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第3話:放課後の家庭教師ごっこ


 栞凪が幸羽の勉強をみる上で、昴と一つの約束を結んでいる。

 

 それは――、


「週の月、水、金曜だけで良ければ」

「……むしろ、そんなにいいのか?」


 少し時間が遡る事、昴から幸羽の勉強をみてほしいと頼まれた日から、週が明けた月曜日の朝。


 昴が出勤してきた時間に、栞凪は職員室を訪ねていた。


 元もと栞凪の登校時間ギリギリというのあって、ほとんどの教師は既に職員室で授業の準備をしている。


 昴も朝のHRを準備していたのか、手もとには出席簿があった。


 急な栞凪からの申しでに、どこか昴も困惑を隠せていない。


「確認するが、三環さんが週の内3日を担当してくれるのか?」

「はい、そういってます」

「……それは、俺として非常に助かるが」


 どこか口ごもる昴に、栞凪は少し肩を落とした。


「最初、達宮先生の方からお願いしてきましたよね? それで改めて私なりに考えたんです。……何か問題がありますか?」

「いや、何も問題はない。嬉しい限りだ」


 声音強めに訪ねると、昴はシャキッと背筋を伸ばした。


「このことは蓮永さんにも――」

「いえ、事前に聞かされてると逃げるかもしれません。だからその場でお願いします」

「お、おう……」


 栞凪に気圧されるように、昴は目を丸くさせた。


「三環さんがこんなにクラス想いだったとは……」

「……クラス想い?」


 無自覚に発したのだろう、昴は慌てたように視線を逸らした。


「ああ、いや。こっちの話だ」


 恐らく去年の担任辺りから生徒情報を引き継いだのだろう。


 だからといって問い詰めるようなことはできず、朝のHRを報せる予鈴が鳴った。


「すまない、後は昼休みでもいいか? 進捗なんかを共有しておきたい」

「わかりました、お昼休みにまたお伺いします」


 そういって、栞凪は先に教室へと向かった。



 そんなやり取りを、幸羽が知る由もない。


「とりあえずこれが今日の範囲だって」


 昼休みの打ち合わせを終えて、放課後となった今。


 事前に昴から渡されていたプリントを、幸羽に手渡す。


「……わかった」


 ついさっきまで警戒していた幸羽だったが、栞凪からの数枚あるプリントを大人しく受け取った。


 それから手を付けようとシャープペンを持ったかと思うと、すぐには動かない。


 だが、しっかりと解こうという姿勢だけはあった。


(……え、先週の範囲だけど)


 昴から補習とは聞かされていた栞凪だったが、手渡されたプリントを目にして疑問を抱いていた。


 何故かというと、それはほぼ教科書をコピーしたモノだったからだ。教科によっては所々が空白にされて穴を埋めるだけ。中には授業で覚えておくべきと教師から忠告された部分もあり、板書を取っていればノートにメモを残している筈だ。


 ちょっとした小テスト形式化と思いきや、栞凪ですら教科書をみながら解ける。


 いや、解く必要性をあまり感じられない。


「……蓮永さん、その問題――」

「バカだって思うんでしょ」

「え……」


 あまりにも簡単どころか、復習程度を問題と扱われているプリント。


 それを解く様子もなく、シャープペンがピクリとも動かない。


 だから手を貸そうとしたが、幸羽からの拒むような態度。


「別にそんな……」


 少なくとも栞凪は、友人と期末テスト対策として勉強会のようなことをした経験がある。その時はお互いに得意な教科を教え合い、苦手を補ってきた。


 そんな感覚で幸羽の勉強をみることを引き受けたが、手鼻をくじかれてしまう。


「いいよ、頭の違いがあるんだから」


 そこに追い打ちをかけるように、幸羽のどこか自嘲気味に笑った。


「達宮先生も似た反応したんだ。アタシとしてもクラスに迷惑をかけたくないからって始めたけど、手遅れって感じがするんだよね」


 顔をあげた幸羽の表情に、栞凪は冷や水を浴びせされる。


「ねえ、どう思う。クラス委員さん」

「ど、どうって……」


 教室でみせる明るい雰囲気は微塵もなく、感情の宿らない真顔。勝ち気な目じりの奥、宿る双眸には光がない。


(もしかしなくてもクラスの噂は……)


