ブラックマンデー
月曜日の五時間目、高等部一年生は講堂に集められた。この日は二時間かけて人権学習が行われることになっており、前半は講義が行われ、後半はDVDを視聴するというプログラムであった。
休み明けの月曜日でただでさえ気乗りせず、昼食後ということもあり不謹慎にも居眠りをしている生徒がちらほらといたが、六時間目のDVD視聴のときにはみんな目を覚ましていた。何もDVDを楽しみにしていたからではなく、後でDVDの感想を書かされることがわかっており、しっかりと見聞きしておく必要があったからである。
「はい、それじゃ今から流します」
担当の教師がノートPCにDVDを投入すると、プロジェクターにDVDプレイヤーの画面が浮かび上がり、動画が再生された。
すぐに、誰しもが何かがおかしいと感じた。映し出されたのは夜の街の光景で、カメラはやがて派手な色彩の電飾で彩られてた建物を映した。高校生ともなればみんなそれなりの「知識」は積んでいるから、これがラブホテルだと知らない者はいなかった。
いかがわしい光を放つラブホテルを下から仰ぎ見るようにして映していたが、やがて映像が急に乱れ、コツコツという音がした。撮影者が移動しているらしかった。
やがてまた映像が安定した。今度は道路が映っていた。建物の陰からこっそりと隠し撮りしているようなアングルであった。
道路の向こう側から、腕を組んだ男女のカップルが歩いてくる。カメラが二人にズームする。男性の方の顔にはモザイクがかけられていたが、女性の方はそのままであった。そしてけばけばしい色の明かりを受けた女性の姿が浮かび上がると、悲鳴が起きた。
星花女子学園の制服。それを着ているのは、南井里美であった。
「里美!?」
「ちっ、違う! こんなことしてない!!」
里美と沙羅が立ち上がってにらみ合う。喧騒の中でも映像はまだ続いている。教師も気が動転しているようで、DVDを止めるのをすっかり忘れていた。
男と里美は、ラブホテルに入っていった。生徒の視線が一斉に里美に向けられる。
「こんなの何かの間違いよ……」
里美の体がガクッと崩れ落ちた。
*
「里美さんはいったいどうなっているのです!?」
「余に聞かれても困る!」
美香は風紀委員の荒神世音の首を締めんばかりに詰め寄ったが、そもそも事情を聞かれているのは美香の方である。
「ダメよ、おチビちゃんが苦しんでいるじゃない」
ついでに付き添った玲奈にたしなめられて、美香は手を放した。
「ゲホゲホッ……おチビちゃんは余計です。それよりも御神本先輩、まずは余の質問に答えてもらいたい。最近、南井先輩の身の回りに怪しい動きは無かったか?」
「全くありませんわ! あの子が男なんかと浮気するだなんて考えられません!」
「取り乱すでない、余と同じく神の名を背負いし令嬢よ!」
世音が一喝すると、美香はたじろいだ。世音は厨二病ぶりで知られた名物風紀委員である。全知全能の二柱の神が宿っていると信じてやまない痛い子だが、少なくとも今は美香よりも冷静な態度で職務に当たっている。
「合気道部員からも事情は聞いている。OGと食事をした後にみんなでカラオケに行って、解散したのは午後七時をちょっと過ぎたぐらいだと。南井先輩はその後星川電鉄で帰ったと思っていたが、実のところ誰もその姿を見ておらんのだ。まっすぐ帰ったなら八時には寮に着いておるはずだが、寮生に聞いたら門限ギリギリに帰ってきたと。相違ないか?」
「ええ。わたくしもその時間帯に里美さんが帰ってくるのを見ていましたから。だけどそれは電車を乗り過ごして終点まで行ってしまったせいですわ」
「ああ。それも汝の妹君から聞いた。電話したということもな。だがそれは偽装工作の疑いもある」
「そんなことするはずがありません!!」
「頼むから、落ち着いてくれ」
世音は頭を振った。
「無罪であると信じたい気持ちはわかるが、現に映像が残っておるのだ。調べたところ、学園前駅西口近くのラブホテルで撮影されたものだとわかった。解散直後に電車に乗ったとしたら、二時間ほど逢瀬を重ねた後でも急げば門限までに学園に帰れる計算だ」
言われてみれば、あのときの里美は肩で大きく息をしていたから急いで帰ってきたように思われた。
世音はため息をつきながら続ける。
「何よりも、制服と顔がくっきりと映ってしまっておるのだ」
言い逃れしようがないだろう、と口に出さなかったものの、顔ではそう言っていた。
「御神本さん、北条さん」
取調室として使われている視聴覚室に、同じく風紀委員の雪川静流が入ってきた。「氷の女王」の異名で恐れられている彼女は、実績を買われて昨年から委員長の座に着いていた。
