卒業パーティ(5)
キャサリンが去ったあと、残ったのはリリアーネとヴァニエルだった。
「あらあら、キャサリンさん、せっかくのドレスが台無しになってお気の毒ですわね」
リリアーネは涼しげな顔で口を開いたが、その言葉には毒が満ちていた。
「でも、エレノアさん、あなたが鈍臭くて避けずに私にぶつかってこなかったらこんなことにはならなかったのではなくて?」
エレノアは冷静にリリアーネを見据えた。
「リリアーネ様、私がぶつかったと言うより、あなたがわざとジュースを溢されただけのことかと思いますわ。それをここで弁解されるのは、少々筋違いではありませんこと?」
リリアーネの顔が一瞬引きつるが、その隣でヴァニエルが低く笑い声を立てた。
「おい、生意気な口を利くな。そもそも、こんな場にお前のような平民がいること自体が間違いなんだよ」
ヴァニエルはあざけるように言葉を投げつける。
「まさか、俺に会いたくてここに忍び込んだんじゃないだろうな?誰か、この不審者を摘み出してくれよ」
その場にいた周囲の生徒たちは、ヴァニエルの言葉に困惑したように視線を交わした。一部ヴァニエルの取り巻きの生徒たちはニヤニヤと事の成り行きを見守り、また一部の貴族たちはその言葉の不適切さに眉を顰めていた。
エレノアは、あえてその場の緊張感を崩すように、落ち着いた微笑を浮かべながら言葉を返した。
「あら、ヴァニエル様、そんな風におっしゃるなんて驚きましたわ。まさか私がヴァニエル様に会いたいがためにこの場にいるなどと考えるとは……少々自己評価が過大ではなくて?」
その一言に、周囲の観客たちから抑えきれない小さな笑い声が漏れる。ヴァニエルの顔が一瞬引きつるのを、エレノアは見逃さなかった。
「ふざけるな、貴様!」
ヴァニエルは声を荒らげた。
「お前みたいな平民がどうしてここにいるのか、それ自体が不快なんだ!その汚い金で買った安っぽいドレスを着て、貴族気取りでうろつくなんて――」
「汚い金、とおっしゃいますが」
エレノアは彼の言葉を遮るように、少し低い声で言った。その声にはこれまでの柔らかさではなく、確固たる自信が宿っていた。
「私の手で稼いだお金が、汚いとお感じになるのはご自由です。ですが、少なくとも、そのお金には働いた者の努力と誠実さが込められておりますわ。それに比べて――」
彼女は少しだけ間を置き、視線をヴァニエルに向けた。
「貴方をはじめ、一部の方々が使っているお金には、一体、何が込められているのでしょうね?」
その静かな一撃に、ヴァニエルは返す言葉を失った。彼は怒りのあまり拳を握りしめるが、どう反論していいのか分からず、ただ顔を赤らめるばかりだった。
エレノアは、さらに続けた。
「それに、ヴァニエル様」
彼女は静かに微笑んだが、その微笑には冷ややかな余裕が滲んでいた。
「私がここにいるのは、学園から正式に招待を受けてのことです。ヴァニエル様は、学園の権威を否定されるおつもりですの?」
周囲の空気がピリッと張り詰める。
「口の利き方には気をつけるんだな、エレノア」
ヴァニエルは声を低くして言った。その声には威圧感を込めようとする意図が見え隠れしていたが、エレノアにとってはむしろ滑稽だった。
「どうやら、お前は自分が何を言っているのか、まったく理解していないようだな」
ヴァニエルは低い声で言い放つ。
「このパーティで王家が言う“重大発表”が何か、貴様には想像もつかないだろうが――特別に教えてやる。それは、俺と王女殿下の結婚発表だ!」
周囲の空気がざわめき立つ。聞き耳を立てていた貴族たちが驚きと興奮を露わにし、ヴァニエルの言葉に注目する。一方で、エレノアはまったく表情を変えず、ただその場に静かに立っていた。
「いずれ貴様は後悔することになるだろう」
ヴァニエルは不気味な笑みを浮かべながら続けた。
「今ここで俺を侮辱したことが、どれだけ愚かな行為だったか――その時が来れば嫌でも思い知るはずだ」
エレノアはその脅しを聞いても、微動だにしなかった。目の前の男の言葉に怯えるどころか、わずかに冷笑を浮かべ、軽く肩をすくめてみせる。
「そうですか。それはそれは、おめでたいお話ですわね」
彼女の声は淡々としていたが、その中にはしっかりとした芯が感じられた。
「ですが、ヴァニエル様。そのような未来が本当に訪れるかどうかは、現時点では誰にも分からないものですわ。まして、あなたのような方が、それを口にする資格があるかどうか――」
「お前!」
ヴァニエルは怒りに満ちた声を上げ、次の瞬間、懐から金の封筒を取り出した。その動作には誇示的な意図があり、周囲の注目をさらに集める。
「見ろ、これが何か分かるか?」
その封筒を見た瞬間、周囲の貴族たちが再びざわめき始めた。それは明らかに王室の紋章が刻まれた本物の封筒であり、特別な文書であることを示していた。
「この中には、王家からの支援、そして『お前が王家にふさわしい人間であることを証明するならば、卒業後に王家の大事な御息女を嫁がせよう』と書かれている!」
ヴァニエルは高らかに宣言し、その手紙を誇らしげに掲げた。
煽るエレノア、煽り耐性ゼロのヴァニエル君。




