
「なんのために?」
柔らかで、透き通った声が歌うように囁く。
いろんな可能性があるだろう。
でも僕が出した結論はひとつだ。
「《青海文書》のため。理由はわからないよ……でもそうとしか考えられない。君は、青海文書のことを最初っから知ってたんだ。そして本を探してた」
僕から奪われ、破かれた一冊の書。その片方をマリヤは所持していたはずだ。
そして僕がマリヤで、共犯者が彼女なら、絶対に本の片割れを手放したりしない。
鶴喰砦での一部始終を体験したなら、星条百合白に近づけるチャンスを逃したりしない。
どうしてあんな悲劇を起こしたのか、どうしてあの場所でたくさんの人々の魂が見捨てられ、朽ちていかなくちゃいけなかったのか……訊ねるなというほうが無理だ。
「もちろん、君は白を切り通すこともできる」
ただし、体中に巻き付いた蔦は、僕が求める答えを得るまでは彼女の体を締め上げていく。
「恐ろしい人……意外と卑怯な手を使うんですね」
「君が、君だけが知り得た情報がどうしてマリヤの手に渡ったのか、それに納得のいく説明をしてくれさえすれば、すぐに終わるよ」
副団長は少し離れたところで、百合白さんを探してる。
ノーマン副団長の力で救われたのはこの僕なのに、恩を仇で返されたと思っている頃だろう。
「いいでしょう……」
彼女は、二度、瞬きをした。
「マリヤと出会ったのはステラ奉仕院でのことです。でもそのときすでに彼女は殺人者だった……サナーリアとかいう魔法の力で、あの看護師を殺したところ。ちょうどそのときに私が出くわしたのは、ただの間の悪い偶然」
胸が痛む。
それは鋭い刃物で薄く切り取られたような、オルドルに肉を食われるのとは違った痛みで、この国に来てから何度も味わった苦痛だった。
それにしても、こんなに素直に話してくれるとは思っていなかった。
何故だろう。何か考えがある気がする。
「ここに来た最初から、あなたにはすべて話してもいいと思っていました。ほんとですよ」
僕は魔法の形を変える。
彼女の体に絡みついた蔓は、まだ足を縛ったまま、ソファになって強制着席させた。
百合白さんの表情は、微笑みのまま変わらなかった。