 確証はなかったが、昴も気にかけていた。


 事実、一部のクラスメイト達からよく思われていない。


 そうと知りながらも、休み時間になれば勉強を教えて貰うために声をかけている。


 いちクラスメイトとしてその光景を目の当たりにしてきたが、無関係だと見て見ぬふりを貫き通してきた。


 だが蓋を開けてみれば、当の幸羽は擦り切れてしまっている。


 勉強についていけない自身への葛藤に、陰ではクラスメイト達からよく思われていない噂。


 そんな状況で、幸羽はあのひと月を過ごしていたのだ。


(私には……)


 どこか軽い気持ちで引き受けてしまった後悔に、栞凪は思考を巡らせる。


 だけどすぐには上手い言葉が思いつかず、そうだったとしても今の幸羽には届かない気がした。


「だからさ、クラス委員さんは座ってるだけでいいんだよ」


 まるで栞凪に期待を寄せていない口ぶりで言い放たれる。


(何が内申点のためだ……)


 ちょっとした冗句のつもりが、現実となろうとしている。


 ただ座っているだけで栞凪の内申点だけが上がって、幸羽の学力は変わらない。


 それは担任である昴がどう受け取り、評価をするのか。


 表面上、栞凪にしか旨味がない。


(それじゃあ、クラスメイト達と一緒じゃん)


 幸羽がいなかった放課後の教室は、喧騒とまではいわないが賑やかさがあった。それは一日中勉強をしていた開放感からもあるだろうが、昴から現状を聞かされた栞凪には歪に映ったのだ。


 いくら噂とはいえ、知ってしまったクラスの内情。


 とはいえ栞凪は普通の女子高生。特別何かができるわけでもなければ、しようなんて思いもしてこなかった。学校の行事だからクラスメイト達と協力して、そこから生まれた交友関係もあるが、今では希薄。


(そっか、だからあの時……)


 ふと、昴が独り言のように漏らした言葉を思い返す。


「そうだよ、クラス想いなんかじゃない」

「……クラス委員さん?」


 視線を手もとのプリントに戻そうとした幸羽だが、栞凪の様子が変わったことに小首を傾げた。


「三環栞凪」

「……え」

「クラス委員さんじゃなくて、三環栞凪」

「えっ……あ、うん。三環さん」


 目を白黒させる幸羽に、栞凪は微かに口角をあげてみせた。


「うん、蓮永さん」


 満足したように頷く栞凪に、幸羽は眉根を寄せた。


「なに、急に怖いんだけど」


 幸羽の言葉に、栞凪は教科書を乱暴に閉じた。


「別に、内申点のためとかってバカバカしいなって」

「……そう」


 視線を伏せようとする幸羽だった、強引にあげさせられる。


「これ、必要ないよね」


 手もとにあったプリントを栞凪に奪い取られ、補習どころではなくなっていく。


「確かにね」


 あまりにも容赦ない事実を突きつけられながらも、幸羽は否定しない。


 まるでホッとしたような表情を浮かべて、背凭れに寄りかかる。


 だが栞凪は、そういった意味で告げたわけではなかった。


「ちなみに訊くけど、教科の不得意は?」


「……前の学校ではそこそこだったと思うけど、理数系の点数は低いかな」


 栞凪からの質問に、幸羽は意図が読めず顎に手を当てる。


「……前の学校。確か、2年から進学と就職で分かれるんだったよね? それってクラスごと?」

「あ、うん。……たぶん」


 そうなる前に、幸羽は転校してしまっている。


 だから自信が持てず、曖昧な返答をしてしまう。


 それでも栞凪は気にしない。


「てことはだよ? 元もと授業のスピードが違うんじゃない」

「……うん。まったく違う。お陰で――」

「じゃあ、どこからならわかるの?」


 食い気味に問い詰めてくる栞凪に、幸羽はたじろいでしまう。


「とりあえず、この教科書の問題はみたことない」

「え……」


 突きつけられた教科書ごと。


 お陰で、栞凪の中で暴走していた熱が引いていく。


(……それは、補習どころの問題じゃないのでは?)


