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間宮さんからPCに視線を戻して、新着メールを確認し始めてすぐ。

企画室のドアが勢いよく開いた。

「久我が退職って!!?」

飛び込んできたのは、真っ青な顔をした斉藤さん。

その手には、レポート用紙が一枚。

その目は私の姿を捉えると、大股で目の前に来てがしっと両肩を掴んだ。


「お前、退職って……退職っ!?」


幾度も繰り返しながら私の肩を振るものだから、がくがくと前後に身体が揺れて気持ち悪い。

否定したいけど、声が出せない。


そんな私に、間宮さんの助け舟。


「斉藤、落ち着いて。退職しないから、大丈夫だから」

「え? だって、これ……倉庫にこれ……」

振るのは止めてくれたけれど肩から手は離さず、右手に持つレポート用紙に目をやった。

それにつられながら、あの……と呟く。


「すみません、それ、捨てるの忘れてました……。退職はナシです。しません」


金曜日、課長に書類を私に行く前に書いて置いた奴だ……

そういえば、あの日はそのまま帰っちゃったから。


斉藤さんは瞬きを繰り返しながら、私と間宮さんを何回か交互に見て大きく息を吐いた。


「驚かすなよ……、心臓止まるかと思った」


肩を思いっきり落として、そのまま座り込みそうな勢い。


そういえば、私が柿沼にいろいろやられてた時、なんか凄い責任感じてたっけ。

悪いことしちゃったなー


「ご迷惑、お掛けしました。ホントすみません」

なんとなく顔が見れなくて俯き加減で謝ると、頭の上に大きな手のひら。

「いい、いい。退職が無しって事は、上手く納まったってことだろ? 相手は、課長?」

さっき走ったからかまだ掠れが混じる声で、斉藤さんが笑ってくれた。

その言葉に、気恥ずかしい感じもしながら小さく頷く。

斉藤さんは、そーかそーかと笑いながら、私の頭を軽く叩いて自分の席に座った。


「それにしても斉藤、今日はどうした? 課長よりも早い出勤」

「あー」

確かにいつもならまだ出勤していない、そんな時間。

斉藤さんはコートを椅子にかけて、PCの電源を入れた。

「だって、どー考えても先週の久我おかしかったしさ。片付け押し付けてんのもあるし、様子見ようと思って倉庫に寄ってみたらこんな紙が置いてあるし。生きた心地しなかったよ、この数分」

数分ですか。

「確かに、おかしかったよね。落ち込んでたはずが、いきなり諦めの境地みたいな悟りきった顔してたし」

そんなにおかしかったですか、私。


先週は加奈子に退職届をもらえて(思い込み)、これで楽になれると脱力してたところがあるからなぁ。


「なんか、心配ばっかかけてすみませんでした」

「あぁ、いい。どーなったかを、詳しく事細かに教えてくれれば。特に課長の弱み辺りを」

斉藤さんが悪そうな顔でにやりと笑ったその時、企画室のドアが開いた。

「ないな、そんなものは。お前の弱みならいくつも知っているが」

加倉井課長、ご登場。

無駄な筋肉も感情も神経も使いませんってプラカードでも出したい、そんな無表情。

「あるある。俺ってばすげぇ課長ネタ持ってますけど、斉藤さん買います?」

後ろから、哲がニヤニヤしながら入ってきた。

「買う!」

右手を上げて斉藤さんが立ち上がると、その横を通っていた課長に頭を小突かれて机に沈んだ。


「痛いですよ、課長ー」

「黙れ。そんなこと気にしてる暇があったら、さっさと今の仕事を終わらせて倉庫の片付けでも手伝え」

「あっ、いいですよ。久我、今日の午後会議終わったら手伝うわ。その代わり……」

「斉藤」


私のほうを向いていた斉藤さんの顔が、残念そうに歪みました。

「はいはい、まーいいや。今日の夜でも飲み行こうぜー、久我。俺と間宮とさー」

最後の方は小さな声でこそこそと私に耳打ちする斉藤さんに、苦笑を返す。

だってその後ろに見える、課長の顔が無表情に怖い。

「あ、んじゃうち来ます? 昨日から、美咲、俺んちに住んでるんですよ」

既にキーボードを鳴らし始めていた哲が、思いついたように顔を上げた。


「え、なんで!?」


斉藤さんの叫びと、間宮さんの驚いた表情。

斉藤さんの向こうで、ピキッと固まった課長の姿。


「哲……」

なんで、言うかね。

哲じゃなくて私に向かってる二人の視線に、小さく溜息をついた。

「私、アパート解約しちゃったもので、哲んちの空き部屋に住まわせてもらうことになったんですよ。ちなみに、真崎さんと後輩の田口さんと加藤くんも一緒なんで」

「は? 真崎?」

初耳だったらしく、間宮さんが首を傾げている。

簡単に理由を説明すると、少し哀れみのような視線が哲に向かいました。

うん、私も悪いと思っているので、仕方ないと思います。

哲はにやりと笑うと、私に視線を向けた。


「悪いと思うなら、どーゆープロポーズをされたのか吐けよな~。それで許す」

「……!」


一瞬にして、静かになりました。

我関せずで仕事を進めていただろう、課長のキーボードの音も鳴り止みました。



「えっ……ぷろ……ぷろぽおず……?」


斉藤さんの、確実ひらがな読みのような声と。


「へぇ、早いなぁ……」


珍しい、間宮さんの呆気に取られたような声。



「てっ……哲……!」


思いっきり睨むと、悪い顔した哲が椅子の背もたれにふんぞり返ってニヤニヤ笑ってる。


うぅぅ、顔が真っ赤になっていくのが凄い分かるっ。

くそっ、月曜週初めからなんでこんなことに――っ



「課長~、プロポーズの言葉は?」

何か、哲が上位に立っているようなこの状況。

住まわせてもらってるし、迷惑掛けたのもあるがっ

さすがに、恥ずかしいわっ!!


まだ何か言おうとしている哲を止めようと、椅子から身体を浮かせたその時。



「プロポーズしたの、久我が先だぞ」



「なっ……」




一秒後。



きっと廊下に誰かがいたら、びっくりして駆け込んでくるんじゃないかってほどの大音響の叫び声が、企画室に轟きました――




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