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「美咲、お前明日ひま?」

翌日の昼休み。

屋上のいつもの場所で、いつものようにお昼ご飯を食べ終えた私と哲。

加奈子は神戸支社に、会長と日帰り出張。

わざわざ上着を着てここでご飯を食べなくてもいいんだけれど、なんとなく習慣になっているからか、ついここにきてしまう。


ラウンジで買ってきたホットの紅茶を飲みながら、首を傾げた。

「特にないけど。……あ、おばさん?」

哲は、少し気まずそうに頷いた。


哲のおばさんは、今月からおじさんのいる海外支社に異動になる。

引越しのお手伝いはします、と伝えてあったからそのことかな?


「あの家、売らないでおいておくことにしたんだ。まぁ、面倒だけど俺があのまま住むから」

「あ、そうなんだ。じゃあ、お掃除大変だねぇ」

哲んち、広いからなぁ。

哲は諦めたかのように、小さく息を吐く。

「ホントだよな。半年に一度くらいは戻ってきて、大掃除するって約束で頷いたんだけどさ。やっぱ、愛着あるから売りたくないとかぬかしやがって」

飲み終えたペットボトルのふたを閉めて、座っているコンクリの階段に置く。

そのまま両手を前で組んで、身体を伸ばした。


「それは仕方ないんじゃない? おばさんの気持ち分かるなー」

おじさんに貰った、自分の居場所だもの。

おじさんがこっちにいた間、哲とおばさんと三人で暮らしてきた家。

思い出も幸せも詰まってるんだから。


哲は私の言葉に、顔を顰めた。

「じゃあ、美咲が住めよ。俺が美咲のアパートにいくから。どんだけ維持管理が面倒か、庭の草むしりとか誰がやるんだってーの」

「え、私も嫌ー」

「ったく、人事だと思いやがって」

面倒くさそうに溜息をつくと、哲は立ち上がった。

「明後日の日曜にお袋、向こうに立つからさ。どうする?」

その大丈夫? は、時間とか都合とかじゃなくて。


気にされている事に、少し柔らかい気持ちになる。


続くように立ち上がりながら、両手をあげて伸びをする。

「ありがと。行くよ」

先にドアへと向かって歩き出していた哲は顔だけこっちに向けて時間を指定すると、

「車で行くから、アパートの前で待ってて」

と、笑った。








夕方、亨くんの会社で打ち合わせ。

この打ち合わせが今日の仕事の最後で。

その前に、哲のおばさんにあげるプレゼントを、買ってきた。

おじさんのも、もちろん。


明日、ちゃんとおばさんには話そう。

もう、大丈夫ですって。

私は、もう大丈夫ですって。


笑ってくれるかな。

よかったねって、言ってくれるかな。

哲と似てる、哲よりも柔らかいその笑みを浮かべて。




「美咲さん、とりあえず大まかなところはこんな感じなんですが。何か変更するところはありますか?」

亨くんの提示してくれた資料を手にとって、小さく首を振る。


「ううん、特にないわ。このままでお願いします。商品は製造にもうまわっているから、来月にはテスト販売を提携している店舗でやる予定。その辺りにもう一度、細かい打ち合わせをやりましょう」


課長の企画した商品は既に店頭に並んでいて、それをベースにこっちの予定は組んである。

細かい変更や要望は、店頭に出た後に打ち合わせすれば事足りるし。

それくらい、亨くんの出したデータや資料は、完璧に近かった。

「ていうか、亨くん凄いねぇ。今までもマーケティング会社の人たちと仕事したことあるけれど、なんか凄くやりやすい。若いのに、仕事できるわー」


書類の不備がないのはもちろん、順序だった報告書もいくつかの資料も見やすいし分かりやすい。

亨くんは片手を後頭部にやると、少し照れた様に笑った。

「部長にしごかれてますからね。厳しいんですよ、あの人」

部長……あぁ……

「そうなんだ」


おかしくない答えを、おかしくない声音で返して。


そういえばいるんだったと、課長の事を考えていて忘れていたこの会社にいる人を思い出す。

亨くんはにっこりと笑うと、手元の資料を集めて封筒に入れた。

「美咲さん、何か飲みませんか? 持ってきますよ」

内に引っ張られそうになった意識が、その声で止まった。

一度、聞こえないように息を吐く。


「お願いしてもいい?」

顔を上げて微笑むと、亨くんは嬉しそうに頷いて部屋から出て行った。


わんこだ……、なんかふさふさ大型犬を思い出す。


くすりと笑うと、ポケットに入っていた携帯が着信を知らせた。


携帯を取り出して確認すると、それは課長からのメールで。

打ち合わせが終わって既に外にいる、と書いてあって。

その最後。

――約束、守れよ――

その言葉に、思わず噴出す。


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