98 そのころリオルは
フェルテア大公国との国境付近にて、第4ギブラス軍団の指揮官リオル・トラッドは、小高い丘の上から部下たちの動きを注視していた。
眼下を東西に走る小道。獣道というのとも違う。
木々がなぎ倒されており、無理矢理作られた道である。
「来たな」
リオルはポツリと呟く。ドタドタという足音が近づいてくる。
なぎ倒された木々の両脇には、なぎ倒されていない木々が並ぶ。その木々の上には、木の葉と同じ色や模様で偽装した軍服の部下たちが、身を潜めていた。
やがて、白と黒の羽毛をした巨大な鳥が見えてくる。首を長く地面と平行に伸ばして走ってきた。
パキケンガンという魔物らしい。硬い頭骨で強烈な頭突きを繰り出してくるとのこと。全てシェルダンからの又聞きだ。
(よし、射て)
リオルは心の中で部下に告げる。届くわけもない。
それでも部下たちが、リオルが思うと同時にパキケンガンへと矢を放つ。パキケンガンにとっては防御のしようもない頭上、さらに側方からも勢いよく矢を放つ。
「クエエエッ」
鮮血を飛び散らせながら、パキケンガンがのたうち回る。身体には矢が何本も突き立っていた。
追い討ちでさらなる矢が降り注ぐ。
やがてパキケンガンが動かなくなる。ぐたりと首を伸ばして地に伏せたままだ。死んだフリをする、という性質はないらしい。
これもシェルダンからの情報だった。胡乱な眼差しと仏頂面のまま有用な情報を次から次へと与えてくれるのである。
「お見事。さすが『森緑』ですな」
副官のレイモンが近づいてきて言う。
自分とはまた違う場所から一連の戦闘を眺めていたらしい。
経験豊富な初老の軍人である。白髪の増えた紺色の髪に穏やかな表情を浮かべていた。腕っぷしはともかく、判断力には信頼がおける。そういう副官だった。
レイモンの言う『森緑』とは、『森緑猟兵』という。総勢100名を5連隊に分けた、魔物討伐に特化した部隊だ。眼下にてパキケンガンを仕留めたのは、その第一部隊20名である。
第4ギブラス軍団では精鋭、リオル自らの直下兵だ。100名が100名とも1流の弓兵である。中心となって魔物討滅に当たっていた。
「腕前だけじゃない。倒し方が分かっている、ということも大きい。シェルダンからの情報のおかげでもある」
リオルはレイモンに顔を向けて答える。
魔物に詳しすぎる軍人だ。どこで仕入れてくるのか、と訊いたことも何度でもあったが、まるで教えてくれない。
当の本人は現在、遥かに西にある自身の領地、ラルランドル地方へと帰ってしまっていた。休暇を一ヶ月も取ったとのこと。
シェルダンの部下である2000の軽装歩兵連隊も皇都グルーンへと引き上げていた。
「第1ファルマー軍団の、次期総隊長様ですか」
笑ってレイモンが言う。軽率にも聞こえる物言いだが、それだけ軍部では噂になっているのだった。
「アンス侯爵の後任が務まるのは彼ぐらいのものだ。ゴドヴァン騎士団長閣下も、超一流の武芸者ではあるが。指揮官としての能力はまた、別だ」
そして嫌味を言う能力も。リオルは心の中でこっそりと付け加えた。
「不満など、あるわけがないですよ。私も、その能力を何度となく見せつけられましたし。他の軍人も同様でしょう」
誤解されたと思ったのか。慌ててレイモンが言う。
自分の口からの悪口がシェルダンの耳に届くことを恐れたのだ。
レイモンに限ったことではない。シェルダンという男はやっかまれる以上に、恐れられてもいるのだった。
「表立って、やっかむ声はもうないだろうな」
リオルも頷く。友情で贔屓目に見ているということはない。
過去に、子爵に上がるまでにも、既にいろいろあったのだ。シェルダンの反撃は誰に対しても、常に苛烈で激烈である。
「公の場で、面と向かって本人や奥方を侮辱した者が、生き埋めで見つかる、というのは有名な話です」
顰め面でレイモンが言う。
実際に何度もあったことであり、リオルも現場に居合わせたこともあった。
「部下以外にも見えない味方が、シェルダンには無数にいるようだからな」
手下のような存在がいるのではないか、とリオルは睨んでいた。古くはアスロック王国との戦から、シェルダンの暗躍は際立っていたのだ。
(あれは、分隊長風情が出来る働きではなかった)
何かあるのだろう、とリオルは思う。だが、その何かが分からない。
「ゲイル伯爵が特に、恐ろしいという噂を流しているようです。しかし、面白がっているようではなく、本当に怖がっているようだったとか。社交の場で会っても、泡を吹いて倒れるのだそうです」
面白がってレイモンが続けていた。
ゲイル伯爵というのは西の都市ルベント近郊に領地を持つ中堅の貴族だ。
(何か、あったのかもしれんな)
もともと軽率なところのある男だったが、ある時を境に突然、数年前になって、急に落ち着いた。
(シェルダンの勤務地も昔はルベントだったからな)
何かちょっかいを出して、激烈な反撃を受けたのだろう。社会勉強だ。
「俺にも、容赦なく厳しいからな。シェルダンというやつは」
苦笑いしてリオルは副官に告げるのだった。
森緑猟兵の第一部隊が手際よくパキケンガンを解体していく。
魔塔の魔物は瘴気がきつくて、通常の獲物とは違い、食べることは出来ない。だが、骨や嘴などを武器の材料とすることは出来る。
(皇都に行くことがあったら、武器屋にでも渡してみよう)
この辺りで一番強いのはパキケンガン、続いて怪鳥レッドネック、弱くてよく見かけるのがチラノバードであった。
(この俺と、そして軍団としては相性の良い敵ばかりだ)
自身が弓手であるリオルであり、第4ギブラス軍団全体としても弓手が多いのだった。ただ狙撃を正確にするだけではなく、どこからどう射てばいいのか、も日々研鑽を重ねている。
レイモンを引き連れ、森緑猟兵たちとリオルは合流した。
「閣下」
緊張した声で第4ギブラス軍団軽装歩兵連隊長のブランが近付いてきた。
「どうした?」
天幕へと向かう足を止めてリオルは応じる。
「フェルテアの軍勢がぞくぞくと、魔塔周辺へと集まってきております」
フェルテア大公国側へも斥候をリオルは出していた。
「いよいよだな」
やがて、その軍勢と聖女クラリスも合流することとなるのだろう。
リオルは思い、自然、笑みを漏らすのであった。




