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「……幼馴染の、空間か」



溜息をついて、立ち上がる。

ソファの横においてあった鞄を手に取ると、久我のいる寝室に入った。


静かな、空間。

久我の寝息だけが、部屋に微かに響いてる。

額に手を当てるとだいぶ熱は下がっているのか、珈琲を入れたマグカップを持っていた俺の手の方があったかく感じる。


目を閉じた久我は苦しそうに眉を顰めていたが、俺の手が額に触れると一瞬目蓋を動かして安心したような表情に変わった。


思わず、その表情に目を奪われる。


俺だから、と、自惚れてはだめか?

この手が瑞貴でも、お前はその顔を向けるのか?


目を瞑る久我からは、何の返答もないけれど。



ゆっくりと額から手を離して、ベッドの横に座る。

目を瞑って、ベッドに背をもたせ掛けた。



久我の父親が、うちの社に来た日。

久我は、どこかおかしかった。

瑞貴も気にしていたが、今なら事情を聞いたから理解できる。

一人で、「寒い」と呟いていた。


俺に何か言ってはくれないか、瑞貴からじゃなくお前から俺を必要としてくれないかと思ったけれど、頼ってはもらえなかった。

じっと、俺のスーツの裾を見ていたのは知ってる。

何かに縋りたくても、願っていても手を伸ばせない。

そんな気持ちを垣間見て、無理やり聞きだすのを止めた。


それだけ、心の傷が深いのだろうと。


なら、温めてやろうと。

抱きしめて、物理的に。

お前を必要としていると、お前が好きだと……心理的に。

俺のことで一杯にして、他の事を考えられないように。


それから今まで、久我にずっと伝えてきた。

言葉にして、または言外に含めて。

お前の、そばにいたいと――


最近の久我の態度が、俺に対して壁を無くしてくれたように思えていた。

もしかしたら、俺の方を見てくれているんじゃないかと思っていた。

瑞貴ではなくて。


そう、微かに期待していたけれど――



瑞貴の家からいなくなったお前を、探してきたのは瑞貴で。

俺の知らないお前の事情を、伝えるのは瑞貴で。

昔からのお前を分かっていて、ずっと心配しているのも瑞貴。



立ち入る隙が、ない、と正直思った。

佐和に言われて、図星だけに何もいえなかった。


幼馴染……お前達は、強いな――

その、絆が。


俺は、太刀打ちできるのだろうか。

それによって、久我を傷つけるんじゃないだろうか。

もう、課長とも呼ばれなくなるかもしれない。


真崎の言う、恋する男、だな。


久我の一挙一動に、意識を持っていかれる。



とにかく、久我の目が覚めてくれることだけを今は願う。

目は開いてるのに、声が届かない彼女じゃなくて。

何の反応もない、あんな姿は二度と見たくない。



笑って欲しい

怒ればいい

時折泣いて、それでも立ち上がって


辛い時は、俺を頼れ

コートでもスーツでも、その手のひらで掴んでればいい

お前が離さない限り……いや、お前が離そうとしても……


俺がその手を掴んで、離してはやらないから――



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