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外の世界


 小隊を作る、と言っていたが、実際はほとんど旅行らしい。

 休暇を消化していないものたちで、ドージアズから決まった道を通って宿を取り、彼の古巣である「森」の前まで行く。入れるのはいつも顔なじみだけらしいが、森に入ることよりも、ドージアズの小隊がその旅路を通ることに意味があるのだそうだ。


 私は馬の手綱を緩く持ち、ドージアズの関門を越えた途端に広がる木々の間から漏れる光や、さわやかな風にそっと目を閉じた。








 あれからアンナに、新婚旅行に行ってくる、と伝えて用意をし、心配してついて来るというアンナをどうにか説得して翌朝私の実家まで送り届けた。

 アンナと私の愛馬を交換してユーリに見送られ、彼の仕事場である軍部まで走ると、門の外で見知った顔が三つ、私を待っていた。


「あらまあ、お父様。お久しぶりでございます」

「……馬から下りて挨拶をしたらどうだ」

「お元気そうで何よりです」

「お前もな」

「飲み過ぎてはいらっしゃいませんか? もう若くないのですからお体にお気をつけ下さいませ」

「これは下りる気も顔を見せる気もないですねえ」


 カラカラと笑ったのはジェイだ。

 素朴な格好の上に大きなベージュのマントを着込み、長い髪を結ってフードの中に隠してあるので、一見して小柄な男性に見えるだろう。

 夫はというと、馬に乗った私の姿をしげしげと眺めている。


「乗れるんだな」

「ええ、少しだけですが。嗜みとして」

「何を言っているんですか、馬術でお嬢様の上に立てる者などいないでしょう」

「いじわるよ、ジェイ」


 ジェイは昔から気さくに遊び相手をしてくれるが、立場を決して忘れてくれない。

けれど壁は感じず、にこっと笑みを向けられると、つい同じように返してしまう不思議な安心感があった。


「今回は新婚旅行のお供として一緒に参りますね」

「視察だ」


 父が訂正するが、ジェイはそのまま「視察と言う名の新婚旅行です」と悪びれず言い換える。


「ジェイも一緒なの?」

「はい。シダ様亡き後はお父上様とともに私も随行していたので」

「そう。心強いわ。では、行けないお父様がここに何をしにきたのかしら」

「寂しかったのかもしれませんねえ。シダ様から受け継いだ役目を婿殿に譲られるんですから」



 ちらりと父を見てジェイが言う。険しく見える目に睨まれても言えてしまうところがジェイだ。

 私は父に丁寧に目礼をした。


「お父様、寂しくて悔しい中、お見送りに来て下さりありがとうございます」

「お前はどうしてそうジェイに似て育ったんだ」

「お父様よりたくさん遊んでもらったからではないでしょうか。ちなみにユーリもよく似ています」

「照れますね」

「……もういい、さっさと行け。俺は戻る」


 父はふうと小さく息をつくと、さっさと門の中へと戻っていった。


「気は済みましたか?」


 ジェイに聞かれ、首を傾げる。


「さあ、どうかしら」


 ジェイも、父が彼を家で匿っていたのは知っているのだろう。仕返しもどきを手伝ってくれたことに、笑って感謝を示す。

 受け取ってくれたのか、私より一回り下と言っても過言ではない笑みが返された。

 そして、隣に黙って立ったままの彼の背を叩く。


「おとなしいな、キリ」

「そういうわけではありません」

「おお」


 明らかにむすっとする彼を見て、ジェイが目を輝かせて私を見たので、頷いておく。手出し無用と理解したジェイは「じゃあ、あいつらと馬をつれてきますね」とその場を離れて行った。

 そうして、やや不機嫌な夫と、残り三人の顔見知りの男たちとともに、私たちは馬に乗ってドージアズを出ることになったのだった。





   ○





 木々の間の整備された道を列になって進み、ドージアズの隣国、小さなミドの国へ。


 ドージアズはほとんどがソラシオスのように大きな国に接しているが、背後にある国は小さいものばかりだ。武力だけの国と蔑まれているが、ドージアズが小さな国々の要塞になっていなければ、その地を巡って戦争が頻発していただろう。


 ミドへと続く道は小隊が通っているだけで歓迎された。誰もそこに女である私が混じっていることは気づかなかったし、誰かなど気にしなかった。ドージアズの紋章を身につけた馬が歩いているだけで彼らに安堵の表情を与えていたのだ。

 強いということは、この先にある国々にとっては平和の願いであるのかもしれない。

 それが少し、誇らしかった。



「お嬢、そろそろ着きますよ」


 先頭で緩やかな坂を歩くリックが活発な笑みで振り向く。

 ジェイが連れて歩いていたときに挨拶をするくらいのただの顔見知りだというのに、いつ会ってもこのフランクな態度なのが不思議だった。リックの中の「知り合い」の定義の深さは、きっと私には計り知れないのだろう。

 

「お嬢はやめてちょうだい」

「えー、お嬢はお嬢ですよ」


 それでもその振る舞いが気にならないのは、ひとえにリック自身の底抜けの明るさのなせる技だ。道中、にこやかに人々と話をしていたことも心強かった。

 


 ふと、坂道を上りきる前に風のにおいが変わったことに気づく。

 地面から立ち上るむせかえるような自然のにおいから、人々が生活する様々なにおいへ変わったのだ。



 急いでリックの隣に並ぶと、開かれた国がそこに広がっていた。

 石造りの背の低い建物が奥まで並び、そのさらに奥にボウルを伏せたような森が見える。



 関門も屋敷も城もない、人々が自由に暮らす国。



 隣に並んでくれた黒馬に乗った彼を見上げれば、その目は初めて外の世界を見た私を、慈しむように微笑んでいた。




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