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変化


「気持ちは変化します」


 真っ直ぐ見つめてくる目に、私は言う。


「あなたのために犠牲になったとは思っていません。あなたが望んでいない私かもしれないけれど、私は今の自分が好きなのです」


 どこで変化したのか、自分でもわからない。

 会話をするたびに、彼に勝つたびに、剣を振るうたびに、何かが私の中に降り積もって、気持ちがやわらかく変化していった。それに気づくのが突然だっただけなのだ。

 突然、彼がほかの誰かとは「違う」存在であることが私の真ん中で確かになった。


「あなたは? ほんの少しでも、私への気持ちは変わっていませんか?」


 彼が微かに瞳を揺らした。

 浅い息を吐いて頬杖をやめ、観念したように小さく笑う。


「……以前の俺は、この結婚を無難に過ごしていこうと思っていた。あのパーティーとやらの君の振る舞いはとても興味深かったし、仮面夫婦で過ごしたいと言えば君が受け入れてくれることもあれでわかってどこか安心していた。後は離れにでも居て、自由に過ごしてもらおうと。でも」

「はい」

「君は、俺に全く媚びを売らないし、むしろ初夜を掛けて勝負を言い渡した。それも中々強い。俺が知らない遊びばかりで楽しそうにしているし、俺に仕事をしろと言うかと思うと、俺の仕事を手伝うとも言い出す。頑固で、笑うと可愛くて、甘え下手なところを見ていると、結婚の相手が君でよかったと今心底思っているよ。さらに正直に言えば、自業自得だが、君と会えなくて寂しくもあった」

「……はい」

「君からの好意は迷惑ではない。ただ、戸惑っていただけだ」


 危なかった。

 途中照れてしまいそうだったが、彼がきっぱり言った言葉に、私は反射的に首を傾げ「では」と口にしていた。


「では、なにが問題なのですか?」


 なぜかびっくりした顔で夫は私を見るので、私もつられて驚く。


「ですから、私の好意が迷惑でないのなら、なにが問題なのですか?」

「……問、題?」

「ええ。ここはドージアズで、あなたが誰を贔屓しても選んでも好ましく思っても、誰も気にしない。災いの種になんかならないし、周囲を困らせることはないじゃありませんか。だって、私たちもう夫婦ですもの」


 そう、夫婦だ。

 彼が「好意は災いの種」と認識していても、もう既婚者なのだから、そもそも周りが彼を巡ってややこしいことになることはない。

 目を見開いたままの彼は「……確かにな」とぽろりとこぼす。


「そうですよ。私の好意なんて、あーそうなのか、くらいで流して都合良く扱えばいいんです」

「それはできない」


 はっきりと言った彼を、私は微笑んで見つめる。


「そういうところも好きです」

「……返事を」

「はい?」

「何か返事をしなくては、と思って考えていたんだ」

「一ヶ月もですか」

「一ヶ月もだ」

「……、ふ」

「笑うな」

「す、みません。それで、一ヶ月考えて、わからない、と」

「ああ」

「そうですか。なら、考えてわからないものは仕方ないですね」

「それでいいのか?」

「それ意外にどうにかできますか?」

「いや」

「ですよね」


 私が笑っていると、彼は不思議そうにじっとこちらを見ていた。

 子供が、本当に母親に叱られないのか観察しているようで、私は思わず「大丈夫ですから」とできるだけ優しく伝える。


「大丈夫です。私たちは夫婦だし、私はあなたを好きで、あなたがそれが迷惑ではない、と言うだけで十分ですから……あ、でも一つだけ答えて欲しいことが。いいですか?」

「俺に答えられることならなんでも」

「あれは、今どこにあるのかお聞きしても?」


 私はテーブルの前に置いていたハンカチを、そっと広げた。

 スゴロクの黒い犬の駒がコロンと横になっている。


「持っていたのか」

「はい。あなたが無事であるように、と。と言っても、持たずにいられなかっただけなのですけど」

「そうか」


 彼はそっと目を伏せると、上着の内ポケットから取り出したそれをテーブルの上に置いた。

 まるで高価なもののように大切に。


 白い猫。

 傷一つないその姿が、彼がそれを大切に持っていてくれたように感じた。

 安堵なのか喜びなのか、思わずほっと息が漏れる。


「捨てていなかったのですね」

「捨てられるわけがない」

「どうしてですか?」

「君からもらったものだからな」


 当然のように答える。

 これでいて私への感情は「よくわからない」というのだから、どうしようもない。


「でしたら、私の気持ちも同じように受け取ってもらうだけでいいのです。私はあなたを勝手に好きでいます」

「君は俺を甘やかしすぎじゃないか?」

「そうですか? 勝手に恋をするのが辛くなったら、そのときは離婚をお願いするつもりです。私を大切にしてくれる人の元へ行きますから、あなたが気負うことはありませんよ」

「グレース」

「はい」

「聞いていいか」

「ええ、なんでもどうぞ」

「……今日、もし俺が帰らなかったら、ユーリと剣を? 俺以外としないと約束をしたのに?」


 彼は表情をぎこちなく笑みの形にした。険しい目を隠そうとしているようだが、隠し切れていない。私もにっこりと笑いかける。


「いいえ?」

「……」

「ユーリには約束を守る義理はない、と言いましたけど、そう言えばあなたが戻ってくるのではないかと賭けていたのです」

「……」

「キリ様。あなた、自分で思っているよりも、私を大切に思って下さっていますよ」



 私は立ち上がる。

 私を恨めしげに見上げる彼の照れたような目に、もう一度笑みを返す。

 この勝負だって、絶対に負けない。

 

 いつか、彼に愛の言葉の一つでも自分から言ってもらうのだ。




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