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異国の廃棄王女  作者: 古芭白あきら


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閑話④南の黒豹は廃棄王女に興味を持つ

 

 ――こんなものか、他愛もない


 それがシヴァの率直な感想だった。


 事があまりに上手くいき過ぎ、シヴァはほくそ笑むと共に落胆もした。ロオカが不甲斐なさ過ぎる。


 策略を凝らし、相手を出し抜く。逆に相手も策謀で返し、こちらに反撃を加える。そんな知謀を巡らせる戦いを期待していたのに。


(アルバートは戦上手だが、潔癖すぎて政争には不向き)


 ロオカの王族で唯一まともなのはアルバートだけだとシヴァは見ている。


 ただ、彼は完全な軍人だ。同条件で戦場に出れば、十中八九アルバートには勝てないとシヴァは思っている。だが、謀略のこととなると話は違う。アルバートは途端に木偶の坊と化す。


(デュマンも昔はやり手として名を馳せたようだが、もはや過去の亡霊、老害と言っても差し支えない)


 ジルベール・デュマンは若かりし頃、ロオカを支えてきた能臣だった。しかし、カザリアへの憎悪が彼の能力に限界を作り、今では過去の才能のきらめきは見る影も無い。


(愚かな男だ。素直にカザリアの王女を迎えていればロオカは安泰だったろうに)


 帝国に対する国策もだが、メディアの輿入れにもカザリア憎しで反発している。


 国の行く末に関わる大事に私情を挟んでいる場合でもあるまいに。シヴァはデュマンを嘲笑(あざわら)った。


(南方の雄と呼ばれたロオカの命運も尽きたな)


 ロオカは帝国に対しても、カザリアに対しても有利な条件を引き出せる立場にある。にも関わらず、それをまったく活かせていない。


 このままではロオカは滅亡するのは必至。メディアとギルスの婚姻はそれを打開する手段になり得たのに、デュマンはそれが分かっていない。いや、分かっていても、カザリアへの遺恨がカザリアの政策に乗るのを許さない。


 今回の秘密裏に結んでいる軍事協定もサメルーンの策略だと言うのに、それが露見している様子もない。


 なんとも歯ごたえの無い相手だ。


(まあ、簡単に南方の覇権を譲ってくれるのだから、ありがたく貰っておこう)


 だから、もはやロオカは終わったものとし、シヴァはこの国を下した後のカザリアと帝国との折衝に思いを馳せていた。


 カザリアからやって来る王女は、母国から見捨てられた(・・・・・・・・・・)生け贄(・・・)に過ぎない。特に関心は無かった。


 今夜の舞踏会も廃棄王女(・・・・)とはどんな女か一目見てやろうと、興味本位で参加したに過ぎない。


 例の如くカフェテリアから情報が流れてきている。カザリアの王女を歓迎する夜会と謳っていながら、その実、陰険な嫌がらせを行うのだと。


(母国からも見限られるような女はどんな道化を演じるのか)


 果たして廃棄王女は予想に反して、アルバートのエスコートを受けて登場した。


(黒い髪に赤い瞳?)


 しかも、カザリアから来るのは、見てくれだけの末姫と睨んでいたのに、外見が密偵の情報と違う。


 不思議に思い観察していたら、さっそくギルスが突っかかった。ここまでは、情報通りである。


「貴様、どうやって?」


 さて、泣くか、喚くか、アルバートに救いを求めるか。女を食いものにしてきたシヴァは、冷ややかに事の成り行きを見守った。


「仰っている意味が分かりかねますが?」

「どこから今日の夜会の情報を知ったかと聞いている!」

「どこから何も本日は私を歓待する宴と聞いておりましたが?」


 ところが、シヴァの予想を裏切って、カザリアの王女は一人で毅然とギルスの愚行に立ち向かった。


「本日の昼、殿下の使者が招待状を持って参りましたが?」


 しかも、ギルスの方がタジタジになっているのだ。


(役者が違うな)


 動じることなく凛とした佇まいの王女に、シヴァは素直に感心した。


(それにしても肝が据わっている)


 これがカザリアから捨て石(・・・)にされた王女なのかとシヴァは疑念を抱いた。


(まさか、あの女は噂の第二王女『カザリアの黒き魔女』か!?)


 シヴァは目を見張った。


 カザリアの第二王女メディア。カザリアの内情を調べ上げ、シヴァは彼女の事を良く知っている。


 彼女の表の評判は酷いものだ。第三王女のミルエラは美しく聖女のような女性だと巷間にまで騒がれている。逆に、第二王女は心も顔も醜い魔女だと誰もが言う。


 だが、密偵からカザリアの情報を集め、シヴァは内情が噂とは全く真逆との結論に達した。


 ――カザリアの対ヴェルバイト帝国政策は『カザリアの黒き魔女』が手を引いている


 だから、メディアはカザリアにとって隠された重要人物であると睨んでいた。ギルスとの婚姻に送られる王女は完全な捨て石(・・・)となる。その贄にするには惜しい王女ではないだろうか?


(もしや、ソレーユ王は本気でロオカと同盟を結ぶつもりなのでは?)


 そうなると、ロオカを南方の雄から引きずり降ろす、シヴァの目論見が崩れてしまう。


 シヴァは今後の方針を軌道修正する必要があるのではないか、だとすれば現在進行形で動いている策略はどうするか、シヴァは素早く頭を回転させた。


 そんな思考をしている中でも事態は当初の予定通り進んで行く。愚かな女どもにカザリアの王女が囲まれたのだ。


(やはり、計画に沿ってロオカはカザリアの王女との婚約を破棄するのではないか?)


 シヴァは混乱した。どうにも状況がちぐはぐである。いったい、これからどう進行していくのか、シヴァにも読めない。だからこそ、シヴァもカザリアの王女の動向に注目した。


「あなた方はご自分が、自国や自国の王族を貶めている発言をしている自覚はおありですか?」


 しかし、そんなシヴァの迷いは、メディアの声が耳に入ると嘘のように晴れた。いや、どうでも良くなったと言った方が正しい。


(美しい……)


 メディアはただ一人でロオカ全体に毅然と立ち向かっている。その姿があまりに鮮烈で、シヴァの心を、魂さえも揺さぶった。彼女の存在に打算も謀略も馬鹿らしくなった。


(欲しい)


 だから、シヴァはロオカを潰す謀略を少し変更することにした。


(ロオカを滅ぼし、あの王女も手に入れる)


 かくして、シヴァは傍観を決め込むはずだった夜会の茶番に、観客席から飛び込んだのだった。

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