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伸びてきた腕が、腰に回って抱き寄せられた。
背中にぴたっとくっつく、慣れたくないけどいつものと言えてしまう感覚。
……この子供抱きは……
中身が零れそうになるマグカップを掴んで水面を安定させてから、斜め後ろに顔だけ向けた。
「なんで、ここに真崎さんがいるんですか……」
私の後ろには甘ったるい顔を引っさげた、真崎さんがおられました。
真崎は、ニコニコと笑いながら腕に力を込める。
「それは、ここに僕が住むからさ!」
途端、真崎の両肩におっそろしいほど力が入っていると思われる、血管浮きまくってる手が置かれました。
「却下、今すぐ出て行け」
「賛成、だれが住まわせるか」
いつの間にか両隣に課長と哲が立って、真崎の肩を掴んでおります。
「いい度胸だな、真崎」
「さっさと美咲を離せ」
課長対哲に、真崎が参戦。
「嫌だよ、美咲ちゃんにこーできるのは、僕の特権じゃないか!」
「「んなの、あるか!」」
「うわっ、零れる! 紅茶っ」
力任せに真崎の腕を引き剥がそうとしたその振動で、マグカップの中身が揺れて零れそうになって慌てる。
抗議の声を上げると、課長と哲があっさりとマグカップを私の手からさらっていった。
あぁ、そうか。そーいう手があったか。
頭の上に電球でもつくんじゃないかってほど納得していたら、右手を哲に左手を課長に掴まれて思いっきり引っ張られて声を上げる。
「痛い! 痛いってば、ちょっと!」
腰に廻っている真崎の腕が離れていないから、ぎゅうぎゅうお腹を締められている気分。
――ぐぇぇぇ
「離せ、真崎」
「嫌だよーん」
「よーん、じゃないっ。二十九にもなって、恥ずかしいと思え!」
頭の上でわーわーやるのはいいんだけど……
「中身、でそう」
「え」
私の切羽詰った声に真崎の腕が緩み、慌てた課長と哲も掴んでいた手を離したので、自由になった私はさっさとキッチンに駆け込む。
カウンタータイプだから、リビング丸見えなんだけどね。
「……で、なんでここに真崎さん?」
にらみ合いを続行している三人に声を掛けると、カウンターに真崎さんが両腕を置いてその上に顎を乗せた。
「昨日瑞貴と飲んでさー、飲みすぎたから泊めてもらったんだよね」
ほら、僕って昨日が最終日だったでしょ、と人差し指を立てる。
「哲と二人? 珍しい組み合わせですね。仲良かったでしたっけ?」
記憶では、犬猿の仲な感じでしたけど。
真崎は手を伸ばしてコップに水を汲むと、それで喉を潤した。
アルコールの所為で、喉が渇いているらしい。
二日酔いまで飲まないのが、らしいといえばらしい。
「冗談。巻き込まれたんだよ、俺」
真崎の横に、哲が立つ。
面倒くさそうに真崎を見下ろしながら、カウンターに寄りかかる。
「新規部署だっけ? あれの飲み会だったらしくてさ。帰り際にばったりで、捕獲された」
「腐ってたくせに~」
「――先輩扱い、止めていいっすか?」
じろりと睨む哲を、真崎は面白そうに見上げてる。
いや、哲よ。
今まで、真崎を先輩扱いしていたことありましたっけね。
私は電気ケトルに水を入れながら、ふぅん、と呟く。
「じゃぁ、田口さんや加藤くんもいたの?」
満水になったそれのふたを閉めてスイッチを入れてコップを取ろうと食器棚のほうに身体を向けたら、リビングの入り口から遠慮がちな声が聞こえてきた。
「すみません、さっきからいたりします――」
……
「あ、俺も……」
……
女性の声と男性の声。
聞きなれた、可愛い後輩の声……
食器棚を向いていた顔だけを入り口の方に向けたら、覗き込むような顔が二つ。
一度視線を反らして、再び上げる。
「田口さんと加藤くん!」
が、そこにいました。
思わず、食器棚のドアにへばりつく。
ちょっと待て、さっきからって……さっきからって……っ
「あー、忘れてた。普通に入ってきていいのに、これと違って礼儀ただしいっすね」
「瑞貴は、躾がなってないよね」
指で真崎を示しながら田口さん達を見る哲と、じとーっと哲を見上げる真崎。
その横で、課長が無表情なりに目を見開いて驚いてる。
田口さん達は恐る恐るという態度でリビングに入ってくると、私の傍に寄ってきた。
「お、おはようございます」
どもる、田口さん。
「おはようございますー」
視線を少しそらしている、加藤くん。
私は食器棚のガラス戸に手をついたまま、いたって冷静に聞いてみた。
「どこから、聞いてた……?」
課長が見ているからか緊張した様子の二人は、目配せをしながらおずおずと田口さんが口を開いた。
「――悪いが嫉妬深いんだ……?」
「「――!」」
恥ずかしさのあまり食器棚に頭をぶつける私と同時に、片手で顔を隠して課長がカウンターから沈んでいきました。