 入学した中等部から、ほぼエスカレーター式で高等部にまで進級、もとい進学している。今のところ大学も家から通え、余裕で合格できる場所と考えていた。


 他校との交流もなければ、授業の進むペースなんて知るよりもない。


 だから、1つの謎が解けた。

「……とりあえず、達宮先生に事情を話そう」


 気づいたら浮いていた腰を椅子に落ち着け、栞凪は幸羽と向かい合う。短く咳払いをして、落ち着いた声音で問いかける。


「……迷惑じゃないかな」


 対して幸羽は、自ら補習を申しでていながらの及び腰。


「補習だし、問題ないんじゃない?」

「……そういうもの?」


 あまりにも投げやりな栞凪に、幸羽は驚いたように瞬きを繰り返す。


 だが事実、栞凪にとって補習に馴染みなかった。


 ただクラスメイトに教える立場ともなれば、期末テスト対策と大差ない。


「……今からは……ムリそうだね」


 幸羽の補習への方向性が決まったところで動こうとしたが、昴は職員会議があるといっていた。

恐らく職員室には立ち入り禁止の札がぶら下がっているだろう。


 あまり立ち会うことのない状況に、栞凪は二の足を踏まされる。


「ね、ねえ、なに急にやる気だしてるの?」


 独り置いてきぼりにされる幸羽。何故か補習を受ける側でない栞凪の様子に、動揺を隠せていない。


「……やる気? そんなつもりはないけど」

「いや、そうは……はぁ、面倒なことに巻き込んだかも……」

「え、何?」


 どこか補習に対して温度感を抱きながら、今日の放課後は何もせずに解散した。



「おはよう」


 その翌日、栞凪はいつも通り登校した。


 教室の入り口前で、クラスメイト全員に向かって挨拶をする。それに対して反応が欲しいわけでなく、何となく癖のようなモノ。


 それから1年生の時に同じだったクラスメイト達と、視線や身振りで挨拶を交わす。


 その中に、幸羽は該当していない。


「ねね、今日の範囲ってこの辺だったよね」

「おお~しっかり予習できてる」

「え、どした? 風邪?」

「もぉ~何さ! 人がせっかく頑張ってみたのにぃ~!」


 教室の後ろ側、幸羽の席を中心にクラスメイトの女子が数人集まっていた。


(……朝から元気だな)


 否が応でも会話が聞こえてくるほどの声量で、幸羽を揶揄いながらも褒めていた。


 その実、本音がどの程度隠れているのか。


 お互いの教科書を開きながら予習する風景を横目に、栞凪は静かに座った。


 成り行きとはいえ、昨日から勉強をみてあげる。


 だがそれは、限られた曜日の放課後というだけだ。


 何も常日頃から勉強の面倒をみる約束はしていない。


(あの後も習ってない範囲を自力で頑張ったんだ)


 そして今の幸羽は、栞凪にとってはいちクラスメイトでしかない。


 朝のHRを報せる予鈴を耳に、栞凪の1日は始まっていった。



「それじゃ、連絡は以上だ」


 それから授業を1コマずつ消化していき、あっという間にお昼を迎えて、気づけば放課後になっていた。


 教壇に立つ昴から手短に連絡事項が伝えられ、すぐにお開きの流れに。


「ああそれと、クラス委員の三環さんはこの後職員室に来てください」

「わかりました」


 本当にこれで終わりだと、昴はその場を後にした。


 すると、どこか張り詰めていた空気が弛緩していく。お昼休みと違った、今日を終えた事への開放感。


 次第に賑やかさを増していくクラスメイトを横目に、栞凪は席を立った。


 後ろの方では、幸羽がだらしなく机に突っ伏す姿がみてとれる。その大袈裟な素振りに、よく話しているクラスメイトの女子達が面白げに笑っていた。


 幸羽からすれば本当に疲れたのだろうが、笑っているクラスメイト達からすれば日常として当たり前。


 そんな事実を知る栞凪からすると、あの時にみた幸羽は今も無理をしている。


(……何してんだか)


