第23話
診断の結果はいわゆる風邪。薬を飲んで寝ているようにとのことだった。
「というわけで今日は寝ておいてくれ」
「うう……、デート……」
ベットの中で雪音がうめいている。
「今度は俺から誘うからさ。これから夏だし山行こうぜ」
「普通、海でしょ」
山だって沢登りとかあるじゃん。
「なら海行くか。泳ぎまくろうぜ」
「すけべ……」
雪音は何を言っているんだろうか。
「ま、長居するのもあれだし、そろそろお暇するわ。食事は……」
「ダメ」
発言を遮られた。
「ダメ?」
「今日は一日ここにいなさい」
「……じゃあ隣の部屋で本でも読んでるから、なんかあったら呼んでくれ」
「ダメ、ベッドの横にいなさい」
何もかもダメらしい。昔を思い出して、なんだか懐かしい気分になる。
「わかったよ。ここにいるから安心して寝てくれ」
「絶対だからね。起きた時、傍にいなかったら泣くわよ」
もはや幼児みたいなこと言いだしたが、一人暮らしで病気って心細いからしょうがない。
少しして、ベッドから規則正しい寝息が聞こえてきた。
昼過ぎに雪音は目を覚ました。時間帯の問題か体温は少し上がってしまったが、食欲はあるようだったので遅めの昼食を作ることにした。
「パンと米、どっちがいい?」
「風邪ひきにパンって、珍しいわね……」
「パン粥だよ、パン粥」
「なにそれ?」
「牛乳で作ったパンのおかゆ。案外いけるんだ」
「じゃあそれで」
「よし、任せろ」
あたたかいスープもつけよう。
出来上がった2人分のスープを机に並べ、食卓につく。
「しょうがのスープもどうよ。婆様直伝だぜ」
「仲良いわね」
雪音はかすかに目じりを下げると、スープの入ったカップを傾けた。「おいしい」と言ってまた微笑む。よかった。
「雪音、普段は料理する?」
「あんまり。最近は明里がよく料理分けてくれるから、それを期待して余計に料理しなくなっちゃったわ」
餌付けされてない? とか思っていると、雪音の携帯(スマホって言うらしい)が震えた。
「あっ、貴子さんからメッセージ……」
雪音は携帯の画面を見て、ため息をひとつ。
「どうした?」
「明日の仕事全部お休みにしたから、ゆっくり休みなさいって」
「そっか」
「へこむ……」
「誰でも調子悪いときぐらいあるって」
「わかってはいるんだけど……、みんなに迷惑かけてると思うと……」
「まあ、気にはなるよな」
こういう時、どんな言葉をかければいいのだろう。わからないまま、俺は自然と言葉を紡いでいた。
「……中学一年生の時、三年の先輩となんか仲良くなってさ。その人は園芸部だったんだけど、どっちかというと農業に興味ある人で、俺もよく畑の手伝いしてたんだよ」
「はあ」
「で、ある時、その先輩が『部活の一環として畑をやっているんだから、学校の敷地内に畑がないのはおかしい』とか言い出して、学校の裏庭に耕うん機を持ち込んで、片っ端から耕し始めたんだよ。結局はめちゃくちゃ怒られただけで終わったんだけど、あの時は何というか……、世界の広さを感じたなあ」
「……え、終わり?」
「うん」
真顔で見つめないで。
「何その、ただ先輩が怒られただけの話!? 今は何かしら元気の出る話をするタイミングじゃん!」
「まあ、そういうことよ」
「どういうことよ」
「……ごめん、わりとえいやで話し始めた」
「ええ……」
こういうの、向いてないな!
温まったのか冷えたのかよくわからない空気を感じていると、雪音の携帯が震えた。またメッセージが届いた様子。
「明里からだ……、あっ、夕菜と奏も」
雪音は画面を見て、ふふっと笑いを漏らす。
「どうした?」
「これ、見てよ」
のぞいてみると、わざわざ3人で分割されたメッセージが映っている。
「よけーな」
「こと考えずに」
「寝てなさい!」
俺の励ましなんかなくても大丈夫だったなと、安心した。




