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独占欲


 木製の盆を抱えて帰ってきた彼は、入ってくるなり私を見て目を見開いた。

 なにかしら、と文句を言いたいのを抑えて、重そうなそれを片手で持ってドアを開け放したままの彼を手伝うために駆け寄る。



「ありがとうございます。手伝うわ」

「……じゃあドアを閉めてもらってもいいか」

「はい。で、何ですか?」


 テーブルに皿を置いている彼に聞く。

 ワンプレートにしてくれたようで、小さな丸いパンに、サラダと、パスタが少し。スープカップには黄金色のコンソメスープ。綺麗に盛りつけられた私の皿とは違い、彼の分は乗せられる極限まで乗せてあった。

 

「なに、とは」

「どうしてか目が覚めたような顔をしていらしたので」

「うん、まあそうかもしれないな」

「まあ、寝てらしたの?」


 嫌味を柔らかく受け取った彼は、私の椅子を引く。

 座ると、彼も席についてフォークを手に取った。


「寝ていたというか、意識の違いというか」

「はい」


 私はパンに手を伸ばし、小さくちぎる。


「いつもの君の姿を見られたから、少し気が抜けたのかもしれない」

「……そうですか。髪が暴れておりますが」

「ふっ」


 思わずと言ったように笑みが喉からこぼれ落ちた彼は、すぐに「かわいいと思うよ」などとお情けのお世辞を送ってくれた。私の照れ隠しを見抜いているのだ。


「外ではずいぶん無口なのですね」

「そうか?」

「ええ、アンナからあなたの外での評価を聞いていましたけど、あんなに無口だと思いませんでした」

「興味本位だが、彼女から聞いた評価を聞いても?」


 聞かれ、アンナの言葉を思い出す。

 確か……血気盛んな男共の中でも諍い一つ起こさない、むしろやわらかい統率力があってみんなをまとめ上げていて、それでいて出世欲がないから安定感があるって、あなたのお父様は大変気に入っていますよ。訓練は黙ってこなしているし、不調の者にもすぐ気づいてフォローする上に、酒に強くて、女遊びもなさらないときた、とべた褒めだった気がする。


 それをそのまま伝えるのは気が引けて、トマトとベーコンのパスタを巻いている彼に向かって簡潔に伝えた。


「荒くれ者たちの中でそつなくこなしている、と」

「なるほど、悪くないな」

「私は向き合っているときのあなたしか知りませんけど、よくおしゃべりをなさる方だと思っていましたから」

「君と話すのは面白いからな。けど、確かに本来はそんなに話さない」

「失言をしないように慎重になさっているのかしら」

「そうなのかもしれないな。気にしたことはないが、考えている間に会話が流れていることはよくある」

「難儀な人ですね」


 スープを一口。やはりいつも飲むものと違いはあるが、だからといって「おいしくない」とは思わなかった。むしろあっさりしていて食べやすい。意外と私は贅沢をせずとも暮らしていけるような気がする。それに。


「? 嬉しそうだな」

「はい、まあ。あなたが気を張らずに私と話して下さっていることが嬉しくて」

「そうか」

「そうです」

「……君は俺と違って外でも可愛らしく話ができるみたいだが?」



 ふと、その声に不穏なものを滲ませて、彼はサラダにフォークを突き立てた。そっと、あくまでも静かに。



「ジェイともずいぶん仲が良いし、リックとも親しい」


 馬上だとしても、存在を消しているくらいに何も言ってこなかったので全く気にしていないと思っていたら、気にしてくれくれていたらしい。


「リックは……ご存じと思いますが、誰にでもああですよ」

「知っている」

「ジェイは私の子守のような人でもあったので」

「そうらしいな」

「ふふ」

「なんだ」

「ありがとうございます」


 誤解などしていないらしい。けれど、それでも気になってくれたことが嬉しかったし、隠そうとしないところが愛おしかった。

 私がにこにことしているからか、彼は毒気が抜かれたように浅い息を吐く。


「それで? 君はユーリがいないと寂しいのか」


 観念したように、さらに正直に心の内を見せてくれるようだ。

 私は笑みを少し引っ込めて、首を傾げた。


「何の話です?」

「誤魔化すのが下手すぎるぞ」

「あなたが許して下さるので、つい。昨日の昼のことですよね?」

「ああ」


 ユーリの背後に彼が見えたので、少し嫉妬させるつもりで言った「寂しいからいつでも会いに来て」という言葉のことを問いつめられているらしい。きっと、ジェイとリックの話はこの話を無難に出すためのものだったのだろう。

 無表情に見える顔で、彼は皿の中身を空にしていく。


「あれは、私も、と言ったのです。私が、寂しいわけではないわ」

「なんだそれは」

「三人でいることを懐かしく思う寂しさはありますけど、ユーリがいなければ寂しくてたまらない、などとは思いません」

「ユーリ自身は寂しいそうだが? 毎日一緒にいたから、と」

「それは、私に対する言葉ではないので」


 にっこりと笑う。

 わかってくれなくては困る。

 人の恋を、べらべらと話すわけにはいかないのだ。


「グレースではない?」

「はい。私ではなく」

「……」

「ユーリは、私に会いたいわけではないのです」

「なるほど……わかった」

「無粋でなくて助かります」


 ほっとしたように、けれどばつが悪そうに、彼は頭を掻いた。


「そうか……そーかあ」

「はい、あの二人のことはそっとしておいてくださいませ」

「ああ、もちろんだ」


 食事を終え、木製の盆に皿を戻す。


「俺が行くよ。君が行けばかなり目立つからな」


 彼も空になった皿を置くと、すぐに立ち上がった。


「キリ様」

「なんだ?」

「気をつけて下さいね。ユーリはあれでいて、独占欲の強い男なのです」

「独占欲?」


 瞬くように繰り返す彼に、頷く。


「そうです……いつも傍にいて誰にも笑いかけて欲しくない、その心が自分だけに向いていて欲しい……髪の一本まで、自分のものであって欲しい、そういう感情が、独占欲です。どうであれ、相手への愛情だと私は思います」


 私は彼の目を見つめ、微笑む。


「キリ様、私はこのまま休みます。おやすみなさいませ」





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