 それをどこか、冷めた視線で眺めてしまう。


 だからといって、栞凪が声を大にして伝えるようなことでもない。


 それはただの自己満足。


 いつまでも立ち尽くし、幸羽の様子をみているのも不審がられてしまう。


 それに昨日の今日、昴から呼ばれた理由と用件は想像できる。


 一番に事情を説明して、これからの方針について話をつけておくべきだと感じた。


「あ~疲れたぁ~ホントッ、勉強にがてぇ~」

「それなぁ~」

「てか、今日の課題多くない?」

「それ! 終わる気しないんだけど」


 机に突っ伏したままの幸羽に、集まるクラスメイト女子達が愚痴をこぼしていく。


 幸羽の様子をどこか遠くに眺めつつ、栞凪は足早に職員室へと向かった。


「……」


 その後ろ姿を、幸羽はひっそりとみつめていた。



 補習への方向性が決まった週明けの月曜日、それから一日置いての水曜日。午前と午後の授業を難なくとこなし、栞凪と幸羽は放課後を迎えていた。


 場所は変わらずあの、下駄箱前にひっそりとある空き教室。


「とりあえずこれ、達宮先生にお願いして作ってもらってみた」


 2組の机と椅子を向かい合わせるように座り、栞凪は教科ごとにまとめたプリントを幸羽に手渡した。


「……量、多くない」


 月曜日の放課後、栞凪は昴に事情を話している。


 それに対して昴は、どこか納得がいったような反応を示した。


 だが問題として1つ、困りながらも補習用のプリントを作成した末――。


「そうは言うけど、今の授業スピードに追いつくならこれくらいしないと」


 自然と物量が増えてしまった。


 栞凪としても、幸羽の指摘はごもっとも。


 ただ、仕方ない。


「とりあえず得意な教科から始めていこう」

「得意、ね……」


 途方に暮れた面持ちで幸羽は積まれたプリントの端を捲り、どこか嘲笑ったようにため息を零した。


 それは栞凪にとっても同じこと。


 乗りかかってしまった舟でもあり、こうして向かい合っている。


「比較的文系寄りみたいだけど、理数は苦手?」


 あくまで個人的なテストの点数情報だが、補習という手前で知らされていた。


「……まぁ、そうなのかな?」


 当の幸羽は気にした様子もなく、筆記用具に手を伸ばしていく。


「ちなみに三環さんは?」


 自身の顎でシャープペンの頭を押す幸羽からの、急な質問。前回と違って、会話の距離感が近い。


「私? 成績的には文系寄りかな」


 決して自慢できる成績ではないが、栞凪自身はそう認識している。


「じゃ、そっち系から教えて貰おうかな」

「……わかった」


 まるでどの教科でも構わない、むしろ教えて貰えれば良いスタンス。


 一番上に積まれているプリントの束を広げる幸羽の様子に、栞凪は小首を傾げながらも補習を始めた。



「お疲れさま」


 それから2時間と経たず、補習を終えざる得なくなった。


 見回りがてら訪れた昴から下校を促され、栞凪は荷物をまとめている。


 教える側として監督する、通常の授業以上に座りっぱなし。次からはクッションのようなモノが欲しいと思いながら、幸羽へと視線を向ける。


「半分も終わってないだけど……」


 対して教わる側の幸羽は、疲弊しきった様子で机に突っ伏していた。


 栞凪と同じく長時間の座りっぱなし。それに加えて頭も使い、ただひたすらに問題を解き続ける。


 授業と異なり、かなり疲れたのだろう。


 積まれた補習のプリントを敵視するように睨みつけている。


 ただそれでも減るわけはなく、無情にも現実でしかない。


「残りなんだけど、明日に回すね」

「ん~」


 下校の準備を終えた栞凪だったが、幸羽は未だに動こうとしない。


 ゴリゴリと額を机に押しつけ、まるで起床を拒むように駄々をこね始める。


「帰れないだけど……」


 だがここで、幸羽を置いて帰る事はできない。


 その理由として、昴から部屋の施錠を託されているからだ。帰りに鍵を職員室へと返し、そのついでに補習の進捗を報告する。


 だから先に帰ることができない。


