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17

「……はい、すみません。取引先から連絡が来まして、もう向っているんです」

{鞄とか全部お前のデスクにあるのに、手ぶらで行ったのか?}


携帯の向こう、怪訝そうな加倉井課長の声。

「あの、財布と携帯は持っていますので、大丈夫です。……急いでるので、失礼します」

{おい、久我?}


課長の声を聞こえない振りで、切断ボタンを押した。


携帯をたたんで、ポケットに突っ込む。

溜息をついて、壁に寄りかかった。


目の前には、荷物が所狭しと積み上げられてる。

二十畳はあるだろう倉庫は、荷物の所為で迷路のように入り組んだ通り道しかなくて。

一番奥に身を寄せれば、見つかる心配はない。



濡らしたハンカチを頬に当てて、投げ出した足を見つめて溜息をついた――――





柿沼に叩かれてしばらくその場を動けずにいた私は、哲のメールで我に返って。



――午後始業、すぎてるけど



時計を見ると、既に一時半。

三十分も過ぎていて。


呆けていても仕方ない、仕事に行かなきゃおかしく思われる、と気力を振り絞って五階の企画室へと歩いていたら。

ふと目を上げた窓に映った、自分の顔。


微かに赤い頬に、慌ててトイレに駆け込んだ。


その鏡には、真っ赤になった頬と引っかかれた一筋の傷。

乱れた髪の毛とスーツ、おかしな表情の自分の顔。





企画室に、戻れる姿じゃなかった。





仮眠室に行こうと思ったけれど、ID通すから後々課長にばれる。

どうしようか考えて、思いついたのが同じに階ある企画室から一番遠い企画課専用の倉庫だった。

資料室や会議室はばれる可能性が高かったから。

倉庫には、ほとんど人が来る事はない。


あまり使われることのない埃だらけの積みあがった荷物の隙間を通って、窓の下に腰をおろす。



そして第一にしたこと。

哲に、メール。

課長へ、電話。



おかしく思われないように、理由をこじつける必要があったから。





全てを終えて、緊張がやっと解けた。


これで、もう心配するものはない――――








ハンカチを頬に当てたまま、天井を見上げる。





――あんたなんか、いなくなればいいのにっ





目を瞑ると、柿沼の声が嫌でも甦る




目を瞑って、溜息を零した。






中学を卒業する頃、ギクシャクしてきていた両親の仲。

今思えば、子は鎹じゃないけど、私がいたから表面上の幸せを維持していたんだと分かる。

でもその作られた幸せを、私は疑っていなかった。


きっとあの時はケンカしてて、すれ違ってたんだと。

もう仲直りして、元の普通の家族に戻ったと思い込んでた。


そんな私を大切にしたくて、きっと二人は嘘の生活を続けてた。

そのはけ口を、外に求めて。

自分を愛してくれる、本当の自分を見てくれる人を捜し当てて。




私を幸せにする、嘘の家族。

自分を幸せにする、本当の恋人。




その間を行ったりきたりしていたんだろう。


本当の恋人のいる場所が、いつの間にか“家”に替わっていくほどの長い時間。





私が、もっと早く二人の手を離せば、もっと早く幸せになれたのに。

私が、もっと早くいなくなれば、もっと早く愛する人と一緒になれたのに。





私が原因




全て私が原因





じゃぁ、原因にされた私は何?



本音を言ってもらえなかった私は、本当に愛されていた?



勝手に、私を切り札のように使って、勝手にそれで自滅して。





そんな幸せを、私は受け入れない。

そんな努力を、私は受け入れない。




二度と、両親を親と呼ぶことはきっとない。

呼びたくない。





目の前が、歪んで、見えなくなっていく。

俯くと、流れた涙がハンカチと頬を濡らしていく。







私が原因。

全て私が原因。







私が手を離せば、きっと二人には二人の幸せが待ってる。

私とのじゃなくて。

二人の。





決めたくないのは、必ず一人、失うことになるから

さっき、柿沼に叫ばれて気付いてしまった。






皆、自分に縛り付けて――






無意識に、縛り付けていた、自分。



向けてくれる好意に、甘えてた。




柿沼のこと、文句、言えない。




頭から血が引いていくような感覚に、目を瞑る。

意識が、どんどん内側に引っ張られていく。








最低なのは、私




いなくなるべきなのは、私――





でも、それでも…………








離れたくない、と焦がれる自分は、どれだけ最低なんだろう――――



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