帰路(2)
「そういえば……ノエルとキャサリン、大丈夫かしら?」
馬車の揺れに身を預けながら、エレノアがぽつりと呟いた。
「ノエルはあの後、貴族たちの挨拶攻めでてんてこ舞いだったわね。あの場を抜け出すのも一苦労だったでしょうし」
セドリックもその問いに、ふと考える。
「まあ、キャサリンもそれなりに大変だっただろうな。というか……ノエルの正体を知った時、完全にショートしてたぞ」
セドリックはキャサリンの茫然自失の顔を思い出し、苦笑した。
「……伯爵領から来てくれたご両親が、なんとかしてくれてるといいですけど」
「キャサリンの両親なら、間違いなくすぐに手を引いて帰らせるな」
セドリックも思い当たる節があるのか、肩をすくめる。しかし、すぐに真剣な顔つきをしながらぽつりと呟いた。
「……やっぱりノエルは、キャサリンのこと……」
「でしょうね」
エレノアはふっと笑みを浮かべた。
「壇上での発言……『僕が好きなのは、元気いっぱいで、心優しい、銀色のドレスとサファイアのジュエリーが似合う女の子かな』」
セドリックはノエルの言葉を思い出し、肩をすくめた。
「ありゃ、もう答え出てるようなもんじゃないか」
「ええ、本人が気づいているのかどうかは別として、ね」
エレノアも、舞踏会の光景を思い出して微笑んだ。
「キャサリンの反応も見てたでしょ? あれだけしっかりした彼女が、完全に思考停止してたもの」
「……まぁ、あいつにとっては衝撃の事実だったろうからな」
セドリックは苦笑する。
「キャサリンったら、『ノエルとずっと一緒にいたい』って、何度も言っていたけど……ノエル自身も、きっと同じことを思っていたのよ」
「本人同士が気づくのにどれくらいかかるんだろうな?」
「どうかしら。でも、私たちが余計な口を出さなくても、きっと……」
セドリックとエレノアは顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
「……そういえば」
セドリックが思い出したように言葉を継いだ。
「キャサリン、婚約の話が一つも来てないって悩んでたけど……何か知ってるか?」
「……ふふっ」
エレノアは肩をすくめ、意味ありげな微笑を浮かべた。
「その話、キャサリン本人が言っていたの?」
「言ってたな。『どうして私には誰も求婚してこないのかしら?』って本気で悩んでた」
「……まぁ、それはそうでしょうね」
エレノアはくすくすと笑い、セドリックは眉を顰め、そして何かに気づいたように視線を上げる。
「もしかして…キャサリンのところに婚約の申し出が届かなかったのは……」
「ええ、おそらく……ノエルが手を回していたんでしょうね」
「……あいつ、そんなキャラだったか?」
「ふふ、実はね、『腹黒王子』なのよ。私の弟」
エレノアは面白そうに笑う。
「ノエルってば、ずっとキャサリンのことを手元に置いておきたかったんじゃない?自分の正体を明かせない間は、手紙を使って伯爵夫妻を牽制していた可能性が高いわね……。詳しいことは言えなかったと思うけども、きっと『王命』という名目でキャサリンが他の令息と婚約しないように釘を刺していたんでしょう」
「伯爵夫妻がノエルからの手紙をもらったとしたら、そりゃ……キャサリンに勝手な婚約話なんて持ち込めないよな」
セドリックは溜息混じりに言った。
「それにしても、キャサリン……本当に何も気づいてなかったんだな」
「ええ、おそらく。でも、それはノエルの努力の賜物よ。キャサリンに気づかれないよう、婚約は全部水面下で握り潰していたんでしょうね」
エレノアは微笑んだ。
「表向きは『キャサリンには縁談が来なかった』ように見せて、裏ではしっかりと根回ししていた……その甲斐あって、キャサリン自身には余計な不安を抱かせずに済んだわけだから」
「……やはりエレノアの弟は、『腹黒王子』で間違いないな」
セドリックは先ほどのエレノアと同じ言葉を繰り返し、今度は苦笑した。
「でもまぁ、これからが本番だろうな」
「ええ、今まで求婚を阻止するだけで精一杯だったでしょうけど、これからはノエル自身がキャサリンを振り向かせないといけないものね」
「……まぁでも、そんなに時間はかからないんじゃないか?」
セドリックはさらりと言う。
エレノアが不思議そうに顔を向けると、セドリックは思い返すように目を細めた。
「キャサリンの、普段のノエルの惚気、思い出してみろよ」
確かに、キャサリンはしょっちゅうノエルの話をしていた。
「ノエルってば、こんなこと言ってくれるの!」 「ノエルって本当に聡明で素敵なのよ!」 「ノエルが一緒にいてくれたら、もう何も怖くないわ!」
まるで運命の恋人に対する語りのように……
エレノアもそのことを思い出し、「確かにそうね」とくすっと笑った。そんなエレノアを見つめながらセドリックは続ける。
「……まぁ、でも。キャサリンの『ノエルとずっと一緒にいたい』っていう願いも、『お姫様みたいな花嫁になる』っていう昔からの夢も、両方叶えることができそうで……兄貴分の俺からしたら、嬉しい限りだよ。……まぁ、お姫様みたいな花嫁……どころか、実際に王太子の妃になっちゃいそうなんだけどな」
冗談めかして言うと、エレノアも楽しそうに微笑んだ。
馬車の中には、心地よい温かさが広がる。
お互いに支え合いながら、新たな未来へと進んでいく。
どんな困難が待ち受けていても、二人ならきっと乗り越えられる。
夜の静寂の中、馬車はゆっくりと進んでいった。
その後の話、エピローグが控えてます。もうしばらくお付き合いくださいませ。
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