「……そっか」


 そんな栞凪の事情を知ってか、幸羽はおもむろに動きを止めた。


 それからたっぷりと数秒かけて立ちあがり、補習のプリントを鞄へと押し込み始めた。


「帰ろっか」


 まるでついさっきまでの疲れをみせず、入り口の方へと歩いていく。


「……別に、持って帰らなくてもいいんだよ」


 だがそれに待ったをかける栞凪。


 確かに補習の進捗としては満足どころか、芳しくない。


 だからといって持ち帰らせる理由にもならず、決して促したわけでもなかった。


「あくまでアタシの方からお願いしてるから、出来る限りの事はしたいんだ」

「……そっか」


 もっともな理由を突きつけられ、栞凪は上手い言葉を返せなかった。


(なんだかんだ根は真面目なのかな……)


 幸羽が転入してきてから2か月が経とうとしていた。


 進学校という環境に適用しようと行動している。今ではそれが功を奏してか、クラスで浮くようなことない。


 ただそれは、取り組む姿勢というだけ。


 次第に様子が変わっていくことに、奇異の視線が増えていった。


 どこか人工的な色合いをした短い黒髪だったが、今では派手さはないが茶色くなりつつある。


 それに対して学校側、在籍年数が長い老教師から直接的な指導は記憶に真新しい。


 とある日の移動を要した休憩時間の最中、偶然通りかかった老教師が周囲の目を気にすることなく幸羽を呼び止めた。


 その現場を栞凪も目の当たりにしている。


 驚いたのはその老教師が怒ったことではなく、幸羽の堂々とした態度。


 しかも言い訳なのか、地毛だと突っぱねたのだ。


 そんな口ぶりと態度にも納得がいかない老教師だったが、騒ぎを聞きつけた別の教師が仲裁に。何やら説明を始めたかと思いきや、鼻息を荒くその場を後にしていった。


 老教師はまるで嵐のように去っていき、その場には一瞬の静寂さが訪れる。


 それを幸羽があっけらかんとした口調で打ち破り、笑ってみせたのだ。


 後日改めて生徒手帳を確認した栞凪は、校則としてしっかりと規定は明記されているのを確認した。


 だからといって、あの老教師が怒りっぷり。


 今さらでもあるがきっちりと校則を守っている生徒がいるかも疑問で、理不尽過ぎることに理解ができなかった。


 それに加えて、幸羽の臆さない態度。


 転入してきた当初もだが、どこまでも幸羽らしさを貫き続けている。


 そんな幸羽に、その場にいたクラスメイト達は徐々に奇異の色を露わにし始めていた。


 まるで転入当初と近い二の舞。


 さすがの栞凪も薄々と気づいていたから、ちょっとした意外性だった。


「クラスの皆はすごいよね、授業の予習に復習を毎日やってる。それに加えて課題でしょ? 確か塾にも通ってる人もいるらしいじゃん」

「……そうかな?」


 栞凪からすれば、当たり前のようなことを褒められた。


 塾に関しては考えなくもないが、ただ闇雲な理由で通いたくない。その辺は幸羽の意見に内心で同意しつつ、続く言葉に耳を傾ける。


「そんなアタシは勉強はからっきし、何か秀でた才能もあるわけじゃない。ただ毎日を気楽に過ごしてる」


 肩からかけた鞄の表面を撫でるように、幸羽は身体の半分を振り返らせた。


「周りからどう思われてるかも薄々だけど気づいてる」


 明らかな一線を、幸羽は栞凪に対して引こうとした。


(……これだ)


 肌で感じられる、幸羽からのそこはかとない拒絶。


 それに栞凪は、敵対する意思はない。


「蓮永さんがどう思っていようが別にいいけど、私はクラス委員として面倒をみているだけ」

「……押しつけられたの間違いでしょ?」


 最初はそうだった。


 だけど、幸羽は知らない。


 だからといって恩を売るわけでも、押しつけたいわけでもなかった。


「そうかもね」


 感情を呑みこむように素っ気なく言葉を返すと、幸羽は微かに口角をあげた。


「じゃ、お疲れさま」

「うん」


 教室ではみない、幸羽の刺々しい感情。


(ホッント、何なの! なんで私が八つ当たりされないといけないのよッ!)


