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災いと静寂



「本気だが?」


 愛の告白もどきを聞いて、本気ですか、聞いた私に、きょとんした顔が返される。


「どうして変だって顔をするんだ」

「あなたが本当に変だからです」

「失礼だな」


 子供のようにむっとされ、私が笑うと彼は仕方なさそうに眉を下げた。

 甘やかすのが上手だわ。

 ならば、私もあなたを甘やかそう。


「それで、あなたは私が必要なんですか?」

「必要だよ」

「でも私があなたを好きなのは困る、と」

「そうじゃない。君に好意を持ってもらったことを、迷惑だとか、困っているわけじゃない。あの夜の話もそうなんだが」


 彼は逸らしていた視線を私に向けた。

 あの夜。

 あの、私が戦地に向かうことも知らずに勝負を仕掛け、喧嘩腰に初夜をしましょうと迫ったあの夜のことだろうか。


「ああ、君を初めて抱きしめたあの夜だ」

「それがなにかしら」

「照れているな?」

「照れていません」

「まあ、その夜に君が言っていただろう。正しい距離に、と」

「言いました。あなたがそれを望んでいましたから。私にすることは全て、自分のためであると。領分を侵さず、敵対せず、協力し合うために、私に接しているに過ぎないのだから浮かれた勘違いするな、と言ったじゃありませんか」

「……ああ、うん。なるほどなあ」


 彼が脱力したように呟く。



「俺は、俺がしたくてしているだけだから、気にしないで欲しい、俺には何も気遣わなくたっていい、と伝えたつもりだったんだが」

「それにしては」


 私はそこまで言って、彼の言葉を思い出す。



 ーー俺が君に気遣いをしていると思っているのなら、それは気にしなくていい。ただ単に俺が面倒なことが起きぬよう、自分のために気を回しているのが癖になっているに過ぎない。君の領分を侵さず、敵対せず、協力し合うためのものだ。意味などないよ。



「言い方がキツすぎではありませんか?」


 あれは明らかに牽制だった。

 近づくな、と受け取れるものだった。

 少しだけ睨み上げると、彼は白状するように小さく息を吐いた。



「好意を向けられるのは災いの種だったから、つい癖であんな言い方しかできなかった。ただ、俺は君に、俺に対して無理をして欲しくなくてそう言ったつもりだったんだ。ただでさえ、君にとっては不本意な結婚させられた身だろう」


 ばつの悪そうな横顔を見ながら、私は思わず首を傾げていた。


「災いの種とは」

「……そこは流してくれ」

「いえ、きっと大事なところですから遠慮なく聞きます。で?」


 私が引かないことを悟ってくれたのか、夫は「災い」とやらについて言いにくそうに話し始めた。


 夫曰く、

 多種多様な価値観の中育つ課程で、他者と軋轢を生まない丁寧な人間関係を構築していた彼は、その他の民族からもよく目をかけられていたが、それに比例するように見合い話は絶えずくるし、少女達は争うし、下手な勘違いをさせないようにそれはそれは気を揉んでいたという。

 幸い彼の育ての親の力が大きかったおかげで、今まで無事だった、と言うのだから、彼を巡る大人や少女等の駆け引きは、彼やその周囲にとってはさぞ疲れるものだったのだろう。


 なるほど、と私は大きく頷いた。


「あなたにとって好意は、ぞっとするようなものなのね……」

「そこまで言っていない」

「見目よく剣の腕も立ち、振る舞いも美しいのだから、見込まれても仕方ありませんわ」


 私がうんうんと納得していると、なぜか彼は私を見て驚いていた。


「そんな風に思っていたのか」

「ええ。客観的事実として」

「君は?」

「私ですか? 変な人だと思っていますよ。子供のような人だと」

「……そうか」


 なぜか不服そうにしているが、嘘などついていない。


「そういうところが好きなのですけど」

「……そうか」


 今度は照れたわ。

 私は頬杖をついて視線を逸らす彼をじいっと見つめる。

 真っ直ぐに好意を伝えてみたが、その顔に嫌悪は感じないし、今戸惑っている様子もない。ふつうに、ただ照れている。可愛い。


「ぞっとしましたか?」


 聞くと、ぎょっとした彼が私をようやく見た。


「まさか」

「ですよね」

「顔にでているのならどうして聞くんだ……」

「念のためです。あの、もしかして、この国に来た理由はその災いとやらに関係がありますか?」


 彼は頷く。


「ああ。君の父上からドージアズにくる条件を聞いたら、この国の娘との結婚という。願ったり叶ったりだった。向こうが決めた相手と結婚するのなら、俺自身が誰かを選ぶ必要はないし、選んだことによってパワーバランスが崩れることもないし、なにより煩わしくない。ドージアズで、あの森の自治区を外から守れることも大きかった」


 最後の方がきっと本音だろう。

 彼は森を外側からの力で守るために来たのだ。ついでに、彼の将来の妻について「周囲を」悩ませることもないから、決めたのだろう。

 どうりで、あのパーティーで誰も選ぼうとしなかったはずだ。彼にとって「妻」は本当に誰でも良かったのだ。それは、私も同じだ。


「私の結婚も、いつか誰かと、今までの令嬢達のように強さの犠牲になると承知していました。あなたは私と、私はあなたと夫婦になると、私たちの意志とは関係のない所で決まっていたけれど、あなたでなければ私はこんな気持ちにならなかった。この結婚は、今の私にとって不本意ではないわ」


 私の言葉に、逸らしていた視線がゆっくりとこちらに向く。

 ゆったりとした湖にふと月明かりが差し込んだような、美しい静寂がそこにあった。


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