96 ラミアの仕切り1
聖女クラリスが街に入ったとの報告を受けて、ラミアは身を寄せているメランの執務室から、わざわざ出迎えに来たのである。
今は、出迎えの盛り上げを終えて、スタスタと一行を引き連れ、大公の館へと向かっているところだった。
「あんたには、大公閣下に謁見してもらう。それはそれは派手にやるから。可能な限り。あとはメランにも一応、到着したのは報告してやらないとか。で、そっから最後の詰めよ、詰め。もうほとんど、出撃する軍から何から、ガズスのやつが手配終わってるから。見た目によらず、あれ、手際がいいのよね」
他に誰も喋らないので、ラミアはひっきりなしに話す羽目になった。話す内容も実務的なことぐらいしかない。
(しかし、あたしのことは聖女クラリスに対して、魔女ラミアだって?誰が流した呼び名よ、まったく)
移動を始めるとフェリスの人々は遠巻きに眺めるだけになった。聖女と魔女のやり取りを邪魔してはならないと分かっているのだ。
「は、はい」
かろうじて聖女クラリスが小走りになりながら返事をする。一気に話をしたので、目を白黒させてしまっていた。
今年で19歳になる自分よりも1つ年下の18歳だという。こうして連れ歩いていると妹のように思えてくる。
(ま、この可愛らしさは魔塔攻略には何の役にも立たないからね)
ラミアはちらりと思う。
魔塔を攻略しなくてはならない。それはラミアにとってもクラリスにとっても同じことだ。
だから今、自分も大好きな魔導研究をほっぽりだして次期大公メランの手伝いに勤しんでいるのだった。
「どうしてもね、時間がかかったのよ。ミュデスがほら、馬鹿だけどそこそこ悪知恵はあって、そこは上手だったの。金だけは自分のところに集まるように仕向けてた。そのための仕組みだけは確立されてて。それをメランたちは是正するのにどうしても苦労してた。どうせ時間がかかるなら、少しでもあんたにはドレシアで修行しててもらおうって」
また仕方なくラミアは自分で話した。
ドレシア帝国からの助勢だという7名の軽装歩兵たちも仏頂面で何も話さない。シャットンというクラリスの護衛も同様だ。
(まったく、どいつもこいつも。相槌ぐらい打てないの?それとも他人事だとでも思ってる?)
ラミアは舌打ちをした。一応、貴族の娘なのでしてはならないとこそ言われてきたものの。していいと言われたことはないのが、舌打ちだ。
はしたない仕草にクラリスも男性陣もさすがに驚いている。
「ご配慮ありがとうございます。資料は手に入れてきたのですが、独学だから、なかなか難しくて」
結局、自分と話をしようとしてくれるのはクラリスだけなのだった。
「へーえ?資料って教練書みたいなやつ?そんなら、私もみてみたいわね。今度、一緒に読ませてくれる?魔術のことならさ、助言出来るかもしれないし」
ラミアは振り向いてクラリスに告げる。
「はいっ、お願いします」
握りこぶしを作って、クラリスが返す。狙っているのだろうか。可愛らしい仕草だった。
「あんまり可愛くしてるとメランの嫁に、とかさ。大公に言われちゃうわよ。ほどほどにね」
ラミアは苦笑して言うのだった。
「あ、あの」
大公の館、その青い屋根が見えてきた。するとクラリスが話を切り出そうとする。
ラミアは前を向いたまま聴く構えだ。
「ラミア様は先程から、大公閣下もメラン様のことも気兼ねなく話されているようだから、その、すごいなって思って」
しょうもないことをクラリスが気にしているのだった。
ラミアは笑ってしまう。
「ちゃんとした場所でなら、さ。別にいくらでもいい子のふりをしてやるわよ。内心はともかくさ。『様』でも『閣下』でも、どうとでも呼んでやるわ。でも、いないところで、敬ったってしょうがないじゃないの。意味無しよ、意味無し」
見た目は綺麗に、親には産んでもらった。育ちも悪くない。それでもクラリスのように可愛らしくはできない、とラミアは思っていた。
(そんなあたしでも、この国は受け入れて、熱狂してくれてる。やらないわけにはいかないわよね)
心の内ではラミアは思っているのだった。
「でも、聞いてる人とかいて、言いつけられたら困るんじゃ」
クラリスが周りを伺うようにして危惧する。
この娘もフェルテア大公国の民の多分に漏れず、人が良いようだ。
(すんごい良い娘じゃん)
聖女クラリスに対し、庶出の出、ということでやっかむ声が貴族内にはあった。また、フェルテアの聖女はただ祈るだけだったから、アスロックの聖騎士と違い、力を示す場面も無い。
「そんな、しょうもないことで、ウダウダ言ってたら、魔塔を倒すなんて夢のまた夢よ」
ラミアは言い放ってやった。
「ラミア様はすごい人なんですね。私はそんなふうに思いきれなくて。魔塔を倒したいのは、同じなのに」
しみじみとクラリスが言う。
「いいのよ、あんたもちゃんと神聖魔術を始めて、先に進もうとしてるんだから」
話をした自分に応対しているのはクラリスだけだ。他の黙々とついてくるだけの面子より、ラミアはよほどクラリスに好感を抱く。
(やっぱりこの娘、妹としてなら欲しいかも)
嬉しそうに頷くクラリスを見て、ラミアはつくづくと思うのだった。




