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ドアを開けて非常階段に入ると、ひんやりと……って言ったら可愛いな。
すげぇ寒い体感温度に、上着を着てくりゃよかったと少し後悔を覚える。
踊り場に設置されている蛍光灯だけの、隔離されたような空間。
階段を上がっていくと、六階の階段入り口から柿沼の姿が見えた。
「ねぇ、哲弘先輩が本当にそういったの?」
少し、嬉しそうな声。
「うん、定時にここで待ってるって……」
少し震えた、宮野の声。
「なら早く言ってくれればいいのに、六階まで上がってきてから言うから重役に対して失敗でもやらかしたかと思っちゃった」
くすくすと笑うその声に、思わず背筋に鳥肌が立つ。
本当に、お前に嬉しい理由で、俺が呼び出したと思ってるのか?
俺を見ただけで逃げ出そうとした宮野が、普通の人に見えてくる。
五階と六階の踊り場に上がると、柿沼と宮野が丁度降りてきて立ち止まった。
嬉しそうな柿沼の表情。
反比例するような、真っ青な宮野の表情。
「哲弘先輩、お話って何ですか?」
綺麗に笑うその顔に、侮蔑の意味を込めて冷たく見下ろす。
「随分、楽しそうだね。柿沼さん」
優しい声でそういうと、柿沼は嬉しそうに笑う。
「だって、哲弘先輩から呼び出されたのって初めてなんですもん」
――あぁ、胸糞悪ぃ
「そう、喜んでもらえてよかった」
言いながら、ポケットの中の拳を握り締める。
「でも、俺は嬉しくねぇんだけどな。お前と話すの」
「――え?」
口調の変わった俺を、驚いたように見上げる。
「美咲を、傷つけやがったな。お前」
柿沼よりも、宮野の方が倒れそうなくらい真っ青で、壁に背中をつけて何とか立っている様子。
「お前、何様だよ。美咲がお前に何かしたか? 何もしてねぇよな? おい、宮野。お前等が美咲に何をしたか言ってみろよ」
「……えっ、私……」
俺の言葉に上げた顔も、目が合うとすぐさま下を向いてしまう。
「言わないなら、俺が言おうか? お前、美咲を叩いたよな?」
柿沼は、何も言わず俺の手元を見ている。
それを見下ろしながら、言葉を続ける。
「美咲は何も言わない。でも俺は、分かってる。お前の爪の痕、はっきりと美咲の顔に残ってた」
「そんなの、先輩の憶測じゃないですか?」
ふぅん、この状態で反論する?
目を眇めて、柿沼を見下ろす。
男だったら。相手が男だったら、握り締めている拳を、振り上げられるのに。