「南井さんは取り調べができる精神状態ではないので、ひとまず帰します。今日は教職員寮で寝泊まりしてもらうことにしたわ」
「わかりました」
桜花寮に戻ったところで誹謗中傷を受けることは目に見えている。
「妹さんの方も今は保健室で安静にしているから、後で会いに来てあげて」
「はい……」
あの沙羅がショックを受けて寝込んでいる。これが美香にとってもショックであった。里美のことを誰よりも信じてあげたいのは沙羅のはずなのに。
静流は説明を続ける。
「誰かが人権学習教材DVDとすり替えたようね。本物も問題のDVDも、どっちもラベルがなかったから先生ですらわからなかったし、いつすり替えられたのかもわからない」
「いったい、誰が何のつもりでこんなことをしたのでしょうか」
「南井さんの行いを告発するために決まっているでしょう」
「雪川先輩も、里美さんが不純異性交遊をしているとお考えなのですか……?」
「それは……本人から話を聞いていないから何とも言えないわ」
美香は声を震わせた。相手が後輩の世音であれば、また食って掛かっていたかもしれない。
「不純異性交遊の証拠となる動画を撮影したのであれば、堂々と風紀委員か教員に出せば済むことでしょう。それなのに小細工をして大勢の前で流させて。これが告発と言えますか?」
「その通りです。私もこれは告発ではないと思います」
玲奈が援護した。いつになく真剣な面持ちで。
「私は動画に映っていたのが里美さんだとは到底思えません。どうか、私に詳しく調べさせて頂けませんか?」
美香は玲奈に顔を向け、静流は眉根を寄せた。
「あなたが?」
「ええ。里美さんの無実を証明してみせます」
強い口調で言い切った。静流はしばし玲奈の目を見つめ、こう答えた。
「わかった。あなたに任せてみるわ」
「女王!?」
静流の判断に世音は納得いかないようだが、静流は意に介さない。
「ただし、猶予は三日間のみよ。それまでに無実を証明できなければ、後は言わなくてもわかるわね?」
「承知しております。明日はちょうど高等部の入試で自宅学習日になっていますよね? 三日と言わずに明日のうちに解決いたします」
玲奈の大言壮語に、美香はただ目を丸くするばかりである。だが、本気であることはひしひしと伝わってきた。
「この私に冗談は通じないわよ?」
「ええ、冗談ではありませんから」
「わかりました。その言葉、よく覚えておきます。行くわよ、荒神さん」
「ああ、ちょっと……お二方、今日のところはこれにて失礼する」
静流と世音が退室すると、美香は玲奈に詰め寄った。
「ちょっと、あんな大層なことを言って大丈夫なの!?」
「さあ、今度は沙羅さんのお見舞いに行くわよ」
玲奈は美香の質問に答えず、強引に手を引いて保健室へと向かった。
*
「お姉さま、ご心配をおかけしました。申し訳ありません」
ベッドの上で、沙羅が謝罪の言葉を述べる。
「謝るのはおよし。沙羅の辛い気持ちはわかっているから」
「里美はどこに?」
「今日は教職員寮で寝泊まりすることになったわ」
「そうですか」
沙羅はうなだれた。
「私は里美のことを信じています。でもあの映像が流れた瞬間だけは、里美のことを疑ってしまったのです。私が取り乱したせいで里美を傷つけたとしたら……ああ……」
嗚咽が保健室に響く。美香も涙腺が緩み、沙羅を抱きしめて一緒に泣いてあげた。七年前に祖父を亡くして泣いていた美香を、沙羅が慰めてくれたように。
玲奈もしゃがんで沙羅と目線の高さを合わせ、やさしく沙羅の短い髪を撫でた。
「沙羅さん、あの映像は偽物に違いないわ。私に任せなさい」
「やたら自信があるようだけど、何か良い解決策はあるの?」
美香は目元を拭いながら玲奈に尋ねる。
「私の実家の力を借りれば造作も無いことよ」
「あなたのお家が? ゼネコンが一体何ができるというのよ」
「北条組はね、単に重機を動かしたり、ロードローラーを転がしたりするだけの会社ではないのよ?」
玲奈が笑みをたたえて、美香の肩を叩いた。
「そういうことで、あなたも一緒に来るのよ。北条組に」
「はい?」
うふふ、と玲奈は笑い声を上げるのみであった。
風紀委員ズ紹介
・荒神世音(楠富つかさ様考案)
登場作品『深淵ニ舞フ昏キ乙女ノ狂詩曲 ~厨二少女だって百合したい!~』(楠富つかさ様作)
https://novelup.plus/story/108976681
・雪川静流(百合宮伯爵様考案)
登場作品『氷の女王に、お熱いくちづけを』(百合宮伯爵様作)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893759385




