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一階に着いたエレベーターから降りて、事務課フロアに向かう。
もう誰もいないと思うけれど、へたに人に会いたくないし……
入り口からこっそりと顔を出すと、奥のブースに一人だけ座っていた。
それは柿沼ではなく。
男性社員。
あー、確か斉藤さんたちと同期の人だったっけな?
私の視線に気付いたのか下に向けていた顔を、ふっと上げたその人と目が合った。
驚いたように目を見開いたその人に、軽く会釈をして踵を返す。
――気まずい
とりあえず、柿沼も誰もいない。
うーん? じゃぁ、ばれたわけじゃない?
あーっ、もう分っかんないっての!!
あれか? 単純に考えて、さっきと同じ非常階段で筋トレ中とか?
動いているのが好きな子だったから、ずっと座ってるのも辛いんだろうしね。
って、自分で言ってたし。
もう、ここでいなかったら諦めて企画室戻ろう。
そっと非常階段のドアノブを握る。
もしいたら、驚かしてやる。
これだけ心配させられたんだから、それくらいのやり返しはしてもいいと思うよね!?
思わずわいた悪戯心のまま、ゆっくりとあけようとした途端――
「ほう、お前の乙女の秘密とやらは非常階段にあるのか」
「うはっ……」
後ろから掛けられた声に、驚いてあげた叫び声が途中で遮られた。
大きな手で口を塞がれたまま視線を斜め後ろに向けると、呆れたような表情の課長の姿。
「こんなところで叫ぶなよ。さすがに目立つ」
おのれが驚かせなきゃ、叫ばないわーーっ!
――を、もごもごと口の中で叫び倒して、口を押さえる課長の手首を掴む。
いい加減離してくれないと、私の心臓が大暴走します!!
口の手もだけど、すぐ後ろに課長が立ってるから、なんとなく体温が!
なんか温かい!!
――って、私この状況で何考えてんの!?
自分の思考状態に恥ずかしくなって、とにかく手を外せ!! の意味を込めて睨みあげる。
課長は少し面白そうな顔をしたけれど、一瞬で表情を“課長”に戻した。
「何でここにいるか、理由を言うな? ごまかしは聞かんぞ?」
それは“課長”の口調で。
そりゃそうだよね、仕事中なんだから。
ゆっくりと頷くと、課長は口から手を離した。
うー、恥ずかしい――
乙女思考が、我ながら恥ずかしいわっ!
心臓を落ち着かせるために、つい右手で胸の辺りの上着を握って溜息をつく。
その姿を意地悪く笑った課長が見下ろしていて。
なんか、子ども扱いされているみたいでムカツク。
「で? お前は一体何をしていたんだ?」
――あ、そうだ
哲……
課長の声でそれに気付いて再びドアノブを掴もうとした私の両肩を、課長がぎゅっと掴んだ。
「久我、俺の話を聞いていたか?」
「あー、はいはい」
ちっ、流せませんか。
思わず出そうになった舌打ちを何とか内心だけにとめておいて、ぷはぁっと息を吐く。




