魔法具・魔法学コンテスト(2)
結果発表の式典も終わり、全校生徒が解散した後。セドリックはコンテストの受賞者として、他の受賞者たちと共に別室へ案内されていた。部屋では主催団体の関係者たちが待ち構えており、今後の支援や計画について説明が行われている。
「まずは改めて、皆さまの素晴らしい成果に感謝と敬意を表します。このコンテストは一つのゴールではありません。それどころか、ここからが本当のスタートと言えるでしょう」
団体の代表が挨拶を述べると、他の受賞者たちも緊張しながら耳を傾けた。代表の言葉通り、これからはただの学生ではなく、正式に研究者や開発者としての役割を担うことになる。
「特に最優秀賞を受賞されたセドリック様の作品は、市場に出すにあたって多くの課題が伴います。開発における追加調整、量産化の工程…しかし、これほどの潜在的価値を持つ商品を、実現しない手はありません。我々も全力でサポートさせていただきます」
セドリックは代表の目を真っ直ぐに見つめ、力強く頷いた。
「ありがとうございます。精一杯やらせていただきます」
とはいえ、初めての経験ばかりで、やるべきことの多さに若干の不安を覚えないわけではない。それでも、支えてくれる人々がいることを思い出し、胸を張る。
説明が続く中、受賞者たちは次々に解放されていく。だが、最優秀賞を受賞したセドリックには追加の質問や書類の手続きがあり、彼が部屋を出た時には他の受賞者たちはすでにいなくなっていた。
廊下を歩き出したセドリックは、少し離れた場所で待っているエレノアの姿を見つけた。彼女は壁にもたれながら、じっと彼が出てくるのを待っていたらしい。
「エレノア……待っていてくれたのか?」
セドリックが驚きながら声をかけると、エレノアは優雅に微笑みながら彼の方へ歩み寄った。
「当然ですわ。こんな晴れがましい日を、あなた一人で帰らせるわけには参りませんもの」
「ありがとう。正直、いろいろと頭がいっぱいで……君の顔を見たら、少しほっとした」
セドリックの率直な感謝の言葉に、エレノアは少しだけ目を伏せた。
「セドリック様が努力を重ねた結果が、こうして認められたのですもの。その成果を讃えるのは当然のことですわ」
彼女の穏やかな言葉に、セドリックは頬を緩めた。
「本当に、君には感謝してもしきれないよ。君がそばにいてくれたおかげで、ここまで頑張れた」
そんな会話を交わしていたその時、セドリックの目の端に何かが映った。視線を向けると、廊下の向こうを歩く、見知った人物の姿が見える。
「……あいつ、ヴァニエルじゃないか?」
その言葉に、エレノアも同じ方向を見た。廊下を悠然と歩くヴァニエルの姿がそこにあった。
「授賞式も終わっていますし、他の生徒たちは帰宅している時間ですわ。彼がここにいるのは、どう考えても不自然ですわね」
エレノアの声には明らかに警戒の色が含まれていた。
「本当に妙だな……。しかも、受賞者でもないのに」
ヴァニエルは何かを探すように廊下を歩きながら、周囲をきょろきょろと見回している。その挙動がますます不審だった。
「嫌な予感がしますわ」
エレノアが小さく呟いた。
「俺もだ。……どうする?」
エレノアはしばらく考え込んだ後、決意したように口を開いた。
「あまり褒められる行動ではありませんが、少し様子を見に行きましょう」
セドリックは彼女の提案に戸惑いつつも、彼女の真剣な表情に頷いた。二人は静かに足音を忍ばせながら、ヴァニエルの後を追う。
やがて、ヴァニエルは廊下の奥にある一室の扉の前で足を止めた。その部屋は、コンテストの審査員たちが控えている部屋だ。
「ここに何の用があるんだ……?」
セドリックが小声で呟く。
ヴァニエルは辺りを確認するように一度振り返り、それから扉を開けて中に入った。扉が閉まる寸前、審査員たちの姿が一瞬だけ見えた。
「この中に入るのは流石にまずいですわね」
エレノアが囁き、セドリックも頷いた。
「ここで立ち止まっているだけでも目を付けられるかもしれない。退散したほうがいいかもな」
二人が立ち去ろうとしたその瞬間、部屋の中から怒号が聞こえてきた。
「どういうことだ!?なぜ俺が最優秀賞じゃなんだ!」
二人は足を止め、顔を見合わせた。怒りに満ちた声が続く。
「金を払っただろう!あれだけ渡せば、最優秀賞を俺にするのは当然じゃないか!」
その言葉に、エレノアは険しい表情を浮かべた。セドリックも唇を引き締める。部屋の中で起こっていることの意味を悟り、二人の間に緊張が走った。
