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賭け


「……6を出して下さいませ」

「俺は持っていないが」

「私も持っていないんですから、持っているのはあなたでしょう」

「君が持っているハートの9を置いてくれれば、次はどこからか6が出てくるかもしれないなあ」



 むっと見上げる。

 テーブルに並んだトランプは、中心に7が並べられ、左右に数字の順に広がっているが、スペードの6が未だに出されないせいで私の5が置けないままなのだ。

 もちろんハートの9は私が止めてある。

 なぜなら、9から先が彼の手札であることが間違いないからだ。


「パスをします」

「頑固だな」


 彼がおかしそうに笑う。

 帰ってきてからもう一週間、毎日今までと変わらず「遊んで」いる。

 変わったことと言えば、朝に早く起きて朝食をともにして、そうして屋敷外の門まで見送りをして、彼の帰宅時には出迎えて、一緒に夕食を取ることが「普通」になってきたことだろうか。


 早起きについては無理をするなと言われたが、意外と苦ではなかった。

 境界線を作って一緒に眠っていても、彼が目覚めて部屋から出ていく気配に敏感になってしまい、勝手に同じ時刻に目が覚めるようになったからだ。

 早い話、ベッドに一人残されるのが寂しく感じるようになってしまった。

 それを言うと、彼が真顔で耳を真っ赤にしたので、それからは今まで以上にストレートに物申している。



「思ったのだが」

「はい、なんでしょう」

「君はずっと勝ち続けているよな」

「そうですね。勝てるものを選んでいるので」

「わざと負けるつもりはない、と」

「ええ。わざと負けてあなたを襲ったりしませんから安心して下さい」

「……っ」


 むせた。

 彼があからさまに動揺する。こういうところを見たくてわざと口にしているのをしっかり見抜いているので、彼は私をよく睨むようになった。

 まあ、その顔も可愛いのだけど、それは胸のうちに秘めておく。


「襲われたりなどしない」


 トランプの手札を広げ、6のカードを置かずに私を見ている彼に、首を傾げる。


「なぜです? 私が女だからですか? 女だからこそいくらでもやりようがあると思うのですけど?」

「グレース」

「怒らないで下さいませ。わかっています、私があなた目当てに手抜きをせずにいることを褒めて下さろうとしたのですよね」

「……グレース」

「あら、キリ様。もうパスは三回使いましたので、使えませんわ」


 彼はふと脱力して大きなため息を付いたかと思うと、くつくつと笑い始めた。

 手札で顔を隠す素振りをする。


「ずいぶん攻めるな」

「あら、わかりましたか」

「いくら何でもわかるぞ。俺を動揺させて勝機を掴もうとしているが、残念ながらそろそろ君のストレートな言葉に慣れてきたよ」

「それはつまらないわね」

「と言っても今回も俺の負けかな」


 彼の手札からスペードの6がようやく出され、私はすぐさま5を置く。

 彼が4を置き、私が3を。

 お互いの手札を見てハートの9を置いてやると、とんとんとトランプが並んでいった。

 もちろん、最後の一枚を持っているのは彼だ。


「では、私の勝ちと言うことで」

「だな」


 最後に彼が置き、綺麗に並んだ51枚のトランプをよけて頬杖をつく。

 ここ一週間、気になったとことを聞くためだ。


「勝つ気がありますか?」

「ん? 俺か」

「そうです。私と初夜を過ごす気はないと聞いていたもので」

「ああ、言ったな。確かに今はない」

「残念です」

「グレース」


 彼はわかっていない。

 私が踏み込んだことを言うと、必ず私の名前を呼んで、目を見て、私の言動を諫めるようとするのだ。ほとんどが照れ隠しでもある。


「冗談ですってば。勝つつもりで本気で勝負をしているのは、初夜を回避したいからですもの」

「……そうか」

「はい。心をいただいてからにします」

「そうか」

「本当に、慣れてきてしまいましたか」

「まあな」

「つまらないわ」

「それはよかった」

「どうしましょうか」


 私が言うと、彼はトランプを一枚一枚丁寧に手にとって片づけながら「なにが?」と聞いてきた。

 たまに、かしこまった言い方ではない時がぽろりと出るときがある。それがまた、嬉しい。


「勝負のことです」

「やめるつもりか」

「いいえ。ただ、賭けるものを変えませんか? 今までは初夜を賭けていましたけれど、今は二人ともそれを望んでいないでしょう。望んでいないものを賭けても楽しくはありません。お互いが、こう、真剣に賭けられるものにしましょう」

「賛成だ」


 次々とトランプがテーブルの上から消えていく。

 ふと、彼が私に勝って望むものとはなんだろう、と思った。

 私が、彼に望むもの。


「君は何を望む?」

「そうですね……どんなものでもいいですか?」

「なんでもいいよ」

「あっさりと許して下さるのね。それは信頼されているのかしら」

「もちろんだ」

「では、私が勝ったら、眠る前に少し、手を繋いで欲しいです」


 ぴたりと彼の無骨な手が止まる。

 それから立て直すように、すぐにトランプを一枚、ゆっくりとした動作で回収した。


「わかった」

「ありがとうございます。それで、あなたのお望みは?」

「ああ」


 彼は集め終えたトランプを机で整える。


「君のことが知りたい」

「私のこと、ですか。いくらでもお話ししますが」

「それじゃあ面白くないだろう。俺が自分から知りたいんだ」


 なるほど、つまり「狩り」をしたい、と。

 私は頬杖のまま軽く頷いた。


「わかりました。では、私はあなたと話すときは、自分の話は伏せておきますね。たとえば、ユーリといくつまで一緒に寝ていたか、とか、ジェイが私の婚約者候補であったこと、とか、きちんと黙っておきます」

「待て」

「なにか?」

「……賭けのルールを変えたのなら、勝負は交互に好きなものを選ぶのはどうだ。それでこそ公平だと思うのだが?」



 私は「もちろん、いいですよ」と快諾する。

 少しは本気で勝ちに来てくれるようだ。

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