君だけを見つめていた 8
side 哲
教会の中に入った途端、息を呑む音が聞こえた。
当たり前か。俺が、こんなところにいれば。
扉の横にあるピアノの音に消されるように、前の方で美咲の親父さんの声が微かに聞こえた。
言葉は分からないけれど、課長にこの状況を説明しているのかもしれない。
怪訝そうな課長の表情が、納得したものに変わって……そして俺を見る。
強い意志の、宿る瞳。
それは、この状況を納得してくれたものだと思う。
美咲と二人お辞儀をして、ゆっくりと歩き出す。
強張った美咲の腕を、絡まる自分の腕を揺らす事で緊張をほぐしながら。
一歩一歩、近づく、課長の姿。
一歩一歩、近づく、想いの終わり。
脳裏に浮かぶのは、懐かしい子供の頃。
一緒に育ってきた、今までの道のり。
美咲。
……美咲。
幸せに、美咲。
課長と、共に。
思ったよりも落ち着いている、心の中。
「……美咲」
他の人に聞こえないように、美咲へと囁く。
「……哲?」
少し顔を上げて俺を見る美咲に、目を細めて微笑む。
「幸せに」
目を見開く、美咲。
笑いかけながら、視線を前に向ける。
「瑞貴」
そこには、課長。
加倉井 宗吾。
美咲と一生を歩いていく男。
腕を少しあげて、美咲を課長へと促す。
課長の手を取った美咲が、振り向いた。
その姿を見て、課長に視線を戻す。
じっと俺を見ていた課長を、真正面から見つめ返す。
「美咲を、よろしくお願いします」
ゆっくりと、頭を下げた。




