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「瑞貴。お前は、待ってなくてよかったのか?」
本社前の大通りは、駅に向かう人、遊びに出る人で結構な人通りがあった。
俺は先輩二人の後ろについて歩きながら、その声に顔を上げる。
そこには、少しだけ心配そうな先輩達の顔。
「――いいんですよ。俺のせいで、今日は迷惑かけたわけですし」
それに。
俺を躊躇なく抱きしめる、美咲。
美咲を背中から抱きしめていた課長。
あの姿を見て。会話を聞いて。
俺の考えが、確信に変わった。……思い知らされた。
美咲の中の、俺の立ち位置。
美咲の中の、課長の立ち位置。
美咲の想いの先を、目の当たりにしたら。
あの二人を、見ていたくなかった――
斉藤さんは、そうか……と呟くと俺の頭にでかい手を置く。
「俺にとっては、お前も久我も可愛い後輩で。課長は尊敬する上司で。よーするに、幸せになってもらいたいんだよ」
「まぁ、課長への尊敬は、数パーセント崩れてるけどね」
間宮さんが、皮肉交じりに肩を竦める。
「真崎なんか、尊敬どころか嫌ってるんじゃないかな?」
その言葉に、斉藤さんがちがいねぇやと俺から手を下ろしながら笑った。
「もともと、気が合わない二人だからな。さもありなん」
面白そうに、軽く笑う。
「だから、別に遠慮することないんだぜ? お前はお前の思うように動けばいい」
遠慮……
ははは……、と自嘲気味に笑いを零す。
「ありがとうございます……。でも……まぁ、あとは俺……」
俺の、気持ちのもっていき方だけなんで――
「……大丈夫ですよ」
そう言って二人を見ると、複雑な表情を浮かべていたけれどそれをすぐに普通に戻した。
微かに口元にだけ、笑みを浮かべながら。
俺はその笑顔に答えながら、内心湧き上がってくる、黒い願望を、懸命に隠していた――
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「久我先輩!」
翌日、いつも通り昼休憩の為、加奈子の待つ屋上へと階段を上がっていたら、後ろから呼び止められた。
そこには、柿沼の取り巻き三人。
昨日いた宮野を筆頭に、経理の女性社員が二人。
三人三様に謝罪を繰り返し、許された安堵と共に柿沼の悪口を一つ二つ口にして戻っていった。
その後姿を見送りながら、意味も分からず力が抜ける。
あれだけ私を敵視しておいて、手のひら返したように柿沼の悪口を言っていくのか……
なんか、友達って、切ないものだなぁ。
複雑な胸中をごまかしつついつもの場所に行くと、いつものように加奈子がそこにいた。
その姿に、ふっ……と心が軽くなる。
私には加奈子がいる。
いろんなことがあったけど、私から離れないでいてくれる、友達がいる。
「加奈子」
名前を呼んで、横に座る。
既にお弁当を食べ始めていた加奈子は、ふわりといつものように微笑んだ。
「美咲、お疲れ様」
隣に座った途端加奈子に言われたのは、この言葉で。
思わず怪訝そうな表情になった私の頭を、加奈子は柔らかく撫でる。
「終わって、よかったね」
その言葉に、口を開く。
「加奈子、何で知ってるの?」
だって、昨日のことは企画課と当人以外知らないはず。
「瑞貴くんがね、さっき来たから」
――え?
「哲が?」
そう言えば、時間よりも早く企画室出て行ったっけ……
お弁当に視線を戻した加奈子はおかずを口に運びながら、目を細めて笑う。
「知らなかったとはいえ、迷惑かけましたって。なんだか、いきなり落ち着いちゃった感じね。瑞貴くん」
「――加奈子も、そう思った?」
頷く横顔を確認して、小さく息を吐く。
表面上は普通だけど、やっぱりいつもと違う。
まぁ、昨日の今日だからとも思うけれど。
「明後日には年末休暇に入るから、そこで気持ちをリセットできればいいわね。瑞貴くんも……美咲も」
加奈子の言葉に頷きながら、溜息をついた。
哲の心を傷つけていなければいい……と、非常階段で見せた表情を思い浮かべながら願う。
小学校のあの時。
私が怪我をしてから、少し内にこもってしまったから。
大人だけれど、心の柔らかい部分ってそうそう変わらないと思う。
お弁当に視線を落としながら、もう一度、溜息をついた。