「おやおや、そんな言い方をしないでくださいよ。『寄付』と仰ったのはあなたですし、こちらとしてはただそのご厚意をありがたく頂戴しただけの話です」
声の勢いに圧されることなく、審査員の一人が机に肘を突き、面倒くさそうに肩をすくめた。
「寄付だと?!」
ヴァニエルは声を荒げ、テーブルを拳で叩いた。
「俺はそんな綺麗事を言いたいんじゃない!お前たちはこの金で俺を最優秀賞にする、と確かに言ったはずだ!」
「言いましたっけねぇ?」
別の審査員が薄笑いを浮かべ、鼻を鳴らす。
「記録には残っていませんし、こちらとしては正式な契約を交わした覚えもないんですが」
ヴァニエルは顔を真っ赤にして一歩踏み出すと、審査員の一人の胸元を掴む勢いで手を伸ばしかけた。だが、審査員は怯えるどころか、面倒そうにため息をついただけだった。
「ふん、相変わらず感情的だな。落ち着けよ、ヴァニエル君」
「落ち着けだと!?俺は金を使ってお前たちに協力したんだぞ!その俺を裏切るとはいい度胸だ!」
審査員たちは互いに目配せをし、軽く肩をすくめるような仕草を見せた。一人がフーッと大きく息を吐き、ようやく口を開いた。
「……いいだろう、少しだけ教えてやるよ。…実は、今年から、審査員の我々に『王室の監査』が入ることになったんだ」
「王室の監査……だと?」
ヴァニエルは目を見開いた。その表情は驚きと動揺が入り混じっている。
「そうだ」
審査員は言葉を続けた。
「どうやら今年から、王室から派遣された監査員が我々の審査過程を全て調べることになったらしい。寄付金だの裏取引だの、そういうことがないか厳しくチェックされるんだよ。もちろん、過去の記録も洗いざらいな」
別の審査員が薄笑いを浮かべながら言った。
「それに、もしお前の『寄付』が何か問題を起こすようなら、罰を受けるのはお前だけじゃないんだ。俺たちも巻き添えを食うかもしれない。そんなリスクを背負ってまで、お前のために動く理由なんてないだろう」
「ふざけるな!」
ヴァニエルは怒りを露わにして机を叩いた。
「お前たちはそれでも俺に金を要求してきたじゃないか!それでこの結果だと?どう責任を取るつもりだ!」
「責任?」
審査員の一人が鼻で笑った。
「こちらとしては、君が自主的に寄付してくれたものとしか認識していないがな。そもそも、金を渡せば結果が保証されるなんて思う方がおかしいんじゃないか?」
「貴様……!」
ヴァニエルは拳を握り締め、今にも審査員に殴りかかりそうな勢いだった。
しかし、審査員たちはその威圧に動じるどころか、逆に呆れたようにため息をついた。
「いいか、ヴァニエル君。この場で騒いだところでどうにもならない。それどころか、お前の行動が監査に目をつけられる原因になりかねないぞ」
その言葉に、ヴァニエルは一瞬たじろいだが、すぐに憤りを抑えきれない様子で叫んだ。
「俺を脅すつもりか!?ふざけるな!俺をバカにするのも大概にしろ!」
その場の空気はさらに緊迫したものになったが、審査員たちは誰一人としてヴァニエルの怒りに付き合おうとしなかった。
廊下の奥で聞き耳を立てるセドリックとエレノアは、部屋の中から聞こえる言い争いを息を潜めて聞き続けていた。怒声をあげるヴァニエルと、それを冷たくあしらう審査員たちのやり取りは、次第に熱を帯びていく。
「これ以上聞いていても、埒が明きそうにありませんわね」
エレノアが静かに囁く。
「……そうだな。でも、あいつがここにいる理由は分かった」
セドリックの声にはわずかな緊張が含まれていた。
エレノアは表情を曇らせながらも、ふと視線を廊下の奥へ向ける。かすかな足音が響き、数人の警備員らしき影が近づいてくるのが見えた。
「警備がこちらに向かってきていますわ」
エレノアの声に、セドリックは思わず肩を緊張させる。
「私たちがここにいる理由を聞かれたら、説明がつきません」
「確かにな……。ここで騒ぎを大きくするのは得策じゃない」
セドリックは小さく息を吐き、部屋に視線を戻した。
「あのまま部屋の中で言い争っている分には、まだ大丈夫だろう。これ以上、何かを聞き出せる雰囲気でもないしな」
エレノアは一度だけ軽く頷くと、セドリックの袖を引いた。
「では、こちらへ」
二人は廊下の奥へと静かに歩みを進め、物音を立てないように階段へと向かった。後ろから聞こえるヴァニエルの怒声は、なおも激しさを増しているが、セドリックとエレノアはそれに背を向けたままその場を離れた。
ちなみに賄賂の件がなくても、ヴァニエル君は受賞できてません。
それくらい厳しいコンテストなのです。セドリックが天才すぎるんですよね。




