ヴァニエルの後悔(7)
扉が軽くノックされ、バルドが入ってきた。マリアはその音にはっと目を覚まし、慌てて起き上がる。
「マリア、明日も早いだろう、もう休みなさい。」
バルドが告げると、マリアは頷いて荷物をまとめる。最後に、頬を少し赤く染めながら俺の目を見つめ、
「では・・・また職場で」
と、軽く頭を下げると、急いで部屋を出て行った。
部屋には、再び俺とバルドだけが残された。バルドは少し考え込むようにしながらも、静かに俺の方を見た。
「…具合はどうだ?」
バルドは真剣な表情で尋ねる。彼の目には心配の色が浮かんでいた。
「大丈夫だ、少し休んだら治る。」
俺は答える。
「無理はするなよ。明日もお前は休みだ。…安心しろ、有給だ」
俺はバルドの言葉に感謝し、軽く頷く。しかし、その後、バルドはじっと俺を見つめながら、何かを考えている様子だった。
しばらくの沈黙が流れ、バルドは口を開く。
「あの防御魔法と、剣捌き…」
考え込むような姿勢のまま、バルドは続ける。
「お前も、貴族だったんだろ?」
「え?」
その言葉に俺は微かに目を見開き、バルドを見つめた。
「お前『も』って、今…」
「ああ」
バルドはバツが悪そうに頭を掻いた。
「俺も、かつては貴族だったんだ…しがない男爵の嫡男だったがな。当時は自分が貴族であることを鼻にかけて、平民から金を巻き上げていた。自分が貴族であることに慢心して、みんなを見下していたんだ。」
俺はその言葉を聞いて、胸に響くものを感じた。自分にも似たような過去があったからだ。
「んでそれがバレて、追放された。」
バルドは笑いながらも、目を伏せて言った。
「俺の高慢さが、結局自分を裏切ったんだ。」
俺は何も言わず、ただじっとバルドの顔を見つめた。その言葉の奥に、どれだけの後悔と痛みが込められているのか、少しずつわかってきた気がした。
「俺は、傲慢だったんだ。」
バルドは一度言葉を切り、深い息をついた。
「でも、今は違う。…あの時、無駄に傲慢で卑屈だった俺に、チャンスを与えてくれた酔狂な奴がいたんだ。そいつが、この酒場の前の店主だ」
俺は驚き、少し顔を上げる。バルドが酒場の店主に救われたという話は、全く予想がつかなかった。
「最初は、こき使われてむかついた。でも、仕事を覚えていくうちに、その注意の一つ一つが俺のためを思って言ってることを、だんだん理解してきたんだ。…あのゲンコツは、死ぬほど痛かったけどよ」
バルドは昔の痛みを思い出すかのように、頭をさする。
「最終的には、あの店主が病気で隠居して。それで、俺がこの酒場を継ぐことになったんだ」
バルドは少し静かになりながら続けた。
「一度失敗しても、やり直すチャンスはあるんだ。自分は、そのチャンスを与えられたからこそ、今ここでこうして働いている」
俺はその言葉をじっくりと受け止める。バルドの言葉には、何かしらの重みがあり、それが心の奥深くに響いていた。
「だから、今度は俺が、そのチャンスを与える側になりたいんだ。」
バルドはヴァニエルを見つめながら言った。
「お前も、ここでやり直せる。何があったのかは知らないが、少なくともここでは、もう一度やり直すことができるんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァニエルは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。バルドの言葉が、心にじわりと染み込んでいく。やり直すチャンス。そう、もしあの時にやり直すことができたなら、もっと違う道があったのかもしれない。今、ここで与えられたチャンスを無駄にするわけにはいかない。
俺は、ふと目頭が熱くなるのを感じた。涙がこぼれそうになったが、必死に堪えた。だが、胸の中で何かがあふれ出し、涙がこみ上げるのを止めることはできなかった。
「ありがとう…」
声を震わせながら、俺はつぶやいた。その言葉には、これまでの自分を取り戻すための希望と、少しの決意が込められていた。
バルドはその言葉にただ静かに頷き、部屋の空気が少し穏やかになった。二人は無言でしばらくの間、静かな時間を共有していた。