 押し寄せてくる怒涛の荒波に苛まれながらも、栞凪は遅れてその場を後にした。それからしっかりと施錠して職員室へと。昴に進捗を報告して帰路へと就いた。



 そして翌日は変わらず。


 いや、明確に幸羽を無視するような学校生活を過ごした。


 だけど同じ教室にいる限り、否が応でも会話が耳に入ってくる。


 それすらも意識的に遠ざけようと、その日だけは1年生の時に同じだったクラスメイトの元を訪ねた。



 だがそれは気休めにしかならず、迎える金曜日の放課後。


(適当な理由をつけて休めばいいものの……)


 気づけば職員室の、担任である昴から補習の進捗を聞かされていた。


 促された椅子に腰かけながら、手渡された数枚の解答用紙。


「――と、点数としても悪くない」

「……そうですか」


 どうやら昨日は過去に行われたテストをもとに、幸羽の実力を再確認したらしい。


 1年生の2学期あたりから、現在進行形の授業を出題の範囲とされたテスト。あまりにも広すぎるため栞凪ですらも満点とはいかず、良くて7~8割程度とれればいい。


 対して幸羽は、4割の正答率。


 栞凪達が1年生の3学期あたりには履修を終えた範囲の正答率が高く、そう悲観的になる必要性を感じられなかった。


 まだ、授業についていけてない。


 それも時間の問題という、昴の認識に至った。


「範囲としてはこっちで見直していく。だから三環さんはこのまま蓮永さんの勉強をみてもらえるかな」

「わかりました」


 流れとしては昨日と同じで、プリントをもとに行っていく。


 手もとにある幸羽の解答用紙を再度見据え、栞凪は静かに席を立った。



「……来たんだ」


 無機質な音を鳴らす鍵を弄びつつ、栞凪は脚を止めた。


「……まあ」


 下駄箱が近いから偶然というわけではない。


 普段は利用されることのない一室の前。その鍵を持つ栞凪と、どこか退屈そうに待ち惚けして座り込んでいる幸羽。


 お互いが距離感を探るよう、しばらくの間を黙り込んだ。


「……開けてよ、人目につくから」

「……そうだね」


 おもむろに立ちあがった幸羽に、栞凪も手にしていた鍵を穴に差し込んだ。


 たった1日空いたからといって、変わりようのないガラリとした寂しい一室。扉を閉めるとそれが一層と増し、外の音が遠ざかっていく。


「……」

「……」


 どちらかが口を開くことはなく、立ち尽くしたままいる。


 だがいつまでもそうはいられない。


「とりあえずこれ、達宮先生から」

「……うん、わかった」


 栞凪の素っ気ない態度に、幸羽も対して変わらない。


 それが皮切りとなり、用意されている2組の机と椅子へと向かって行く。


 学生という本分をしっかりと果たすように、2人は静かにペンを走らせる。


 建前上では幸羽の補習だが、栞凪が何かを教えるようなことはなく、ただただ時間だけが過ぎていった。


 それはあっという間で、下校時刻を迎える。


 見回りの教師が来るよりも先に荷物をまとめ、どちらかが示し合わせたかのようなタイミングで一室を後にしていく。


 ほんの短い距離、それぞれが同じ方向に用がある。


 片方は職員室へと鍵の返却。


 もう片方は下校するために下駄箱へ。


 歩調を合わせたわけではなく、自然と揃う足並み。


 だからといって、会話のようなモノはない。


 別れ際の挨拶もなく、1週間という日々を過ごした。



 それから土日の2日を挟んで、明けた週の月曜日。


 1日の授業を終えた放課後、栞凪は補習室にいた。


 そこには補習対象である幸羽の姿はなく、既に30分が経とうとしている。


「……こない」


 そんな独り言のような呟きが、無情にも室内で響いて霧散していた。

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