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翌日、私は倉庫にこもって片付けに専念していた。
埃だらけの資料やサンプルを、手前から崩していく。
「これ、どんくらいで終わるかなぁ」
思わず、腰に手を当てて溜息をつく。
今、十三時過ぎ。
倉庫にこもって、すでに六時間。
まだ、二つの山しか崩れておりません。
想像以上だけど、ちょっと嬉しい。
打ちこめる仕事が、今一番欲しいものだもんね。
こりゃー。真崎の仕事がなくても時間つぶれるわ。
しかも、企画室にいなくていいんだから。
さ、もう少しやろうかな。
今日は、加奈子いないし。
そう思いながら、三つ目の山に手を掛けたとき、
「おーい、飯いかねぇの?」
「うひゃっ」
私は考え事をしていた事もあって、驚きながらあわてて振り返った。
途端、後ろで上がる何かが崩れた音。
そして、目の前のドアから顔を出していた斉藤さんの苦笑い。
「……」
なんとなく想像はつきながら、視線を前に戻すと……
「あはは……」
崩れて広がった、三つ目の山。
慌てて振り向いた拍子に、腕が当たってしまったわけですね。
「わりー、久我」
斉藤さんが申し訳なさそうに、倉庫に入ってきた。
私は首を横に振りながら、しゃがんで崩れた資料に手を伸ばした。
「いいえ全然。というかこの方が仕分けしやすいかも」
これは嘘じゃなく、ホンキで。
いやー、そうか。こんなやり方があったか。
そう思いながら資料をかたそうとしたら、懐かしいファイルの表紙が目の端に映った。
「あれ? これって、商品管理課用のファイル……」
それを手に取ろうと手を伸ばしたら、横から出てきた手のひらが私の腕を掴んだ。
「久我」
「え?」
そのまま視線を上に上げると、そこには課長の姿。
その向こう側、ドアの所から斉藤さんと間宮さんがこっちを覗いていた。
「久我、飯にするぞ」
? なんで、課長?
「え? いえ……、私は後で屋上に行きますんで……」
「今日は、佐和のいない日だろう」
「え? それは、そうですが……」
なんでそんなこと知ってるの?
って、まぁ会長の行動予定を見れば一目瞭然なんだけど……。
「あの、別に一人でご飯くらい食べますから……」
哲がいるのかどうかわかんないけど……
すると課長はぐっと、私の腕を引っ張った。
「瑞貴も外回りでまだ帰ってない。たまには、俺達と食べてもいいだろう。ほら、行くぞ」
「ちょっ、ちょっと待って……」
何? なんなの?
今までされたことのないことに、引っ張られそうになった身体を両足で踏ん張る。
「久我ぁ、社食もたまにはいいぞー」
後ろで斉藤さんが、手を振っておいでおいでをしてる。
社員食堂?
嫌。行きたくない……柿沼たちがいるのに……
「えっ、それは……」
断ろうと口を開いたら、課長の視線に止められました。
「いいから、来い」
いやだから、なんでこんなに強引に連れて行こうと……
思わず俯いた目の端に映った、さっき見つけたファイル。
あっ、じゃぁ
「あのっ、課長。そしたら、このファイルを管理課に届けてから行ってもいいですか? 下に降りるなら、都合いいし!」
結構必死な声だったと思う。
眉を顰めた課長が、私の視線の先にあるファイルに視線を落とした。
「なぜ、こんなところに商品管理課のファイルがある?」
「え、なんでって……」
そのまま、思わず二人で斉藤さんに目を向ける。
斉藤さんはごまかすように苦笑いをしてから、俺が行ってくるよと私に向けて手を伸ばした。
「いいです、私行きますからっ」
そう言って、少し緩んだ課長の手から自分の腕を引き抜いた。
床に落ちている管理課のファイルを手に取る。
「なんで斉藤は、管理課のファイルを企画課の倉庫に入れるかな」
間宮さんが、呆れたように溜息をついた。
「それはー、まぁなんつーかぁ。はっはー」
間宮さんの視線に耐えられず、斉藤さんは倉庫から逃走(笑
「斉藤さんらしいですよねぇ」
噴出しそうな笑いを堪えながら見上げると、私を見下ろす少し細められた目と合う。
「届けたら来いよ? たまには、俺孝行しろ」
――は?
課長の言葉に目をこれでもかと見開く。
廊下のほうから噴出す声がするのは、きっと斉藤さんだろう。
「なんですか、それ」
課長は無表情だけれど、どこか楽しげに口を開いた。
「だってお前、……俺とあまり顔を合わせないじゃないか」
最後の方は、視線を反らして掴んでいる私の腕にそれを移す。
――避けてたの、ばればれ……?
反応しそうになって、思わず掴まれている腕に力が入る。
「久我ー」
するとドアから、逃走したはずの斉藤さんが顔を出した。
「真崎に嫉妬してんだよ、課長。機嫌悪くてこっちはたまったもんじゃねぇんだから、大人しく来いって」
「は? なんで?」
とりあえず話がそれたことに安堵しながら、首を傾げる。
真崎の仕事してるからってくらいで……
「黙れ、斉藤」
「八つ当たられるこっちの身にもなれってーの。、今夜真崎と飯に行くんだろ? さっき、課長に自慢しに来たんだよ、ばか真崎のやろう」
「斉藤」
斉藤さんの言葉を制したのは、姿の見えない間宮さん。
漫画のように身体をびくつかせて、斉藤さんは廊下のほうに引っ込みました。
「……ほら、行くぞ」
突っ込まれたくないのだろう課長は、掴んだままだった私の腕を引っ張った。
そのぶっきらぼうな声に、思わず笑みが零れる。
胸に抱いていたファイルを、手近な棚の上に戻した。
「はいはい、お供しますよ課長さま。ファイルもあとで持って行きますから。もしかしたら、まだ他にもあるかもしれませんからね」
「――そうか」
斜め下から見上げる課長の耳が、うっすらと赤らんでいて。
無表情を装いながら、だいぶ照れている課長の力の強さを腕に感じながら。
――私の心は、揺れていた。




