97 ラミアの仕切り2
フェルテア大公の館前にラミアたち一行は至る。
「聖女クラリスと、ドレシアからの助っ人よ」
守衛にラミアは告げて、ドレシアの軽装歩兵7名と治癒術士と思しき少女、さらには聖女クラリスの護衛剣士へと振り返る。
(この護衛のことを言うの、忘れてたわね)
どこか自分は大雑把なのであった。
幸いにして、護衛のことや連れてきた面子のことについて、細々とは言われず。
「ラミア様、おかえりなさいませ。メラン様がお待ちです。まずは、メラン様がお会いになると」
代わりに恭しく守衛に言われるのだった。
ほっと胸を撫で下ろす仕草を聖女クラリスがしている。
(ミュデスの助平な下劣さも。この子の可愛いけど、どこか頼りない感じも。まぁ、組み合わせとしては最悪だったんでしょうね)
ラミアは自分よりも若干小柄なクラリスを見て思う。組み合わせとしては最悪だったのだ。
戦う味方としては、頼りないクラリスではある。
(でも、そんなの求められてなかったわけでしょう?うちの聖女って。それでもやるって言ってるだけ、大したもんだとは思うんだけど)
理解は出来るのだが、それにしても頼りない。ラミアは歩きながらクラリスについて思う。
大公の館は一回建てだが面積は広い。歩いて行くのには時間がかかるのだ。
(こっちの2人のが、使えそうではあるのだけど)
最初に自己紹介を名前だけは受けている。軽装歩兵の隊長がバーンズ、治癒術士がエレインだという。2人とも自分と同世代だ。
エレインからは強い魔力を感じるし、バーンズの方も見るからに手練れだ。
(それを言ったら聖女の護衛の方が強そうだけど。バーンズとやらの方は油断も隙も出来ないって感じ?)
ただ強いだけではない、便利さも持ち合わせていそうだ。
自分の人の能力を見る目は昔からよく当たる。
ふと気になって立ち止まり、ラミアは一介の軽装歩兵であるバーンズを上から下までジロジロと眺めた。
結果、皆も立ち止まることとなる。
「あの、バーンズ隊長が何か?」
すかさず、栗色の髪をした治癒術士エレインが牽制してくるのも可愛らしい。どうやら恋仲であり、自分が色目を使ったと思われたようだ。
「エレインって言ったかしら?安心なさい。一応、あたし、貴族の娘で。親はこう見えて伯爵さん、だったかしら?他国の、まして軍人で、さらには階級が低いのはお呼びじゃないわよ」
はっきりとラミアは言い切ってやった。しつこくされると、身分の差で、他人に見られると怒られるのはエレインの方なのだ。自分としては、言い切ることで守ってやったつもりである。
そんなつもりは無かったであろうバーンズが気まずそうだ。だが、エレインのほうが真っ赤になる。
「そんな言い方っ」
エレインが気丈にも抗議しようとしてくる。
これはこれで、ラミアは気に入った。
「あんたがつまんないヤキモチを妬くからよ。興味があったのは腕前のほうだけ。安心しなさいなって話」
カラカラと笑ってラミアは告げる。
どうせ恋人同士か何かなのだろう。言い当ててやるとエレインが言葉に詰まる。
「ほれ、とっとと行くわよ。澄ました顔の偉い衆を待たしてるんだから」
そしてラミアはとっとと歩き出す。
立ち止まったのはそもそも自分だから、エレインやバーンズ、聖女クラリスたちが困惑しながらついてくる。
「ラミア様は、伯爵令嬢というお立場で、その、いろいろメラン様も呼び捨てに出来るぐらい。働きが凄くて。その、取り仕切ってらっしゃるんですか?」
また尋ねてくるのは聖女クラリスだ。
「なに?小娘のくせに、偉そうだって言うの?」
どう見ても自分よりも年下で頼りないクラリスが指摘してくるのなら面白い。笑ってラミアは応じた。
「いえ、そんなのじゃなくて」
ただ迂闊なだけだったのか。クラリスがモジモジとする。歩きながらだと言うのに器用なものだ。
「格好良くて、すごいなぁって、憧れます。ラミア様ぐらい毅然としてたら、私もミュデスに付けいられることなんて、なくって。こんなことには」
あのミュデスの下劣さと愚かさに振り回されただけだというのに、反省出来るだけ大したものだとラミアは感じる。
「相性ってあるからね。ミュデスが馬鹿すぎて苦労させられただけよ、この国は。あんたもきちんと戦いに戻ってくれた。今のところ、あたしは思うところはないわよ。ただ、情けないのを見たら、容赦なく尻を引っ叩くけど」
ラミアは笑顔のまま告げる。
クラリスが唇を引き結んで真面目な顔で頷く。魔塔を倒したい気持ちには嘘がないのだ。
(ほんと、不思議な娘よねぇ)
強い魔力と己を包み込むような別の不思議な力も感じる。
(遠目じゃ分かんないわけだわ。なんか相殺しあってるんだもん)
強くなる素質が十分にあるように、ラミアには思えた。今までは近くで話したことがない。だから普通の娘が祈りを捧げる役目を担っただけに見えていた。
「私、ラミア様みたいには、出来ないかもしれません。でも、聖女として認めて貰えて、受け入れてくれたフェルテアのために頑張りたいです」
また聖女クラリスが純粋なことを言うのだった。
「ええ、期待してる。悩んだらさ、あたしにもジャンジャン相談して。今までどう思われてたか知らないけど。仲良くなれそうだし、あたしら」
ラミアは少し言葉を考える。
「あたしも、魔術以外、興味なくて、持たなくてもやってける生活してたから。気を使えないとこ、あるけどね」
言いながら、ラミアはチクリと胸に刺さるものを感じる。
ずっと自分は研究室か自宅にこもりきりだった。我儘を呑んでくれた父母だが、ラミアは一人娘である。社交もしないでいると、心配した父母に根負けして夜会に無理矢理出席させられ、ミュデスに目をつけられた。
(浅はかだったわよね、あたしも)
ちょうど、魔術研究にも金や伝手が要るのだ、と思い知らされていた頃だった。
資料を取り寄せる金も、記録を取るための紙やペンにすら金がかかるのだと。大人の世界に足を踏み入れて思い知らされた。
(それで、金のあるミュデスを利用できるならって)
自分は利用された。だが、利用しようとした自覚もあるから、心に棘が残る。
(あの魔塔が立った原因はあたしにもある。だから、このあたしが叩き潰してやる)
何か緊張した面持ちでついてくるクラリスを一瞥する。
自分が迷惑をかけた相手だ。だから助けてやる。
ラミアは固く心に決めるのであった。




